発達障害の私に、6年ぶりに彼氏ができた。しかし、6年ぶりにできた彼氏は3カ月で姿を消した。
元カレと別れたときはライター駆け出しの頃だったので、ひたすら仕事に精を出して思い出さないようにしていた。すると、小さな仕事の積み重ねによってだんだんと仕事が増えていき、2018年には夢だった書籍デビューもして、その後も2冊本を出した。
仕事が落ち着いてきたからそろそろ彼氏が欲しい。そう思って昨年秋、マッチングアプリに登録したり、誰か良い人がいないか知人に紹介を頼んだりしてまわり、ちょっとした婚活をしていた。
そんなとき、まったく知らない人より昔から知っている人のほうがいろいろと安心かも、とふと思いつき、約13年前、同じ趣味のバンドのライブを見に行ったり、舌にピアスを開けるため一緒にピアススタジオに行ったりしていた男友達の存在を思い出し、連絡を取ってみた。するとすぐに返事がきて、10年ぶりに会うことになった。
そのときは新型コロナの感染拡大が少し落ち着いていた頃だったので、新宿で一緒に食事をした。それからだんだんと感染者数が増えていき、再び自粛ムードが世を覆い始めたので、人の多い街中ではなく、私の家で会うことにした。
気づけば毎週会うようになっており、2021年の年明けにはいつの間にか付き合っている状態になっていた。元日も一緒に過ごし、お節とお雑煮を作って振る舞った。
優しい彼には一緒に住む女性がいた
彼は基本的に穏やかで優しい人だ。
いわゆる「密」の中、私がデパートのチョコ売り場に並んで買ってきたバレンタインのピエール・エルメのチョコも「半分こにして二人で食べよう」と言ってきたくらいだ。そんな優しい彼だが、一点問題があった。彼の六畳一間の狭い部屋に、一緒に住んでいる女性がいたのだ。
それについて、彼は10年ぶりに会ったその日に話してくれた。なぜ女性が住み着いているのか、訳はこうだった。
知人の女性が貧困で、家賃も払えず借金をしている。仕事も性風俗しかない。優しい彼は同情してしまい、80万円を貸してしまったというのだ。その80万円は無事返済されたものの、いつの間にかその女性が彼の家に住み着いてしまい、「出ていって」と何度言っても出ていかず、時には包丁を振り回しかねないようなキレ方をして危険だということだった。私から「彼女ができたのだから出て行って」と頼んだときも暴れ、暴言がひどかったという。
そして彼は、その同居人の女性とは体の関係は一切ない、好きという感情もない、もしボディタッチされそうになったら「触らないで」と言っているとのことだった。寝るときはベッドではなく、床に寝てもらっているらしい。
私は素直にそれを信じ、彼が同居人のその女性に振り回されて可哀想だとさえ思った。彼のためにも同居人を追い出してプライバシーのある生活を取り戻し、私も彼の家に女性がいないという安心感を得なくては…。
ジンギスカンを食べた後、私は「話がある」と切り出した
先輩作家にそのことを話すと、寒い時期に追い出すと命に関わるおそれがあるので、暖かくなってから引っ越して女性に新しい住所を教えないか、シェルターを紹介するかどちらかにしようと提案されたので、そうすることに決めた。
そして、決戦の日。
いつものように彼と録画していたアニメ『約束のネバーランド』を見た。お昼、彼がジンギスカンが食べたいというので、近所のテラス席のあるジンギスカン屋さんに行って楽しく食事した。そして部屋に帰ってきて彼に「話がある」と切り出した。
「引っ越して同居人に新しい住所を知らせないか、同居人を追い出さないと今日以降もう会えない。追い出すのはなかなか難しいと思うので、できれば引っ越してほしい」
そう告げると彼は見たこともないような悲しい目をして私を抱きしめて、別れたくないと必死に抵抗した。
それならば部屋探しをしよう。引っ越しは私も手伝うし、役所での手続きも付き添う。やれることは最大限協力する。そう伝えると彼は落ち着いた。良かった。これからも彼と会える。
この話をするため、1週間かけて別れる覚悟を少しずつ固めたこともあり、張り詰めていた糸がプツンと切れて一気に気持ちが緩んだ。お互いキスをしたらジンギスカンの味がして「二人ともジンギスカンの味だね」と笑い合った。
