結婚で妻の姓を選ぶ夫婦は、わずか4.0%。
婚姻の際には「夫または妻の氏を称する」と民法では定められているが、現実には圧倒的多数派といえる96%のカップルが「夫の姓」を選んでいる。
では4%の男性たちは、どんな理由から「妻の姓」を選んでいるのだろう? 実際に、妻の姓に変えてみてどんなことを感じたのだろう?
妻側の姓を名乗る「妻氏婚(つまうじこん)」を主体的に選択した3人の男性に、「よすが結婚相談所」所長の立川智也さんがインタビューした。
(参加者プロフィール)
五十嵐太輝さん(旧姓:小山)
私立小学校教員。2020年結婚。職場では旧姓の「小山」を使用。
板橋大さん(旧姓:牧村)
多国籍企業に勤務。2020年結婚。ビジネスネームも新姓の「板橋」に全面切り替え。
前川 信一郎さん(旧姓:森)
サイボウズ勤務。2019年結婚。職場では旧姓の「森」を使用。一児の父。
立川智也さん
よすが株式会社代表。東京工業大学卒業後、旭化成を経て創業。よすが結婚相談所、住民票、独身証明書のオンライン請求サービス 「Jumin」運営などを行う。
妻の姓を選んだ理由は三者三様
立川さん:私は結婚相談所を運営していますが、選択的夫婦別姓法案をめぐって議論が高まる中、お客さんから夫婦別姓の希望をうかがう機会もあります。
ほとんどのカップルが結婚にあたっては夫側の姓を選びますが、一方で、妻の姓に変えた男性側の体験を聞く機会はあまりありません。少数派である当事者の声を可視化することに意義があるのでは、という思いから今日は3名の方にお集まりいただきました。
みなさんは、それぞれどのような理由で妻氏婚を選択したのでしょうか。
五十嵐さん:都内の小学校で教員をしている五十嵐です。旧姓は小山。2020年に結婚して、妻の五十嵐姓に変えました。
結婚して夫の姓に変わることは、今の社会では「当たり前」とされています。この「当たり前」から始めたくないということから夫婦で話し合いをしました。しかし、私たちは二人とも、友人からは名字で呼ばれてきた人生だったので決め手を失いました。
その上で実際に妻の姓を選んだ理由には、学校の子どもたちにインパクトを与えたかったというのが一つ目の理由です。姓を変えるのは男性側でもいいんだ、という事実を示すことで、いつか子どもたちが大人になって結婚するときに、このことについて選択肢を持って考えてみるきっかけになればと思いました。
もうひとつは、僕が福沢諭吉の思想に影響を受けていることも関係しています。福沢は『日本婦人論』で、「結婚したら夫婦の姓の一文字ずつを取って新苗字を創ればいい」と語り、その例としている新苗字の中の最初の一文字は女性の姓からとっているんです。
明治の時代の人間にも関わらず、女性の姓をさらりと尊重している姿勢に感銘を受け、どちらの姓かで悩んでいるならば女性側を尊重しようと決意しました。
板橋さん:多国籍企業の日本支社に勤務している板橋です。2020年の結婚を機に、妻の姓の板橋に切り替えました。今はビジネスネームも含めてすべて板橋を名乗っています。
結婚にあたっては話し合うことが色々ありますよね。僕たち夫婦にとっては、どちらの姓に統一するかというトピックスもそのうちのひとつでした。とはいえ、話し合うポーズだけを見せて最終的には夫の姓にする、という流れは嫌だった。
自分が改姓する可能性を含めて真剣に話し合った結果、僕が改姓することになりました。直感的に「名字を変えるのも経験として面白いかな」と思ったのも関係しています。
森さん:サイボウズに勤務する森です。結婚で妻の前川姓に変わりましたが、ビジネスネームは旧姓の森を使っています。
僕も「改姓したらどうなるんだろう?」と好奇心をそそられた部分はあります。皆さんご存知かと思いますが、サイボウズ社長の青野さんが選択的夫婦別姓の導入を求めて訴訟を起こしているのを間近に見ていますから。
あとは、妻が二人姉妹だったので、話し合って「じゃあ僕が変えよう」となりました。僕には弟が二人いますし、戸籍名が変わることへのこだわりもまったくなかったので。僕の父が7人兄弟の末っ子で、結婚で妻の姓に変えようと一時検討していたことも影響しているかもしれません。
妻氏婚、難色を示した母の真意
立川さん:みなさん、三者三様の背景があるようですが、それぞれの親御さんの反応はいかがでしたか。
五十嵐さん:父はフラットな人間なので「自分で考えた通りに決めてくれればいい」と。母は改姓には抵抗があるようでしたが、最終的には、自分たちの人生なので責任をもって二人で話し合い決めました。
板橋さん:うちは父がすでに亡くなっているのですが、母からは「理解しがたい」という反応がまずありましたね。僕としてはこういった議論は説得できるものではないと考えているので、母は何が引っかかっているのかを知りたくて話し合いを重ねたところ、どうやらシンプルに「さみしい」という感情が大きかったようです。
自分は地方にひとり暮らしで、私も兄も東京に行ってしまった。さらに結婚して息子の名字も変わってしまうなんて「さみしい」と。
そこが理解できたので、名字が変わっても親子関係はこれまでと変わらないこと、遠方の母とのコミュニケーションをもっと大事にしていくこと、というをしっかり伝えて、根本的なさみしさを解決することを目指しました。
森さん:うちは五十嵐さんの逆ですね。母は「どうぞ」という感じでしたが、父は最初は「なんで!?」という反応でした。自分も結婚で改姓を検討していたのになぜなのか(笑)。最終的には両親ともに納得してくれましたが。
立川さん:では妻側の家族の反応はいかがでした?
