「セックスについて具体的な知識を教えると、寝た子を起こす」
これは、日本の性教育で性交渉や避妊について取り上げるべきだという議論が起こる際によく聞かれるセリフだ。
助産師で性教育YouTuberのシオリーヌさんは、20年12月に、初の著書『CHOICE -自分で選びとるための「性」の知識-』をイースト・プレスから出版した。
実は、本書は完成間近というタイミングで、元々発売予定だった大手出版社の上層部が発した「子ども向けに具体的な(性の)話をする本は出せない」という言葉によって、一度、出版が白紙にされてしまったのだという。
総合病院の産婦人科を経て、精神科の児童思春期病棟で働いていた2019年、YouTubeで性に関する情報発信をスタート。「若い世代の未来のために、性と人権に関する知識を届けたい」という思いで、活動を続けてきた。
シオリーヌさんは、なぜ性教育に取り組みはじめたのか。動画ではなく本で伝えたかったことは? すべての人が性教育を受けることの重要性とともに聞いた。
出産まで妊娠を自覚していなかった女子高生
――シオリーヌさんが“性教育YouTuber”として活動しはじめたのは、総合病院の産婦人科病棟で助産師として働いていた2019年。そもそもなぜYouTubeで性に関するコンテンツを発信しようと考えたのでしょうか。
「妊娠・出産を経験するまで、自分の体についてよく知らなかった」と話す女性にたくさん出会ったことがきっかけでした。
助産師が接する女性は、妊婦さんか出産を経験した経産婦さん。すでに妊娠を経験していても、性に関する知識が不足している人が多いわけです。経産婦さんへの避妊の指導中、「避妊についてきちんと教えてもらったのは初めて」と言われたことも。
日本では、性に関する知識を教えてもらえる機会が極端に少ないですよね。だから、自分の体の仕組みも、性交渉についても、妊娠後に何をすべきかも、わからないまま大人になり、子どもを授かっている。
「生理がない=妊娠したかも」とわかっていない人もいるんです。例えば、陣痛が来るまで妊娠に気づかなかったという高校生にも出会いました。
出産近くまで妊娠に気づかずにいて、妊婦検診や感染症などの検査を一切受けていなければ、とてもハイリスクなお産になります。赤ちゃんに疾患があるかも、出産後に生き続けられるかももわからない状態で、出産しなければいけない。
驚かれるかもしれませんが、実際こんなことが起きているんです。
――日本の性教育は世界ではかなり遅れているといわれ、性交渉に関する知識は教えていない学校も多いと聞きます(※)。
(※)1992年は、「性教育元年」とも呼ばれ、学習指導要領が改訂され、小学校の段階から「性」を本格的に教えるようになったが、2000年代初めに状況は一変。当時、都立の養護学校で行われていた性教育の内容を、都議が「行きすぎた性教育」と問題にしたことをきっかけに「性教育バッシング」が起こり、教育現場で広まりつつあった性教育は急速に萎縮の一途を辿った。
私は大学時代、「女性の『セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)』守るのが助産師の仕事だ」と、口酸っぱく言われてきました。
セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツとは、自分の心身の性に関する決定権。セックスなどの性的な関わりも、妊娠・出産も、カップルの双方が同意して初めて成り立つのです。
ところが日本では、避妊ひとつとっても、女性は決定権を持たないかのように認識されています。避妊法の選択肢も正しく知られていませんし、コンドームをつけただけで男性が「優しい人」扱いしてもらえる。
でもよく考えたら、妊娠、出産する女性が、「今は子どもを産むタイミングじゃない」と思っていれば、主体的に避妊をするのは当たり前ですよね。
心身が妊娠、出産の準備をしている思春期の子どもたちに、体のこと、性のことをきちんと伝えたい。そして、彼ら、彼女たちが自分の納得がいく選択ができるようになってほしい。そんな思いから、若い世代へアクセスできるYouTubeでの発信を始めました。
完成間近、初の著書が白紙になった理由
――初の著書では、体の仕組みからセックス、避妊、マスターベーション、パートナーシップ、セクシュアリティと、性に関する基礎知識が詰め込まれています。
ずっと、中高生の子たちに「まずはこれを読んで」と言える入門書を作りたいと思ってきました。30歳までに本を出したいという夢もあって、YouTubeをスタートした直後には、原稿の下書きも始めて。
出版社で企画が通ったのは2019年の秋ごろです。大手出版社の編集者に声をかけていただき、1年弱かけて制作を進めました。
でも2020年7月、完成間近でいったん白紙になってしまって。上層部の参加する会議で、「こんなに具体的に性について伝えたら、セックスを推奨しているみたいになる」という声が上がり、ボツになってしまったんです。
編集さんは食い下がってくれましたが、やはり出版は難しく、「本の内容はすごく意義があるものだから」と、別の出版社に持ち込むことをOKしてくれました。
Twitterで出版社を募集したところ、すぐに20人ぐらいからご連絡をいただいて、8月上旬にイーストプレスからの出版が決まりました。クリスマスプレゼントにできるように、無理を言って12月上旬の発売にしてもらいました。
――『CHOICE』というシンプルなタイトルはどうやって決まったのですか?
若い世代の子たちの選択を助けるための一冊という意味で、私自身が提案しました。
最初に出版社の方にご提案いただいた最近の性教育本っぽいタイトルだと、「私が高校生だったら、これを本屋さんで予約したいと言えないな」と思ったんですよ。
中高校生がお守りのように持ち歩くためには、内容だけじゃなく、タイトルや装丁も含めて抵抗を感じないものがいい。「恥ずかしい」がネックで情報に触れられなくなるのは避けたいという狙いがありました。
環境に恵まれない子どもにも情報を届けるために
――10月にはクラウドファンディングにも挑戦されていますね。
クラウドファンディングの目的は、この本を全国に届けることです。
例えば、(発売前に)「これだけ売れる」と証明すれば、初版部数を増やしてもらえるかもしれない。本の出版は初めてなので、普通だったら初版部数は絞られるはず。それでは、手に入れたいと思った人がすぐに手に入れられないかもしれません。
ありがたいことに開始5日で目標金額を達成し、最終的にはクラウドファンディングだけで2000部の予約が入って。初版は9000部にしてもらえたんですよ!
中高生だけでなく、図書室や学級文庫、保健室の本棚に置くために司書や教員の先生方も購入してくれて、うれしかったですね。
――リターンには、子ども支援団体や学校、施設へ寄付するための資金を募る「あしながシオリーヌプロジェクト」というコースもありました。
それもまた広く届けるための施策でした。「あしながシオリーヌプロジェクト」は、環境的な要因で正しい情報にたどり着けない子どもにアクセスするためのプロジェクト。このコースへの支援のおかげで、寄贈用の本も確保できました。
生きていくうえで必須な性の知識は、どんな環境に合っても平等に与えられるべきです。でも、情報を与えられない家庭で育てば、子どもには情報があることすらわからない。自分で正しい情報を探そうとしているのに、金銭的な問題でかなわないケースもあります。
今回は、学校、児童養護施設、フリースクール、こども食堂などから400冊以上の寄贈の申し込みがありました。子どもに情報を届けたいと思っている大人がたくさんいてよかった。
学校を含む地域のいろいろな場所に網の目のように置いてもらえたら、子どもの目に触れる確率は上がる。すべての子どもが平等に知識を得るためには、社会の力が必要なんだなと実感しています。
※後編は近日公開予定です。