2020年9月、東京都足立区議会で自民党の白石正輝議員が「L(レズビアン)やG(ゲイ)が広がってしまったら、足立区民がいなくなってしまう」などと発言し、大きな批判を浴びた。 白石区議は発言を謝罪、撤回。
足立区はその後、LGBTQ当事者らと数回にわたり意見交換会を開き、2021年4月から同性パートナーシップ制度を導入することを決めた。また、全国の自治体では2例目となる、性的少数者カップルの子供を家族と認めるファミリーシップ制度も開始する。
こうした迅速な動きを先導したのが、4期目となる近藤やよい区長だ。パートナーシップ制度が全国で初めて導入されたのは2015年のことだが、問題が起きるまで足立区での導入は「時期尚早ではないか」と考えていたという。「現実を直視していなかったと忸怩(じくじ)たる思いがある」と語る近藤区長に、話を聞きにいった。
同性愛者への差別発言が導入のきっかけに
《きっかけとなった発言があったのは2020年9月の定例会。白石正輝氏が「L(レズビアン)やG(ゲイ)が広がってしまったら、足立区民がいなくなってしまう」、「LやGが法律で守られているじゃないかという話になったら足立区は滅んでしまう」などと発言し、批判が殺到した。
白石氏は謝罪や撤回はしない姿勢を示していたが、その後一転し、10月の本会議で発言を謝罪、撤回した。
近藤区長はその本会議の場で、「足立区役所が性的少数者を差別するかのような誤ったメッセージが広く区内外に広がっているとしたら、大きな危機だと考えている」と述べ、性的少数者と意見を交わす機会を設けることを表明した。》
――4月からパートナーシップ・ファミリーシップ制度が始まります。白石区議の発言を発端とする一連の出来事が導入のきっかけとなったのでしょうか。
大きなきっかけになりました。
今回の白石区議の発言後に当事者の方々とお目にかかる中で、家族とは仲が良いし近所ともうまくやっているけれど、とても怖くて足立区ではカミングアウトができない、生活することも怖いと仰っていた方がいて、非常に心に強く残りました。
足立区出身の方から「ここでは怖くて生活ができないから他の場所に居場所を求める」と声が上がる。これは自治体の長として非常に強い衝撃でした。それだけ切羽詰まった思いを団体の方からのお話で感じられました。
実はそれ以前は、パートナーシップ制度を導入している自治体があることは存じていましたが、足立区議会での質問や区への要望の中では制度を求めるものはあまりなかったので、もっと要望が多く上がってきたところで導入を進めていくのが自然なのかなと思っていました。
ですが、当事者のお話を聞いて、実際に生きづらさを感じている方がいらっしゃるわけですから、これは機が熟するのを待っている余裕はない。そこで要綱の制定に舵をとりました。
――制度は議会で議決をふまえて制定される「条例」ではなく、区長の判断で策定される「要綱」というかたちで導入されます。
もちろん、多数決の世界の議会におはかりしても通るだけの理解はいただけるだろうと認識していましたが、まずは1日も早い制定が必要だろうと思いました。スピード感を持って制度を作ることが先だろうと。
当事者の方は、入院する時やお子さんを保育園に預ける時、または部屋を借りるときなど、さまざまな場面で困難に直面することが明らかになっています。
制定するだけではなくて、区でこのような要綱を作ったので実際に当事者の方がいらした時は適切な対応をとるようにお願いします、とそれぞれの業界に伝えていかなければならない。
そういったことに時間を使いたいと思ったのが、まずは要綱での導入を決めた一番の理由です。
白石区議の発言「決して許されるものではない」
《白石氏の発言を受け、議会では白石氏の責任を問う問責決議が提出されたが、反対多数で否決された。区議会自民党の幹事長は謝罪をもって「ひとつのケジメはつけた」と説明している。
一方で白石氏は謝罪の際、「差別的な発言と受けとめられる表現であった」と述べている。発言は「受けとり方」によっては問題だった、と述べているようにも見え、謝罪は表面上なもので、自らの発言の問題性を認識していないのではないか、との指摘もあった。》
――白石区議の発言について、区長はどう受け止めていますか。