五十嵐さん:「え、いいの? ありがとう?」という感じで好意的に受け止めてもらえました。
板橋さん:ふたりで決めたと説明したところ、「まさかそんなこと言い出すなんて」とびっくりしていましたね。好意的な意味での驚きでしたが、僕の親の反応を気にはされていましたね。
森さん:うちも妻の家族は「残してくれてありがとう」という反応で、喜んでくれました。
五十嵐さん:でも「なんで?」「いいの?」と僕たちが言われること自体、本当はおかしいですよね。女性が姓を変えることが前提になっているからこその反応だと思います。
立川さん:ちなみに皆さんの周囲に、自分たち以外で妻氏婚を選んだ夫婦はいますか。
板橋さん:僕は高校の友達に一人います。
五十嵐さん:僕は自分以外は見当たらないですね。
森さん:僕は社長の青野さんと社内に数名いるぐらいですね。選択的夫婦別姓ができないから事実婚を選んだ知人はいます。
男が改姓したらよく言われたこと
立川さん:では実際のところ、改姓後に何か変化や不便はありましたか。
五十嵐さん:僕は職場では今も旧姓で呼ばれているので、日常生活で違和感はないんですね。ただ、先に述べた改姓の理由をFacebookで公開投稿したら「いいね!」が1000くらいついて、反響の大きさに驚きました。長い付き合いの友人からは「小山らしいね」と言われましたね。
森さん:僕は「婿養子になったの?」と捉えられることが多かったのが意外でしたね。結婚って夫婦で新しい戸籍をつくることなのに、「男が姓を変える=婿養子」という誤解が世間にはまだまだあるんだな、と感じましたね。
板橋さん:僕も森さんと同じです。ビジネスネームも板橋に変えましたから、取引先のお客さんに「お婿さんに行かれたんですか?」と聞かれることが多かったですね。
ただ、ビジネスネームを戸籍の姓に切り変えたことで、結果的に結婚したことが伝わって、いろんな方々に祝福されるという予想外の嬉しさはありましたね。
森さん:もちろん困ったこともあって、やはり改姓手続きの煩雑さにはうんざりしましたね。運転免許証、保険証、パスポート、銀行口座、証券口座……これらすべての名義を変更するのがとにかく大変でした。
最近、東京を離れて地方に移住したのですが、自治体や大手銀行は店舗に直接行かないと名義を変えられないんですよ。ネット銀行は変えてくれるのに、古い体質のところはなかなか対応してくれませんね。
板橋さん:僕は森さんのような事情はなかったので、改姓手続き自体はさほどつらくありませんでした。ちょうどコロナ禍でリモートワークになったこともあり、平日でも動きやすくなったので、ネットのまとめ情報を参考に一気に手続きを済ませました。
ビジネスでも「改姓します」とキャンペーン感覚で告知したので、1アクションで済みましたね。ただ、僕の場合は多国籍企業なので普段からファーストネームで呼び合ってるんですよ。だから姓が変わってもあまり困らなかったという事情もあります。
五十嵐さん:僕はちょうど夏休み直前に結婚したので、夏休み中の3日間を使って一気に手続きを済ませました。手続き自体は負担ではなかったですね。
立川さん:僕はお客さんの事務手続きをサポートすることも多いのですが、事務の処理能力って個人差が大きいですよね。
だから得意な人はスムーズに済んでしまうのですが、不得手な人にとっては苦痛だと思います。「簡単」と思われるとイラッとくる人もいるかもしれません(笑)。いずれにしろ手続き自体はもう少し簡略化できるといいのですが。
選択的夫婦別姓に対するそれぞれの考え
立川さん:ちなみに改姓後、仕事や日常生活で感じた変化はありますか?
