「組織委の中では、開催を疑う雰囲気は全くなく、『やる』以外の話はありません。どんなことでも、ロジックをつけてやりきると思います」
コロナ禍にあって下げ止まりの続く感染者数やリバウンドへの不安、組織委員会の森喜朗元会長や開閉会式企画・演出チームの総合統括である佐々木宏氏の失言による辞任、膨らむ大会運営費など、混乱続きの東京五輪をめぐっては、大会まで4カ月をきる今も「何のための五輪なのか」「日本にとって何一つメリットがない」など、「やるべきではない」という声がSNSやメディアにあふれている。
「『本当にやるの?』という声を今でも聞きますが」という私の問いに、一連の混乱を内部で見てきたその男性は「やることが当然で、やらないことこそ異常事態」と言う。
いったい組織委員会の何が問題なのか。そして東京五輪はどのように開催されるのか。
表に出ていない情報も含めて、匿名を条件に、ある五輪関係者が語ってくれた。仮にA氏とするが、リモートによる対面で、肩書きも私自身が確認している。A氏は、今回なぜ話してくれたのか。
組織委には情報を開示する意識も空気もない
「きちんとした情報があるうえで、フラットに賛成・反対の議論が行われるならよいのですが、正しくない情報を前提に推測で議論されているからです」
A氏によると、そもそも組織委員会には情報を開示しようという意識も空気もないという。広報部署の役割は「機運醸成」、つまり五輪に向けて盛り上げるためにポジティブな情報しか流さないし、組織委員会のスポークスパーソンである高谷正哲氏もあまりに一人で担いすぎていて様々なリソースも不足しているというのだ。
「そもそもの体質として、なんでもしゃべるもんじゃないというのがある。公的機関であれば情報公開請求などもできますが、半官半民的な、お上体質を持ちながら、改革はできていなくて透明性も低いというブラックボックスになっているんです」
「3月末にはサッカーの国際親善試合が行われますが、事前に国際試合ができるのはサッカー、ボート、飛び込み、アーティスティック(シンクロ)の4競技だけになってしまいました」
本来五輪開催の場合、各競技とも前年から日本での国際試合を行い、アスリートも運営側も日本のベニュー(競技会場)を経験することで準備をする。それがコロナ禍にあって、4競技以外すべての競技でキャンセルとなった。
「5月17日に予定していたセーリング(ヨット)競技会場のソフトオープンが1カ月延期になったことも、組織委員会は発表していないんです」
ソフトオープンとは、五輪開催前に仮設も含むすべての設備が完成した状態でテスト大会やリハーサルなどをするというもの。この期間に、設備の最終調整をする。ソフトオープン後はいったんクローズして調整に入るので一切立ち入り禁止となり、セキュリティチェックなどを重ねた上で、7月の選手村オープン、さらに公式練習のできる公式オープンになるというのが従来のスケジュールだ。
事前の国際試合中止については、確かに先日、日本セーリング連盟が6月に五輪会場の神奈川・江の島で開催予定だった「江の島セーリングカップ2021」の延期を決めたと発表したが、組織委員会からはソフトオープンの延期について何のコメントも出ていない。
「ソフトオープンが延期されたことで、その間に予定されていた国際試合はすべてキャンセルとなったんです。競技会場に立ち入り禁止だから、もちろん日本人選手も練習できなくて、地元開催の強みも生かせません。これはアスリートにとっても、運営にとっても打撃です。そういうネガティブな情報はちゃんと発表しないんですよね」
大きな風船の中に閉じこもって開催する「バブル方式」
「理由はもちろんコロナなのですが、つまり組織委員会と内閣官房がアスリート・トラックをめぐって、もめているんです。現状、アスリート・トラックとはトップレベルのアスリートが14日間の隔離をとらずに入国できることを指しますが、内閣官房はコロナ感染防止のためにこれを使わせたくない。ここが決まらないので1カ月延期になったということです」
A氏いわく、コロナ感染対策という点においては、かなり厳格な対応がとられるという。