議員は選挙を通じて、区民の代表として選ばれている方です。
それぞれがご自身のお考えを述べられることは仕事の一環だと思いますが、足立区が滅びるとか、責任のある立場の方の発言としては一つの線を踏み越えていると思います。非常に残念です。
私の個人的な考え方ですけれども、価値観や考え方は育ったご家庭や過ごしてきた環境によって固まっていくのではないかと思います。
ただ、たとえどういう風に思っていようとも、責任ある立場の人間が議場で発言することとして、決して許されるものではない。そこまで思い至らなかったのかもしれません。
――白石区議は当初発言の撤回を否定していましたが、鹿浜昭議長は謝罪・撤回を申し入れるなど、問題の大きさを認識していたようにも思います。
議会の中で責任ある議長という立場として対応をされたのかなと考えています。
一議員の発言としては済まないほどの問題でした。あの発言によって、足立区民がみんなああいう風に考えているとか、足立区はああいう土壌なんだと置き換えられてしまうと、もちろん当事者の方もさることながら、理解のある足立区民がいたとしても、それが見えなくなってしまいます。
白石議員の発言が、あたかも区全体を「代表している」とも言われかねない状況でした。区としての姿勢を示すという意味でも、いち早く制度を制定することが大事だと思いました。
「のん気なことを言っている間に人格を否定されている人がいる。自分自身が鈍感だった」
《その後足立区は、10月から11月にかけて当事者らとの意見交換会を3回にわたり実施。近藤区長も意見交換会に参加し、白石氏の発言についての意見や、区への要望などを聞いたという。
近藤区長は、「当事者の方に寄り添って一緒に歩んでいきましょうという姿勢を見せてこなかった」と反省を語る。》
――意見交換会ではどのような気づきがありましたか。
当事者の方は「足立区に住むのは怖い。寛容さというか、自分たちへの包容力に乏しい」ということを仰っていました。
それはそうだろうと思います。区として、多様性を重視する旗を振り、当事者の方に寄り添って一緒に歩んでいきましょうという姿勢をこれまでに見せてこなかったんですから。
今回の制度導入は「はじまりのはじまり」に過ぎないと思っています。要綱を作ったからといって、これまで反対の立場だった人が一気に賛成に転じるわけではありませんから。
今の社会の中で、理解をできないという考えの人がやはり一定程度いる。ただ、私はその方たちを賛成の立場に覆すことにエネルギーを費やすよりも、あまりそういうことを考えたことがないという方々に、この要綱をきっかけに多様性の問題に関わっていただいたり、ご自身の考えを深めていただいたりするきっかけにしていただきたいと思っています。
――白石区議の謝罪からパートナーシップ制度導入まで、一連の動きは非常にスピーディでした。区長として何を意識しましたか。
先ほど申し上げたように、私はパートナーシップ制度などの取り組みについては上から押さえつけるように決めるのではなく、地域の中でひたひたと理解が広がり、醸成されていくうちに作り上げられることが理想なんじゃないかと思っていました。
ですが、そんなのん気なことを言っている間に傷ついたり、非常に恐ろしい思いをしたり、人格を否定されたりする苦しみの中で生活していらっしゃる方がいる。
その事実に対して自分自身が鈍感だったということに、区長として大きな反省があります。反省というか、後悔です。それが一番強かったです。
うちではまだ早いのではないか、時期尚早ではないかと思っていましたが、現実を直視していなかったと忸怩たる思いがあります。
まずは現実を変えていく
――別の議員からは、区議会内に人権問題の意識への鈍感さがあった、という指摘もありました。
これは足立区議会だけではなく、実際に今の日本のさまざまな場面で言えることではないかと思います。「誰一人取り残さない」というSDGsの目標は確かに崇高だし理想ではありますが、現実的にその目標に追いついていない。
私は都議会に10年いましたが、そこでもやり切れなさを感じたことはありました。
