バハマと日本のミックスの男性が、警察官から職務質問を受ける様子を撮影した動画に、波紋が広がっている。
動画は1月下旬、東京駅の構内で撮影された。SNSに投稿されたのは、約1分間のやり取りだった。
警察官:私があと思ったのは経験上ですよ、私の経験則として別にドレッドヘアーが悪いわけではない、悪いわけではないですけど、ドレッドヘアー、おしゃれな方で結構薬物を持っている方が私の経験上今まで多かった、そういうことです
男性:久しぶりにドレッド見たから止めたわけではないんだね、ぶっちゃけ本当に微塵もないのね?
警察官:そうそう、私のことを気になっていると思ったのと、先ほど言った、そういった
男性:経験上イコール髪型似てるだけで大体いつも
警察官:似てるとかじゃなくて
男性:要は大体こういうやつって(薬物を)持ってるって言いたいんでしょ
警察官:持ってる可能性がある、悪くはないんですよ、悪くはないんだよ。私の経験則で、一部の方でそういったものを持っている方がいた
男性:だから要は、こいつこんな髪してるからどうせ(薬物を)持ってんだろうなって思ったんでしょ
警察官:どうせ持ってるかどうかは分からない、持っている可能性があるってこと
警察官の対応が不適切だと感じた男性は、友人に勧められ、人種差別の問題に取り組む団体「Japan for Black Lives」に動画を提供。黒人など外国にルーツのある人に対する職質の実態を知ってもらおうと、団体がSNSで発信した。
Twitterではリツイート数が4000件を超え、視聴回数は約25万回に上った。
「恥ずかしかった」
当時、どのような状況だったのか?
職務質問を受け、動画を撮影した男性のZoさんに話を聞いた。
Zoさんは、日本人の母とバハマ人の父の間に生まれた。横浜で生まれ育ち、国籍も日本だ。
仕事を終えて東京駅で乗り換える際、スマホを操作していたときに警察官2人に「仕事帰りですかね?ちょっと先ほどこちらを見て気にしたようだったので」などと呼び止められたという。
「そもそも警察官の存在に気付いていなかったし、いきなり前に出てきたから驚いただけです、と伝えましたが『すぐ終わります』と制止され続けました。帰宅する人が増える時間帯で、人がたくさんいる中で職務質問されてすごく恥ずかしかったです。友人や知り合いに見られたくないという気持ちもありました」
Zoさんが所持品検査に応じ、違法物を持っていないことが確認されるまで、約30分にわたって引き止められた。
5か月間で3回
Zoさんによると、2020年9月以降、警察官から職務質問をされたのは今回で3度目だった。
「あまりに何回も起こるので、身を守るためにビデオを撮って記録に残すようにしています」
動画は拡散され、様々な声が寄せられた。
警察の対応を「人種差別だ」などと批判する声がある一方で、「警察官は黒人だから職質した、とは言っていない」「ドレッドヘアーをやめれば良い」「嫌なら日本から出ていけ」といったコメントもあった。
Zoさんは「ドレッドヘアーは黒人のカルチャーで、人種につながることです」と話す。「警察官の説明からすれば、この容姿であるかぎり、これから自分が何をしても警察官に疑われると言っているようなもの。それが嫌なら溶け込め、と言われている気がしました」
Japan for Black Livesの創設者である川原直実さんは、「Zoさんに限らず、アフリカ系の人たちが職務質問を頻繁に受けるという話をよく聞きます。『ドレッドヘアーをやめればいい』といった意見は、その人の持つカルチャーを否定することです」と話す。
「職務質問を挙動ではなく、偏見に基づいて行うことは時代にそぐわない。職質の仕方を見直すとともに、警察組織の中にあるステレオタイプをアップデートする必要があります」
「レイシャル・プロファイリング」という差別
警察官の言動は、差別に当たるのか?
