(※この原稿には性暴力に関する記述が含まれています)
「避難所のリーダー格を含め複数の男性から暴行を受けた。『騒いで殺されても海に流され津波のせいにされる恐怖があり、誰にも言えなかった』」(女性)
「避難所で夜になると男の人が毛布の中に入ってくる。仮設住宅にいる男の人もだんだんおかしくなって、女の人をつかまえて暗いところに連れて行って裸にする」(20代女性)
東日本大震災では、避難所での女性や子どもに対する性暴力や、家庭内暴力(DV)があった。これは、「東日本大震災女性支援ネットワーク」が2013年に発表した調査で明らかになった。
ただ、当時はほとんどこの事実に関する報道はされていなかった。どんな内容だったのか、あれから10年で災害と性暴力をめぐる状況はどう変わったのか。調査をまとめた一人である認定NPO法人「ウィメンズネットこうべ」(神戸市)代表理事の正井禮子さんに聞いた。
「対価型」性暴力に注目
正井さんは、1995年の阪神・淡路大震災で、女性に対する性暴力や、DVの悪化を目の当たりにした経験から、日本で初めてとなるこの大規模な調査をまとめた。
2011年秋から実施したネットワークの調査報告には、性暴力・暴力に苦しんだ女性たちの様々な声が集まった。把握できた82事例のうち、夫・交際相手による暴力など(主にDV)が45事例、それ以外の暴力(主に性暴力)が37事例だった。
その中で、正井さんらが特に衝撃を受けたというのは、「対価型」と呼ばれる性暴力が複数件報告されていたこと。以下のような内容だ。
・津波で家族が行方不明になった20代女性に、避難所で物資の搬入や仕分けに関わっていたリーダー格の男性が、支援物資を融通することをほのめかして性的関係を強要した。
・自称「支援活動」をしている男性が、支援者として女性に近づき、不安になっている女性に自分の家に「避難」を勧める。
・夫が震災で死亡し、娘と避難する女性に避難所のリーダーが「大変だね。タオルや食べ物をあげるから夜、○○に来て」と性行為を強要した。女性は「嫌がったらここにいられなくなる。娘に被害が及ぶかもしれない」と応じざるを得なかった。
・災害後に被災者の女性の元に元交際相手が車で駆けつけて関係を再開。暴力や性的暴力をふるった。女性は災害後に不安になり頼る人がほしかった。
調査は、災害後、特に経済的・社会的に弱い立場に置かれやすくなった女性の弱みや不安につけこみ、優位な立場にある男性との社会的な力関係の差を利用した性暴力が行われていたことを明らかにした。
また、家庭内暴力も多数報告された。
・以前より暴力があり、若い頃は首を締められることも。地震・津波によって夫の仕事が減り、家にいる時間がながくなった。震災後にイライラしはじめ、妻に対し大声で怒鳴るなどが始まった。震災前には妻が日常的に通っていた場所に行く公共交通手段がなくなり(夫に送迎を頼まざるを得ず)緊張度が高まっている(50代女性)。
10年で「何も変わっていない」
この調査の対象となった、東日本大震災からまもなく10年になる。
あれから、災害対策基本法は改正され(2013年)、市町村に避難所の生活環境整備の努力義務が課された。2020年には、内閣府男女共同参画局の避難所運営ガイドラインが作成された。
ガイドラインには、正井さんらの調査報告や提言内容も盛り込まれている。それにより、10年で状況はずいぶん改善されたように見える。東日本大震災で報告されたような性暴力は、今後はもう起こらないと言えるだろうか?
