精子や卵子の提供で生まれた子どもの「出自を知る権利」を、どう守るか――。
夫婦以外の第三者が関係する生殖補助医療で生まれた子の親子関係を定めた民法特例法が、2020年12月に成立した。超党派の議連がたち上がり、長年棚上げされてきた議論が前に進もうとしている。
そもそも「出自を知る権利」とは何か?日本では保障されている?
「出自を知る権利」をめぐる基本的なポイントをまとめた。
<この記事に書かれていること>
(1)「出自を知る権利」とは? ー何が問題になっているのか
(2)日本のこれまでの議論 ―子の権利を守る方針、一度はまとまったが…
(3)海外の事例 ―欧州では子どもの立場を重視する考えが広まりつつある
(1)「出自を知る権利」とは?
遺伝上のルーツを知る権利は、「出自を知る権利」と呼ばれる。
生殖機能に障害があるなどの理由で子どもをもてず、第三者から精子や卵子、胚(受精卵)の提供を受けて妊娠・出産を試みる「第三者を介する生殖補助医療」。
こうした医療技術で生まれた子どもの「出自を知る権利」とは、提供者(ドナー)の氏名や生年月日など、ドナー個人を特定できる情報にアクセスできる権利を指す言葉として使われる。
精子や卵子の提供を受けて生まれる子どもたち
第三者を介する生殖補助医療は、具体的にどんな方法があるのか?
第三者の精子を子宮に注入する「非配偶者間人工授精(AID)」や、提供された精子と妻の卵子、または提供された卵子と夫の精子を体外で受精させ、その受精卵を子宮に戻す「非配偶者間体外受精」などがある。
AIDは1948年から国内で行われている。ドナーのプライバシー保護が優先され、ドナーの身元は明かされず匿名での提供が続けられてきた。国内で1万人以上が生まれているとされるが、正確な数は分かっていない。
ドナーの身元が判明するケースはほとんどなく、生まれた子の「出自を知る権利」を保障する法律は日本にない。
何が問題になっている?
遺伝上のルーツであるドナーの情報は、子どもにとって重要な意味を持つ。
親の離婚や病気などをきっかけに成人後、親から突然血のつながりがないことを告げられ、アイデンティティーの喪失に苦しむ当事者がいる。遺伝性疾患の有無が分からず不安を感じたり、近親婚のリスクを抱えたりする問題もある。
当事者や支援者からは、出自を知る権利を法的に保障するよう訴える声が上がっている。
法制度がない一方で、出自を知る権利への理解は広まりつつある。
岡山大の中塚幹也教授の調査では、「生まれた子の出自を知る権利を認めるべきか」という問いについて、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」が64.3%に上った。調査は2019年6月〜9月に実施。12都府県50地域で無作為に抽出した男女計約7000人に質問表を配布し、914人から有効回答を得た。
(2)日本のこれまでの議論
これまで、日本では制度化に向けてどのような議論がされてきたのか?
厚生労働省の生殖補助医療部会が2003年にまとめた報告書は、ドナーの情報を知ることは「生まれた子のアイデンティティー確立のために重要なもの」と記し、ドナーを特定できる内容を含めた情報の開示請求ができる、と結論づけた。
具体的には、子は15歳以上になると、ドナーの氏名や住所などの情報の開示を「公的管理運営機関」に求めることができる、という内容だ。
さらに、この機関は生まれた子から開示請求の相談があった場合、「カウンセリングの機会が保障されていることを伝える」ことなども盛り込んでいる。
子どもの立場に最大限配慮した内容だったが、この報告書は法案化に至らなかった。
「2年をめど」に検討
先送りされ続けた問題がようやく、再び議論されようとしている。
2020年12月、第三者から卵子や精子の提供を受ける生殖補助医療で生まれた子の親子関係を定める民法の特例法が成立した。
特例法は、出自を知る権利に関して規定せず、附則で「おおむね2年を目途として検討」と触れるにとどまった。同月には、自民党の野田聖子・幹事長代行を会長とする、生殖補助医療のあり方を考える超党派の議員連盟が発足。今後検討が進むとみられる。
(3)海外の事例
海外の一部の国では、「出自を知る権利を認めるべき」との考え方が浸透してきている。子どもの福祉を重視し、法律で保障する動きが進んでいる。
スウェーデンは1985年に、AIDで生まれた人の出自を知る権利を認め、子は精子提供者を知ることができると法律で定めている。対象は「十分に成熟した子ども」と規定している。
オーストラリア・ヴィクトリア州は、出自を知る権利をめぐる先進的な取り組みが知られている。
出自を知る権利を認める法律を1984年に制定し、ドナーの匿名性を廃止した。その後の法改正で、親から告知をされなくても、子どもは出生証明書から提供の事実を知ることができるようになった。
イギリスでは2005年に改正法が施行され、18歳以上の子どもは精子提供者の氏名や住所などの情報を開示請求できるようになった。開示に同意した人だけがドナーになれることを定めている。ドナーに関する情報は政府機関が保管している。
ニュージーランドは2004年以降、ドナーと提供を受けた人、生まれた子どもに個人情報の登録を義務付け、ヴィクトリア州と同じく互いの情報を得る権利を認めている。子どもがドナー情報を得る際、カウンセラーが仲介する。
そのほかスイス、ノルウェー、フィンランド、オーストリアなども、子どもの出自を知る権利を認めた法整備がなされている。
全ての子どもが、ドナーを特定できる情報を求めるわけではない。それでも、これらの国は子どもが望んだ場合、その選択を尊重できる仕組みを用意している。
法整備を求める声
日本も批准する「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」は「児童は、できる限り、その父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する」と定めている。
だが日本には権利を保障する仕組みがないまま、遺伝上のルーツをたどれない新たな命が生まれ続けている。
この2年間で、出自を知る権利をめぐる議論が深まり、生まれる子の立場に立った制度は築かれるのか。
AIDで生まれた人たちの自助グループは、特例法の成立後に緊急声明を発表。上述の2003年の報告書に触れ、「報告書を踏襲した法整備、それに伴うシステムの構築について最優先に着手することを望みます」と訴えている。
【國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版】
(この記事は、帝塚山大非常勤講師才村眞理さんの監修のもと作成しました)
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▼参考・引用文献
・「生殖補助医療で生まれた子どもの出自を知る権利」(才村眞理・編著/福村出版)
・「生殖技術 不妊治療と再生医療は社会に何をもたらすか」(柘植あづみ・著/みすず書房)
・「グローバル化時代における生殖技術と家族形成」(日比野由利・編著/日本評論社)
・「海外における生殖補助医療法の現状〜死後生殖、代理懐胎、子どもの出自を知る権利をめぐって」(林かおり/外国の立法243号)