「通常、選手村オープンに前後して海外のアスリートも入国し、公式練習をスタートさせますが、今回それができるのはカヌー(スラローム)、セーリングだけになる可能性があります。地理的条件がものをいう種目だけです。
今も調整中ですが、選手・コーチは競技開始5日前の入国、競技役員は3日前の入国、オリンピックファミリー・スポンサー関係者も大幅に制限、という感じです。選手・コーチ・役員は、空港・選手村、または指定された滞在ホテル・競技会場以外の行動は一切制限されます。
さきほど話したアスリート・トラックが使えれば、入国後5日間とはいえ準備ができますが、隔離期間が3日とかいうと入国してすぐ競技しなければならなくなり、海外選手の負担はかなり大きくなります。隔離期間についても各競技ともまだ確定していませんが」
感染拡大という点で五輪開催に不安を感じている人は、「それほど心配しなくて大丈夫だと思う」というA氏。
「すでに海外でも実践され成功していますが、東京五輪も『バブル方式』を採用します。大きな風船の中に閉じこもって開催するイメージです。外界との接触が一切禁止され、我々関係者も、6月末あたりから順次バブルに入り、オリンピック終了まで外界との接触が一切できなくなり、家族とも会えなくなります。
メディアについても、バブルに入ることができるのは公式メディアのみとなり、ミックスゾーンも大幅制限となります。公式メディア以外は、選手インタビューなどオンラインによる遠隔取材となる予定です」
コロナ対策はこれ以上できないほど厳しいものになるというが、アスリートの立場からすると「最高のパフォーマンス」をするのはかなり大変そうだし、事前に日本のベニューを経験できない運営側の会期中の混乱も十分予想される。
東京五輪を見ないと死ねない大先輩たち
オリンピック開催については、莫大な視聴率を期待するアメリカのNBCと、膨大な放映権料を見込むIOCが主導権を持っているとのことだが、日本側として開催していく関係者のモチベーションはどこにあるのだろうか。
「私を含むスポーツ界の若手たちは、東京五輪は通過点であって、長期的に2024年のパリ大会、26年の愛知・名古屋アジア大会などを見据えています。マイナースポーツや途上国のスポーツは、IOCの五輪収入からの分配金に支えられている。一回の五輪収入がないだけで財政破綻する国際競技団体もあるのです」
「個人的には、膨らみすぎた開催費用をいずれにしろムダ金にするなら、思い出を作ったほうがいいというくらいの気持ち」というA氏。その怒りは今のスポーツ界そのものに向けられた。
「一番期待することは五輪が終わったときの世代交代です。東京五輪を見ないと死ねないという大先輩たちが東京五輪のあと引退して辞められますから。今の高齢化した組織では、何も変えられない。東京が終わればようやく、ガバナンス・コードのきいた健全なスポーツ界に向けて動き出せると若手たちは期待しています」
今回、無理矢理にでもガバナンス・コードを取り入れ、組織委員会の女性理事を4割にしたことはすごくよいことだと評価するA氏は、スポーツ庁もコードを取り入れない国際競技団体には補助金を出さないなど、もっと厳しく対応してほしいと言う。
「どうせやるなら思い出を作った方がいい」という言葉が内部関係者からも出る東京五輪。そして、モヤモヤした思いを抱えながら私自身も「どうせやるなら、代表選手たちを心から応援したいし、五輪を楽しみたいけど」と「どうせやるなら」という気持ちから抜け出せない。
こんな東京五輪にしてしまったのは、もちろんコロナという不確定要素もあるが、それ以前にブラックボックス化している組織委員会の根本的な体質、そして、横を見て改革の進まない競技団体という、今に始まったことではないスポーツ界の問題にあるということが、今回のインタビューで改めてよくわかる。
五輪が始まったら、日本選手に有利な状況は間違いないから金メダルラッシュでなんだかんだ盛り上がるのが日本、という皮肉な言葉もメディア関係者の中で耳にするが、決してお祭り騒ぎにまぎれて終わることは許されない。
こうした状況を生み出した責任はどこにあるのか。そして、何が問題の原因で、スポーツ界の健全な未来に向けてどのように改善していくべきなのか、きちんと検証され国民に報告されなければならない。