中国で、過去に「新疆ウイグル自治区産の綿花を使わない」などと宣言していた欧米企業が批判の的になった問題で、経済安全保障などに詳しい専門家は「中国が制裁を受けたことへの報復ではないか」と指摘し、「他の民間企業に対する威嚇だ」と批判した。
■H&Mにナイキ...何が起きた?
中国では、現地でブランドを展開するスウェーデンの衣料品大手・H&Mが3月24日、国営メディアや共産系団体からの批判に晒された。
2020年9月に新疆ウイグル自治区産の綿花を使わないなどとした声明が「発掘」された格好で、「中国で大もうけしておいて、中国を中傷し、勝手に罪をなすりつける。ビジネスの基本倫理すら毛頭ない」などと糾弾された。H&Mの商品は現地の一部の通販プラットフォームから取り下げられた。
翌25日にはアメリカのスポーツブランド・ナイキが、声明で、新疆ウイグル自治区の強制労働に関する報告に懸念を示し「原材料を調達していない」などとしていたことに反発が起きた。
SNS・ウェイボーでは「耐克(ナイキ)」が一時、トレンド1位となり「中国から出ていけ」などの投稿が相次いだ。人気タレント・王一博氏も、「国家の尊厳を侵犯させない」としてナイキとの提携を終了すると発表した。
■マグニツキー制裁への報復か
この騒動には前兆がある。3月22日、EUはアメリカ・イギリス・カナダと歩調を合わせて、ウイグル族に対する深刻な人権侵害が行われているとして資産凍結などの制裁を科していた。これはアメリカで2012年に成立した人権侵害制裁法「マグニツキー法」の枠組みによるものだ。
H&Mへの批判は、制裁からおよそ2日後に、昨年9月の声明が掘り返されて始まった格好だ。
これに対し、経済安全保障などに詳しい多摩大学ルール形成戦略研究所の井形彬・客員教授は「マグニツキー制裁に対する中国の報復の一部ではないか」と分析する。
「スウェーデン企業のH&Mが(批判の)対象に選ばれたのは、EUに対するメッセージと思われます。確かに去年9月、新疆ウイグル自治区の綿花を使わないと声明を出していますが、社として強制労働が行われているとは言及しておらず、“特定の国や地域に限らずあらゆる強制労働を禁止する”と、かなり中国に配慮した内容になっています。タイミングや(スウェーデンの)H&Mが選ばれたことなどを考慮すると、中国の反撃と考えられます」
そのうえで井形さんは今回の中国の対応について、「H&Mは国営ではない民間企業。去年の、それも中国を名指しにしていない声明を槍玉にあげ、ボイコットキャンペーンにつなげる手法は、他の民間企業に対する威嚇と言えます」と批判した。
日本は今回の制裁に参加していないが、政治の動きが企業活動に影響を及ぼす現状について、どのように備えるべきなのか。井形さんは、2つの考え方があると話す。
「1つは中国でビジネスをする以上、割り切って対中批判をしないよう距離を置くやり方です。ただ“間接的に人権侵害に加担しているのでは”と欧米諸国から批判を受けるリスクはあります」
「もう1つは中国でビジネスをする以上、政治化するリスクは避けられないことを前提に経営戦略を練っていくことだと思います。しかし、そのコストが上がっていき、売り上げなどの不安定さが増していく場合、利益が出ない企業や産業も出てくるのではないでしょうか」
その上で井形さんは「中長期的に成長するのは、SDGsやCSR活動などに資金を投入する会社だという見方が増えています」とし、人権と経済成長を両立させる考え方が必要だとも指摘した。