地上波のレギュラーで担当する番組が「バラエティだけ」というのは、放送局のアナウンサーとしては珍しい。1人のテレビ局員でありながら、本来なら御法度でもある他局の番組に出演。女性誌のモデルも務めるなど、その活動の幅を次々と広げている。
正直あざといな、と思ってしまう。
テレビ朝日アナウンサーの弘中綾香さん。2月12日に30歳を迎えたのを機に、自身初のフォトエッセイを発売した。2020年の「好きな女性アナウンサーランキング」で1位となり、世間からも幅広く支持される彼女は、自らを「傍流で生きる」と表現する。いかにして、その異色ともいえる独自のポジションを築いたのか。話を聞いた。
「バラエティ」という“主戦場”に行き着くまで
彼女の地上波のレギュラー番組は『あざとくて何が悪いの?』など4つ。前述の通り、バラエティ番組だけを担当する局アナは極めて珍しい。現状についてはどう捉えているのか。
想像していたアナウンサー像とは全く違います。入社当初は情報番組やスポーツ番組を担当すると勝手に思っていましたから。それがいつの間にか、気がついたら「私バラエティしかやっていないな」という感じでしたね。あくまで自然な流れでここに行き着いたという感覚があります。
放送局のアナウンサーには様々な仕事がありますけれど、今の自分は毎日がとても楽しいので、このポジションが自分に合っているのかなと思います。
現在担当する番組での従来の局アナらしからぬ発言は、世間でも度々話題となる。
今回発売となるフォトエッセイでも「バレンタインの義理チョコは廃止でいい」「披露宴には自由がない」など、惜しみなく本音を綴っている。どのような姿勢が彼女をそうさせているのか。
放送局のアナウンサーって沢山いるので、まずはその中から任せてもらえる存在にならなければいけないという気持ちが根底にあります。台本に乗っていることをそのまま言うのはとても簡単なことですし、「アシスタントなら誰でもいい」という感じではなく、せっかくなら出来れば私が番組を担当したことにちゃんと意味を持たせたい。
その上で「私らしさ」というものを考えた時、自分はめちゃくちゃニュース原稿を読むのが上手いとかそういったタイプではなかったので、これまでは20代の女性としての言葉や等身大の自分で何を伝えられるかを意識してきました。
嘘を付かず、あくまでも常に自分の気持ちに正直だ。それが、多くの人を惹きつけ共感を呼ぶのかもしれない。だが、そんな彼女にもコンプレックスがあった。
会社に入ってからは地声が高いことがとてもコンプレックスでした。アナウンサーにとっては、情報を伝える上で「聞きづらい」というデメリットにもなり得ると個人的に思っていて。始めは声が低くなるように直そうと頑張っていたんですけど、正直今は諦めかけていますね…。(笑)回り回って、「それも自分の個性なのかな」と受け止めることにしたんです。
「出来ないことにフォーカスを当てない」って日常でも大事なことだと思っています。声が高いことに悩んできたけれど、声が高いからこそ逆に頂けたナレーションもありました。「人と違う」ということを自分なりに長所と捉えて、活かせる場所に活かそうという気持ちでコンプレックスと向き合ってきました。
流れに身を任せ、時にコンプレックスと向き合いながら、自分がその番組を担当する意味を考え続けた。彼女はこうして、「バラエティ」という主戦場に行き着いた。
会社員なのにフリーランスみたいな活躍、なぜできる?