五十嵐さん:そういえば、夏休み中に学童の手伝いをしてみたのですが、そこは新姓の「五十嵐」で登録したので「いがっちゃん」と呼ばれたんですよ。普段は「こやまっち」と子どもたちから呼ばれているので、ちょっと新鮮でしたね。
立川さん:皆さんは、選択的夫婦別姓についてはどう考えていますか。
五十嵐さん:僕は別姓がOKになったら、小山に戻してもいいと思っています。選択的夫婦別姓には賛成ですし、夫婦の姓は同じでも別でもいいのでは。その「選択」ができない現状は残念に思っています。
板橋さん:僕は逆です。結婚によって家族が同じ姓になり、同一のラベルを持つことには、社会的な合理性と意義があると思っています。
そもそも結婚ってさまざまな義務が発生する契約ですよね。それ自体が個人の自由と相反するものを内包している、と考えていて。家族という構成単位として社会から認められるにあたっては、姓を統一するという制約が生じることはそこまで不自然ではない、と個人的には感じています。
もちろん、別姓を選べないことでデメリットが生じるケースもありますから、そこはマクロの視点で見たときの制度としてのメリットと秤にかけて精査すべきだと思っています。選択的夫婦別姓それ自体に反対ではありませんが、社会でもっと話し合いをしていく必要性はあるのではないでしょうか。
森さん:僕は選択的夫婦別姓が実現したら、自分もやってみようと思っています。そのことを妻に話したら「じゃあ娘の姓はどうするの?」と聞かれたので、それについても考えなければならないのですが。
ただ、今の制度では男女が対等になりきれていないのが現実ですよね。選択的夫婦別姓制度が実現して自分がファーストペンギンになることで、迷っている人の追い風になれば、という気持ちはあります。
法律婚と事実婚の差をどう捉えるか
立川さん:「選択的夫婦別姓が認められるまでは事実婚でいる」というケースも最近は増えていますが、フランスのPACSのように、法律婚と同様の社会保障が受けられる制度がある国もあります。法律婚と事実婚に差がある日本の現状をどう見ていますか。
森さん:僕は法律婚と事実婚、どちらであっても同程度の保障が受けられる国のほうが個人的に嬉しいですね。
五十嵐さん:僕は信条として、選択肢があること、平等であること、自分で選ぶことの3つが好きなんです。それに沿って考えると、法律婚であっても事実婚であっても、同性婚であっても同様に保障されるといいのではと思いますね。
板橋さん:現時点で法律婚と事実婚の違いをしっかり理解できているわけでなないためコメントしづらいですが、なぜ両者に違いが生じているのか、という背景を理解したうえで議論していくべきではないでしょうか。
立川さん:恋愛と結婚は何がどう違うんだ、という議論にも通じますね。
板橋さん:僕は結婚は100%の個人の出来事ではない、と思っています。そこが恋愛との違いではないでしょうか。新しい戸籍をつくって家族という単位で社会として認められることで、享受できるベネフィットやサポートがありますから。その際に家族の屋号が統一される。そのこと自体は合理的だと思っています。
森さん:法律婚はさまざまな社会制度の上に乗っかっていますからね。扶養控除など税制上のメリットも大きい。僕は最初は事実婚を妻に提案したんですよ。でも色々と調べた結果、やはり法律婚のほうがいいのでは、と判断をしました。
「どちらの姓にするか」よりも重要なこと
立川さん:事実婚だったためマンションを共同名義にできなかった、という例は身近で聞いたことがあります。法律婚はパッケージなのでさまざまな複雑なことをクリアできるメリットがありますが、事実婚はひとつずつ話し合って決めないといけない。その面倒さを考えて結局は法律婚にしたカップルも多いですね。
五十嵐さん:「ふたりで話し合う」ってすごく重要なことですよね。僕が学校の子どもたちに一番に伝えたかったのはまさにそこで、僕のケースが子どもたちが将来結婚するときの検討材料になるかもしれない。姓をどちらにするかよりも、「ふたりで話し合う」関係性を築くことの大切さに気づいてほしいと思っています。
板橋さん:そこは同意見ですね。僕は妻の姓にしましたが、そのこと自体で「価値観がアップデートされている男性」のように見られたいわけではないんですね。むしろそんなポージングだとは捉えられたくはない。
僕は夫婦関係で本質的に重要なのは「対等に話し合いができるか」に尽きると思っています。あくまで僕らの夫婦の場合は、話し合った結果として妻の姓を選んだ。そこが伝わると嬉しいですね。
森さん:僕の場合は、青野さんをはじめ多様な事例を見聞きしていたおかげで、夫婦で話し合うという選択肢が自然にできたんだろうな、と思っています。どちらの姓にするか決める話から、「将来どっちのお墓に入る?」「森家の墓はもう人数的に入れないよ」「前川家はまだ入れるよ」といった会話は以前からしていましたから。
立川さん:結婚したら夫の姓に変えることが従来の「普通」でしたが、選択的夫婦別姓制度が実現すれば、すべてのカップルが「結婚したらどちらの姓にするか」を話し合う必要が生じますよね。選択的夫婦別姓に反対する人々の中には、そういった状況に置かれることに不安を感じる人もいるように思います。
夫婦が対等な立場で対話を進めていくためには、調整や交渉のスキル、情報リテラシーが個々人に必要になってきますよね。人生の幸福や結婚の意思決定についてすべての人が主体的に関わる時代になる、と言い換えてもいいのかもしれません。
(取材・文:阿部花恵 編集:笹川かおり)