正井さんは即座に「そんなことはない。何も変わっていない」と断言した。
どういうことだろうか。
実は、2011年の東日本大震災の当時も、既についたてや更衣室の設置など女性特有のニーズを考慮するようにと求めた文書は内閣府から通達されていた。
しかし、地方自治体やNPOなどを対象にした後の調査で「知っており、市町村や関係部署・団体等と連携して対応した」と回答した団体は、わずか4.5%でしかなかったことがわかっている。
正井さんは、避難所に更衣室がほしいなどの「女性特有のニーズ」を訴えることが、人権の問題と捉えられることなく「わがまま」だと一蹴された、という事例や、その逆で、きちんと女性ニーズに対応した避難所もあったと語る。
「いくら女性に配慮しなさいと国が言っても、現場でそれを認識していなければ結局は『4.5%』にしかならないんです」
実際、正井さんらの調査自体も困難の連続だった。
内閣府のガイドライン(2020年)には「国際的な基準を定めたガイドラインでは、緊急事態の際は『すでに暴力が発生している』ことを前提に必要な予防と支援対応策を講ずることと規定されています」と紹介されている。
正井さんらも海外での調査事例を参照し、当初は直接避難所に問い合わせて女性から聞き取りをしようと試みた。しかし、避難所のリーダーたちから「性暴力の調査とは何だ。うちの避難所に犯罪者がいると言うのか」と、すごまれることも多かったという。
正井さんが制度以上に重要だと指摘するのは、性暴力やDVの背景にある日本社会の女性の貧困やジェンダーの不平等を改善するということだ。
平時の男女の格差が災害時にはより広がる
特に「対価型性暴力」が発生する背景には、災害時に、平時の女性に対する構造的な差別や、男女の格差がさらに拡大されることにある。
例えば、そもそも平時から男女間には賃金格差がある。それが、災害後には避難所の炊き出しなどが女性の役割とされ、外で収入を得られないこと、世帯単位での災害補償制度により世帯主の男性だけが支援金を受け取ることなどで、男女の経済的格差は平時よりもさらに広がる。
逆に、避難所のリーダーなどを男性ばかりが占めることで、男性の権力はより増大する。
調査では支援物資を配布する裁量を持つ立場を利用したリーダーが「夕飯を一緒に食べよう」「明日物資が来るんだよ」「今日は俺のところで寝ないか」などと言って、女性を性暴力に追い込んだ事例が報告されている。
また、正井さんは避難所のリーダーを務めた数少ない女性から、こんなエピソードを聞いたという。
ある避難所で、他に引き受ける人が誰もいなかったという理由で女性がリーダーになっていた。3カ月が経ってその自治体の避難所連絡会ができ集会に行ったところ、女性リーダーはその避難所だけだったことがわかった。戻ってそのことを避難所で報告すると『女性がリーダーだと、うちの避難所だけ不利になるのでは』との懸念の声があがり、その女性に対して『(半壊の)家があるじゃないか』と出ていくように言われた。女性はショックから精神的に不調をきたし、本当にその避難所を出ていくことになった。
「コミュニティ再建だと言われるが、ここにあるのは女を黙らせるコミュニティでしかない」。避難所の立ち上げから奔走してきた女性は正井さんにそう語った。
正井さんは阪神大震災でも、東日本大震災でも「避難所リーダーの男女別の人数を知りたい」と各機関に問い合わせたが、最後までその情報さえ得ることができなかった。
新型コロナで再び弱い立場に置かれる女性たち
「阪神大震災の頃と、日本は一体何が変わったのだろう?何も変わっていない」
正井さんがそう話すのは、10年前の東日本大震災のことだけではない。シングルマザーやDV被害者の支援する正井さんは、現在進行形で起こっている「災害」、新型コロナで困窮する女性たちを見てそう感じているのだという。
野村総研の調査で、女性は実質的失業(シフトの大幅減少など)を含めて184万人に上ることが判明している(2021年2月時点)。
「家賃が払えない」「明日食べるものがない」
シングルマザーの女性たちから次々と寄せられる相談に対して、正井さんらは神戸市でフードパントリーによる食糧支援の事業を始めた。
非正規雇用で働いていた飲食店を解雇された女性、夫のDVが悪化し、逃れるために避難して貧困状態に陥った女性。
平時にも弱い立場にある女性が、災害時にはより困難になる。阪神大震災や東日本大震災で痛感した、社会の構造は全く変わっていないと感じている。
「DVの暴力から逃げ出し避難しても、コミュニティを追われた女性たちには貧困が待っている。日常から女性に対する性暴力や暴力はあるんですよ。そういう被害や、男女の不平等、性被害が無視されている現状に目を向けていかないと、災害時だけ女性が活躍したり、女性の意見が通ったり、そんなことにはならないですよ」
一方で、正井さんがわずかに希望を感じていることもある。それは、2019年から始まった、性暴力に抗議するフラワーデモが全国で開かれていることだ。
阪神大震災の被災地で性暴力があったことについて発表した正井さんは、ある雑誌で「嘘」と断定されて世間からのバッシングを受け、それから10年間災害と性暴力についての発言を控えていたという過去がある。
東日本大震災でこれほど大規模な調査を実施したのは、災害時に暴力を受けた女性たちの声が、決して嘘なんかではないと証明するためでもあった。
「2019年6月に初めて開催した神戸市でのフラワーデモでは、参加者が自分も話したいと次々とマイクを握っていました。若い人たちが多かったのが嬉しかった。先日の森喜朗さんの発言でもすぐに若い人たちが動いて、10万筆を超える署名が集まりましたね。ずっと変わらなかったと言いましたが、やっぱり今からは変わり始めるんじゃないかなって。やっと皆が行動を始めたんじゃないかなって。そうであってほしいって期待しているんです」
あの頃と比べると、発言する女性、そして女性たちの声を代弁し守る人々が増えたことには希望を感じる。正井さんはそう話した。