弘中さんはテレビ朝日の会社員という立場だ。フリーランスではないにも関わらず、執筆活動やモデルと活躍の場を広げている。なぜ、それが出来ているのか。理由をこのように語る。
アナウンサー以外の仕事については、誰かから「頂いている」というものではないんです。元々、自分から「やりたい」と声を出してずっと発信してきました。執筆にしても女性誌に出ることにしても、私の声を聞いた方々が「じゃあ一回、弘中にやらせてみるか」くらいの感じで機会をくれたのだと思います。
私、自分のやりたい事だけをやりたいと考えているわけではないんです。
あくまで、「本業ありき」という会社員としての目線を持った上で、「当たり前のことは当たり前にやる」ということを大切にしています。そうすると、結果的にその姿をちゃんと見てくれている人がいて、自分の「やりたい」という声に耳を傾けてくれるのだと思います。
会社員として求められている役割を果たしつつ、「組織にいるから出来ない」と言い訳を作って諦める前に自分の意思を発信する。
そうすることで彼女は、「彼女を応援しよう」とする味方を組織の内外に次々と作っている。
人の期待に応えるのをやめた。Mステプロデューサーの言葉が変えた価値観
元々は人の期待に応えることがモチベーションだったという弘中さん。
学生の頃は、部活でも習い事も自分で本当にやりたいものかどうかは分からなかったという。転機をもたらしたのは、入社1年目に担当した『ミュージック・ステーション』のプロデューサーからの言葉だった。担当が決まり挨拶のメールを送ると、「期待していない。そのままでいい」と返された。
そこからは人の期待に応えるのをやめてみた。すると、価値観もこのように変化したという。
「自分軸」を大事にするようになりました。何よりもまず、“自分ファーストでいる”ということです。人からの期待や要望に頑張って応えてみたとしても、人が自分に対して抱く理想と自分の感覚の間にはやっぱりズレがあると思うんです。100%で相手の期待に応えられることって少ないじゃないですか。
仕事の面では日々沢山の人から色んな事を言われるので、相手からの期待を意識しすぎると自分がブレてしまう気がして。でもそこで自分の軸を大切に出来れば、周りに惑わされずに意思も明確に伝えられる。それが、仕事にも良い影響を及ぼしていく。だからこそ、自分自身をちゃんと信じたほうがいいなと思っています。
人からの期待に応えることをやめてみたら、自分らしさを大切にできるようになった。Mステの担当を離れた今でも、公私にわたってこの考えとともに日々に向き合っているという。
女性としての生き方変えた、林真理子の本との出会い
30歳を迎えた弘中さん。今回のフォトエッセイでは、作家・林真理子氏と対談している。林氏の本が、1人の女性としての生き方を考えるきっかけをくれたという。
学生時代の話ですが、大学を出て就職して、その後は結婚して専業主婦になって、夫の駐在についていく形で海外に行くという理想がありました。「そういうの、楽しそう!」という感じで、本当にどうしようもなく自分の人生に対して“人任せ”だった時期が私には確実にあったんです(笑)
今振り返ると物凄く恥ずかしいんですけど、昔は「玉の輿に乗ります!」みたいに、私の将来の「舵」を夫に託すという考えがありました。
そんな考えを変えてくれたのが、林先生の「野心のすすめ」でした。
読んだ後に衝撃を受けたんです。自分の人生なんだからちゃんと自分の足で生きていかないとダメだと。そして、やりたいことや思いがあるならそれを実現するために自分でまずは努力すべきだと思いました。それに、自分の内側にあるパワーを使わないで生きていくのはすごく「もったいないな」とも考えるようになって。
自分の人生は自分で切り開く。林氏の本との出会いで、そう考え改めることができた。
30代の1人の女性として、彼女はこの先どこに向かうのか。最後に聞いてみた。
正直、今のところはこれといった目標はないんです。職業柄もあって、以前は「若い女性」として見られなくなることに対しての不安や心配がありました。もう「経験がないので」という言い訳は通らないんだろうなって。
でも、林先生との対談で先生は「30代が一番楽しい」と仰っていましたし、任される仕事の責任も幅もさらに大きくなると思うので、そんな30代を迎えられる事に今はとてもワクワクしています。
“あざとさ”の裏側には、弘中綾香という1人の女性の芯がしっかりと見えていた。
(文・取材/小笠原 遥)
【書籍内容】
著書:弘中綾香©︎Ayaka HIronaka.TV asahi 制作:Hanako編集部
発売日:2月12日 価格:1,800円(税抜)出版社:株式会社マガジンハウス