ひと手間の作業をしなくても料理は成立する
料理には、ひと手間かければよりおいしくなる手順がある。それは例えば、鶏もも肉の、肉と皮の間にある黄色い脂肪を取ること。モヤシのひげ根を取っておくこと。ブリ大根などで使う魚のアラを、湯通ししておくこと。調味料をあらかじめ合わせておくのではなく、酒、みりん、醤油などと順に加えていくこと。
そうしたひと手間には、やっておくといい理由がある。鶏もも肉の脂肪は、取ったほうがカロリーを抑えられるし、できあがった料理もすっきりした味になる。モヤシのひげ根は、取ったほうがシャキシャキ感が出る。アラを湯通しすると、臭みが抜ける。酒とみりんは、早い段階で加えておくと素材に味がよく染み込み、醤油には素材を引き締めてほかの味を染み込みにくくさせる。
しかし、こういったひと手間の作業をしなくても料理は成立する。ひと手間の作業をすれば、料理が完成するのは遅くなるし、めんどくさい。だからやらない。そういう人は、案外多いのではないだろうか。
今回は、そうしたひと手間を「しなさい」と要求するのではなく、「なぜ面倒に思うのか」を掘り下げていきたい。
タマネギやジャガイモは料理の嫌われモノ?
帰宅が予定より遅くなった、次の予定が迫っているなど、時間がないときに、ひと手間をかけるのは面倒である。それどころか、焦って段取りを間違え、余計に時間がかかる場合すらある。そしてイライラは募る。結果、何もかもほおり出したくなる……。
そんな忙しい人のために、世の中には半加工食品がたくさんある。モヤシはひげ取り済みのものがある。カット野菜や冷凍野菜の、皮をむいて下茹でした商品や、切りそろえた商品がある。材料一式が入っていて仕上げ調理だけで済むミールキットも、人気が高い。合わせ調味料のバラエティも豊かだ。
レシピ業界の人たちから、最近はタマネギやジャガイモが嫌われる傾向があるという声もよく聞く。昭和の頃、この二つの野菜とニンジンは、たいていの家庭で野菜ボックスに転がっていた。買い物ができなかったときは、これらの材料で煮ものやシチュー、カレーを作れば何とかなった人は多かっただろう。
しかし、今はそういう常備食材も嫌われる。タマネギは、皮が貼りつきやすく剥くのに時間がかかる。ジャガイモは、芽が出る窪みがたくさんあって、やはり皮を剥くのに手間がかかる。
フルタイムの仕事を終えて帰宅し、料理する人たちは疲れている
手間が嫌がられるのは、台所の担い手が疲れているからだ。昭和時代、台所を担う女性の多くは専業主婦だった。しかし、現在台所を担っている20~50代は、仕事を持っている人のほうが多い。
フルタイムの仕事を終えて帰宅し、料理する人たちは、すでに仕事のあれこれで疲れを溜めている。そしてお腹が空いている。家族は待っているし、自分も速く片づけてラクになりたい。だから、手間を省いてできるだけ簡単に料理を完成させたい。
人は疲れると、ひと手間を面倒に感じるようになる。ひと手間は何しろ、「ひと」手間しかないので、料理好きな人や時間的にゆとりのある人は、「なぜこの程度のことができないのか?」と思うかもしれない。しかし、忙しい日々に消耗している人は、そのひと手間をやることが大変なハードルに思える。つまり「この程度のこと」すらできないほど、その人は疲れているわけで、本当は料理などせず休んだほうがいい状態なのだ。
コロナ禍で手間がかかる料理を作りたくなった人もいる
中には、料理経験が浅く、まだ段取りよく料理できないから、手間をかけられない人もいる。なぜなら、一つ一つの手順に時間がかかる。あるいは同時進行で2品3品作る余裕がないから。そして、慣れていないため無駄な動きが多い。そういう状態にある人は、そうでなくてもいっぱいいっぱいなのに、さらに手順を増やす余裕はない。
ここ数年、料理の時短を求める声が大きくなり、時短を謳うレシピ本がヒットする傾向がある。しかし、以前の記事でも書いたが、コロナ禍で3食家で摂る家族が増えた結果、時短料理と手間をかける料理のどちらも人気が高くなった。
料理を1日3回作らなければならなくなったうえ、リモートワークその他でも忙しくなっていれば、今まで以上に料理を時短にしたいだろう。
一方、家に居れば料理と仕事を並行してできるから、時間がかかる料理をしやすくなった、という人たちもいる。あるいは、通勤時間がなくなった結果、今までより手間がかかる料理を作りたくなった人もいる。
時間にゆとりができた人たちが、ふだんより複雑な料理を楽しむ。それがコロナで顕著になった新しい傾向だ。すでにレシピサイト「クックパッド」では、2018年頃から、シンプルな献立と手間のかかる料理を作る、二つの傾向が共存し始めていた。
ひと手間かけられなくても、焦る必要はない
また、2013年にミールキットを発売しブームを起こしたオイシックス・ラ・大地でも、ミールキットのユーザーの中で、もうひと手間かけたい人たちが増えた。そこで同社は2019年10月から、3日分または5日分のカットされていない食材と献立、レシピが届く「キット・オイシックス」を売り出し、ヒットしている。
それは、献立を考えるという負担の大きい家事から解放され、精神的に余裕ができた人たちが、もう少し手間をかけようと思ったからかもしれないし、上達して次のステップに進みたいと思い始めたのかもしれない。
こうしたことから、時間に余裕ができると、精神的にも余裕ができ、料理に手間をかけたいという欲求が生まれることが分かる。
もしあなたが、料理経験が浅くてひと手間かけられないのであれば、焦る必要はない。
一方、もしあなたが疲れすぎていてひと手間を厭うのであれば、生活を見直したほうがいい。それはもしかすると、疲れが溜まっているサインかもしれない。すでにやっているかもしれないが、時短レシピを選ぶ、下処理済みの食材を買う、総菜を買うなどでラクにする方法もあるし、家事代行サービスを頼むなどの外注もある。疲れているあなたがそうしたとしても、罪悪感を抱く必要はない。家族にもう少し家事に協力してもらうのもいい。
あるいは、負担になっている仕事を見直したほうがいいかもしれない。この機会に、効率化できるものはないか、上司に相談し負担を軽減してもらう方法がないか考えてみるのもいいのではないだろうか。
(文:阿古真理 編集:榊原すずみ/ハフポスト日本版)