東日本大震災から10年。この経験を忘れずに前に進むために、メディアでも様々な取り組みが見られるだろう。NHKでもドラマ 『あなたのそばで明日が笑う』が3月6日(土)に放送される。
この作品は、津波で行方不明になった夫を待ち続け、一人息子と暮らす真城蒼(綾瀬はるか)が、震災からまもなく10年が経ったある日、夫が営んでいた本屋を再開させようと決意する。そこで正反対の性格の移住者の建築士・葉山瑛希(池松壮亮)と出会い、共に本屋を作っていく中でお互いに惹かれあっていくというもの。
その脚本を手掛ける三浦直之さんは、当事者と非当事者、そしてその間にも無数にあるグラデーションを描こうとしている。プロデューサーの北野拓さんとともに、話を聞いた。
震災の「当事者」と「非当事者」のストーリー
北野拓さん(以下、北野) 企画を持って三浦さんに会いにいったのは2019年の年末でした。僕は以前、記者をしていて、震災当時にも被災地を取材していました。その後も取材先の方たちと細々と繋がってたんです。その中に、新しいパートナーと生き直すという方が実際にいらっしゃって、それをヒントに、震災の当事者と非当事者のラブストーリーのようなものを作りたいと思って、三浦さんにお声がけしたんです。
当初、三浦さんのスケジュールは厳しかったというが、なんとかやりたいと思ったのには理由があった。
三浦直之さん(以下、三浦) ずっとロロという劇団で演劇作品を作っているんですが、僕自身が宮城県出身ということもあって、震災をモチーフとして扱っていたんです。でも、それは震災を直接のテーマにするというよりも、背景に震災の匂いがするというくらいのものだったので、どこかのタイミングでちゃんと震災を正面から描いてみたいなと思っていました。そんなことを思っていたときにお話しをいただいたので、なんとかやりたいなと思ったんです。
「非当事者」が震災にどう関わるか。物語にすることの暴力性
ドラマの中で、主人公の真城蒼(綾瀬はるか)が「人の気持ちって『わかる』か『わからない』かしかないのかな」と話すように、なぜ人は白黒つけたり、何かを二分したりしたがるのだろうと考えさせられるシーンがいくつかある。
三浦 震災には関心がありましたが、被災者の方とそうじゃない人って、わかりやすく分けられるのではなく、細かなグラデーションがあるなと思っていて。非当事者がそこにどう関わっていくのかは、考えれば考えるほど難しいなと思いました。
僕自身、宮城県出身だけれど、震災当時は東京にいて、直接被害を受けていないので、やっぱり当事者ではありません。震災に限らず、非当事者がどう語るかについては、NHKで書かせてもらった『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』も、腐女子とセクシャルマイノリティをテーマに扱った作品で、自分が当事者じゃないからこそ、それを物語にするときの暴力性についてはずっと考えていました。
北野 三浦さんは劇団で書かれている戯曲でも、いわゆる男女を超えた関係性を描かれている人で、そういうところが東北で取材させて頂いた方にも重なって見えたんです。
三浦 今回も、ラブストーリーだけど、わかりやすいものにはしたくないと思って、恋人とか家族とか、既存のフレームでくくらない関係性を大事にするというテーマがあったんです。
「実際に見ることはできなくても、思い浮かべようとしていることを物語にしたい」
北野さんと三浦さんは、実際に現地にも足を運び、被災者に話を聞いたという。
三浦 取材に行って印象に残ったのは、行方不明になった家族の話をしてくれているときの表情ですね。楽しい思い出のときは笑顔だし。僕は、目の前の方が思い出している光景を実際に見ることはできないけれど、どうにかそれを思い浮かべようとしていることを物語にしたいなと思いました。
三浦さんは、高校演劇の活性化を目指し、2015年から高校生に捧げる公演『いつ高シリーズ』を行なっている。そのひとつとして、福島県立いわき市の高校でもワークショップを行っている。