そして、さっそく賃貸サイトで物件を探してみた。しかし、3月は引っ越しシーズンで物件自体が少ないことを、このときの私は忘れていた。彼の希望の条件の部屋が全く出てこない。
まぁ、今後ゆっくり探していこうということになり、しばしスキンシップをして過ごしていたが、彼は普段の仕事の疲れからか眠ってしまい、気づいたら夕方になっていた。最近職場で5人も人が辞めたらしく激務らしい。
「仕事が忙しそうだから、次会えるのは4月になっちゃうのかなぁ」
私がそう言うと彼は、「また連絡するよ」と告げ、その日は大雨の中いつもどおり「またね」と言って帰っていった。
LINEで「今日はありがとう。これからも会えることになってうれしい」といった内容を送ると、彼からもお礼のLINEが届いた。
彼が帰った後も、私は別の物件サイトで物件を探すもやはりない。そこでまたLINEで「別の地域か家賃を5000円上げるとあるよ」と送った。
LINEは既読にならないがTwitterは更新されていた
翌日、引っ越しについて私が送ったメッセージは既読になっていたが、返信はなかった。
そのとき、私はたいして気にしておらず、いつものように「おはよう」と送った。毎日先に起きたほうが「おはよう」LINEを送る習慣になっていたからだ。
しかし、そのおはようLINEが既読にならない。仕事が忙しいと言っていたし、彼は体が弱いのでもしかすると寝込んでいるのかもしれない。最初の2日間はそう思っていた。
既読にならないまま、「今、引っ越しシーズンで物件自体が少ないから秋くらいまで引き延ばそう」と送った。そして、ホワイトデーにもらったご当地レトルトカレーといぶりがっこがおいしかったとも送った。
しかし、3日経っても4日経ってもLINEが既読にならない。さすがにこれはおかしいと感じ始めた。彼のTwitterをチェックしてみると更新されている。寝込んでいるわけではないことが読み取れた。これは、もしかして引っ越しが嫌になってバックれてしまったのか……。顔がさーっと青くなるのが分かった。音信不通になって1週間が過ぎた。
私は先輩作家や友達をはじめ、いろんな人に今回の件について相談し始めた。
すると、ほとんどの人が「同居人の女性と体の関係がないなんて絶対に嘘だ」「本当に姫野さんのことが好きなら、どんな手を使ってでも同居人を追い出す」と言った。
そして、ある人からは「姫野さんはそれが魅力でもあるんだけど、発達障害の特性で言われた言葉をそのまま素直に信じ込んでしまうところがある」と言われた。
確かに私は彼が言ったことをすべて信じていた。私は彼に騙されていたのか。
しかし、その問いに対してその人は「騙されていたかどうかは分からない」と答えた。以前取材した発達障害がある女性の中でも、男性に騙されたり、モラハラやDVを受けたりしている人がいた。発達障害特性のある女性は恋愛関係において、相手の思うがままにされてしまう危険性もあることを、ここに記しておきたい。
卑怯な彼に対して出てきた言葉
毎日、たくさんの先輩や友人、そして母親に電話をかけて話を聞いてもらったが、夜の時間帯はなかなか電話を取れない人もいた。この、夜19時頃から寝るまでの時間を私は「魔の時間」と呼んでいる。「死にたい死にたい」と泣きわめきながら床をゴロゴロ転がった夜もあった。
でもある晩、ベッドの中で、彼に対して思っていることを口にしてみた。
作ったご飯、いつも残さず食べてくれてありがとう
外食のときはいつもごちそうしてくれてありがとう
私がよだれを垂らして眠っていても気にしないでくれてありがとう
毎回約束通り会いに来てくれてありがとう
ホワイトデーくれてありがとう
一緒に鍋をしたとき、手際よく鍋奉行をしてくれてありがとう
毎日のおはようLINEありがとう
抱きしめてくれてありがとう
不思議なことに、私のLINEを放置して逃げ出そうとしている卑怯な彼に、「ありがとう」という言葉しか出てこなかった。「ありがとう」と思えるのは恋が終わった証拠だ。そう先輩作家に言われた。
6年ぶりの3カ月間だけの私の恋人、ありがとう。