LGBTもそうですが、女性の立場への考え方についても、いわゆる「女性は子供を産んで育てる」という固定的な考えを持っている議員さんも大勢いました。平成9年の時に保育園の拡充について質問をしたんですが、自民党の議員がヤジを飛ばすわけですよ。「女が子供を預けて働くようになって日本の子供は悪くなったんだ」というようなことも言われました。
今バッジをつけているこの人たちには、選挙の時は女性のためにとか言いながら、腹の中では「女性は子供を産んで育てるもの」という意識が強いんだなと思いました。これは大変なことだと思いましたね。
――その状況の中でどう対応をしていきましたか。
狡いのかもしれませんが、この人たちが言うことは一旦置いておいて、保育をきちっと充実させて女性のための様々なメニューを用意する。まずは底を動かすことだと思っていました。
活用できる制度を作るなど、現実を変えていくことで女性が多様に生きる道ができていく。そうしたら何年か先には「こういう生き方もあるんだ」と感じてくれるのではないかと。
側面から攻略しようと思いながらやっていきました。正面突破ではないから卑怯といえば卑怯ですが、それがこの世界で成果を一つずつ積み上げていくために私が選んだ道だったのかもしれません。
「無意識のうちにどれだけ傷つけているか、ということに思いを致さなければならない」
《足立区は、同性同士のカップルをパートナーとして認め、未成年の子供も家族として証明する「パートナーシップ・ファミリーシップ制度」を2月10日付で制定した。(4月1日から施行)
当事者やその家族などの悩みなどを受けつける相談窓口も2020年12月に設置した。
今後は不動産業者や医療関係者などに制度の説明を行い、理解を促進していく方針だ。また、職員向けの対応指針となるガイドラインも策定するという。》
――制度を導入し、「現実を変える」ことは差別をなくすための一歩になると思います。
要綱を作ったからといって、これまで反対の立場だった人が一気に賛成に転じるわけではありません。今の社会の中で、理解をできないという考えの人が一定程度いる。
今回の要綱が整うことで、宅建ですとか、不動産業界の方にご説明に行きましたが、「いや、そんなに現場で困ったことはないですよ」と仰るんです。
ですが、当事者の方で「自分たちは同性カップルで、部屋を一緒に借りたいんです」とはっきり仰って手続きができる方はどれだけいるでしょうか。相手がどの程度理解がある人なのかわからないと、怖くて踏み出せない部分もあると思うんです。
だから、「現場では困りごとはありませんよ」と言うのではなくて。それは、当事者の方が大人な対応をされて、あえて触れないですっと通り過ぎていらしただけのことなんだと思います。
――まわりに当事者が「いない」というわけではなく、「見えていない」ということですね。
そうですね。「見ようとしない」というのとはまた違うのかもしれませんね。まったく知識がない。思いもよらないというか...悪気があるわけではない。
ただ、それが相手を無意識のうちにどれだけ傷つけているか、ということに思いを致さなければならない。
その意味でも、要綱の制定が大勢の人にとって「見ない」のではなく、そこにあるものを「見る」きっかけにしていかなければならないと思います。
――制度を求める人に届け、より意味のあるものにするために、今後どのように取り組んでいきますか。
まだ要綱が始まるばかりですし、1年なり、様子を見ながら制度の対象については広げていけるものがあれば広げていきたいと思います。
対象者の方からの要望の一つには、足立区で宣言をしたら、制度を導入している他の自治体に移動しても相互利用ができるようにしてほしいという要望がありました。足立区で宣言しても別の区に行ったら有効ではなくなってしまうので、行く先々で宣言しなければならないのか、と。
対象者も自治体によって異なります。要綱と条例の違いもありますし、足立区は同性パートナーを対象としているものの、法律で権利が保障されているということもあって異性間のパートナーは入れていません。ただ、いわゆる事実婚など、異性間のパートナーを制度の対象に入れている自治体もある。
そこは各自治体にご連絡をしています。これからさらに宣言する自治体は増えていくと思うので、何が課題なのか詰めていきながら、横のつながりを考えていきたいと思います。