人種差別の問題に詳しい京都大教授の竹沢泰子氏(文化人類学)は、今回の警察官の発言について次のように指摘する。
「海外では一般的に『ロックヘアー』と呼ばれるドレッドヘアーは、現代ではアフリカ系と深く結びつく髪型文化の一つです。肌の色でなくても、行動ではなく、外見だけで怪しいと判断することは差別的で、『レイシャル・プロファイリング』に当たると思います」
レイシャル・プロファイリングとは、警察が、人種や宗教などに対する先入観から、黒人など偏った層に対して捜査をすることを指す。
外国人に対する不当な職務質問の問題は、これまでにも報告されている。
東京弁護士会が外国人を対象にしたアンケート(有効回答数122人)の結果、3年以内に職務質問を受けた人は63人(51.6%)に上った。10回以上も8人いた。
竹沢氏は、「今回のケースのように、特定のマイノリティーに関する偏見や思い込みから職務質問の対象を選ぶことは、 冤罪を生みかねず危険です。こうした職務質問が繰り返されれば、当事者に心理的な傷を負わせかねず、自己表現を萎縮させる可能性もあります」と話す。
「この警察官個人の問題ではありません。警察組織として、人種差別であるレイシャル・プロファイリングの問題に向き合い、不当な職務質問をしないよう研修を含め、取り組みを強化するべきです。さらに、マイノリティーに対する無意識の差別がなされていないか、警察だけでなく教育現場やメディアも問い直すきっかけにしてほしいと思います」
「容姿で判断」は適法ではない
動画に対して、「見た目じゃなかったら何を理由に職質するのか」「あてをつけないと職務質問はできない」といった意見も上がっている。
だが、そもそも容姿に対する「経験則」を根拠に職質することは法律上、認められていない。
警察官による職務質問の根拠となる法律「警察官職務執行法」(警職法)は、「警察官は異常な挙動や周囲の事情から合理的に判断」し、犯罪を犯しているまたは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由がある場合に、相手を停止させて質問をすることができる、と定めている。
外国人の人権問題に詳しい弁護士の針ケ谷健志氏は、「薬物を持っている疑いのある人に職務質問するときは、例えば目がうつろ、歩き方がおぼつかない、警察官との受け答えが全くできていない、といった『不審事由』がある場合に行うのが通常です。今回はそういった要件は見当たらず、違法な対応だったと言えます」と指摘する。
「外見をあるカテゴリーに当てはめ、犯罪と結びつけるというのは、差別的な考え方がベースにあると言わざるを得ません」
上述の東京弁護士会の調査結果では、職務質問を受けた経験のある人のうち、8割以上が警職法上の『不審事由』がない中で職質を受けた、と答えている。
調査結果を踏まえ、同会は「職質の要件を満たさず、単に外国人であることのみを理由に職質が開始されていると認められる事案が相当数ある」としている。
職務質問で差別的な扱いを受けたとしても、その責任を追及することは簡単ではない。
針ケ谷氏は「今回の男性のように差別的な職務質問の被害を受けても、救済される方法は事実上ほとんどありません。損害賠償請求の訴訟をすることもできますが、手間も時間もかかりハードルが高い」と言う。
「現段階では、差別的な行為に当たるのかどうか、専門的な知見から判断する公的な機関はないに等しい。警察官の職務質問での言動が差別的な扱いか否かを公的な機関が判断し、それに沿って早期に被害が補償される制度が必要です」
警視庁「違法ではない」
警視庁は今回の動画をどのように受け止めているのか。ハフポスト日本版の取材に、書面で次のように回答した。
「本件取り扱いについては、警察官が相手方の挙動を不審と認めて職務質問を行い、その際相手方の承諾を得た上で所持品検査に及んだものであり、違法な行為ではないものと認識しております」
職務質問の際、警察官が男性に対して「ドレッドヘアー、おしゃれな方で薬物を持っている方が経験上多かった」などと発言したことへの認識を尋ねたが、回答しなかった。
(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)