三浦 いわきの高校で僕のワークショップに通っているある男子生徒が、「なんでも覚えている人と、何も覚えていない人」について戯曲を書いたんです。僕はそのいわきの高校生たちが普段、どういう風に過ごしているのかは知らなかったんですが、演劇部の稽古を見に行ってみると、その男子生徒が、自分が被災した7~8歳の頃を思い出そうとしても、父親のことだけは思い出せないと言っていて。それで、ほかの演劇部の生徒たちと一緒にそのお父さんの思い出を再現しようとしていたんです。
その稽古の様子を見て、なぜ男子生徒が「なんでも覚えている人と、何も覚えていない人」のことを書こうとしたのかが腑に落ちて…。男子生徒はいつも楽しそうにしていて、震災を引きずっているようには見えなかったけれど、一方では、そこに“ケリ”がついているわけではないということがわかった。そういう気持ちを、このドラマでちゃんと掬い取ろうと思ったんです。
ドラマで描かれる、「待つ人」と「待たれる人」
面白いのは、池松壮亮が演じるキャラクターだ。彼が演じる人付き合いが苦手な移住者の建築士・葉山瑛希の登場シーンはインパクトが大きい。
主人公の真城は本屋を再開するにあたり、リノベーションの相談をするために葉山と喫茶店で待ち合わせをするのだが、なぜか葉山は不機嫌だ。その理由は、30分も前に待ち合わせ場所に来ていたという理不尽なもの。普通だったら、彼のことを嫌いになってしまいそうだが、このドラマではそうならない。
三浦 震災というテーマでドラマを作るときに、暗い話にしたくないと思ったときに、ロマンチックコメディのプロットを使ってみようかと思ったんです。犬猿の仲のふたりが距離を縮めていくような。そこに、昔からそこに住んでいた人と、そこにやってきた移住者という距離感が、早く来すぎた人と、遅れてやってきた人に重なるなと思ったんです。
北野 被災して家族が行方不明の人は「待つ」人なので、ここでも「待つ」「待たれる」というテーマがキャラクターで表現されているんです。三浦さんの今回の台本って、そういうことを、すごく気にかけて作られているんですよね。
池松壮亮さんも取材のインタビューのときに「震災の区切りのドラマなのに、区切らないという視点がいい」とか「当事者、非当事者の話であるけれど、今のジェンダーの話や、人種差別のことも含めて、広がっていくドラマになっているのでは」と言ってくださっていましたね。
今回は石巻でロケをさせて頂いたということもあり、キャストの方々と密にコミュニケーションを取って、テーマを共有できていたので、本当にみんなの想いが詰まったドラマに仕上がったと思っています。
三浦 僕は物語全体を客観的に見ているけれど、池松さんの場合は俳優なので、キャラクターから見える目線で話してくれることも多くて、すごくありがたかったです。
◇
三浦さんも北野さんも、30代前半の若いドラマの作り手だ。
これからの日本の映像界を担っていく一人として、今後取り組んでみたいテーマはどんなものだろうか。
三浦 例えば、マチズモ(男性優位主義)にどう抗うか、というテーマには興味があります。やっぱり演出家とか監督って権力を持ちやすいですから。30代を迎えて、これからおじさんになっていくということに、どう向き合うか。僕が脚本で参加して2021年の夏頃公開予定の『サマーフィルムにのって』の監督の松本壮史さんとはすごく気が合って、似た問題を共有しています。
映像でも演劇でも、前からあったことではあるけれど、ハラスメントの問題もある。そこをどう変えていくかという問題を松本さんとは共有できているので、そういう人が周りにいるのはすごく心強いです。
僕自身も、幼い頃は少年誌のラブコメに影響を受けて育っていて。でも、今、読み返すとかなり距離感がある。そういうことにどう折り合いをつけてくのかは、作品を作るときに、ずっと課題にしていることです。今後、書きたいこととしては、「どう、おじさんになるか」ということに興味があります。
東日本大震災10年 特集ドラマ『あなたのそばで明日が笑う』
NHK総合・BS4K
3月6日(土)夜7時30分から放送
【作】三浦直之 (宮城県出身)
【音楽】菅野よう子(宮城県出身)
【主題歌】RADWIMPS「かくれんぼ」
【出演】綾瀬はるか 池松壮亮 土村芳 二宮慶多 / 阿川佐和子 高良健吾 ほか
(執筆:西森路代 @mijiyooon / 編集:生田綾 @ayikuta)