「外務省には全く思考がなかった。(考えが)眠っていた」
落ち着いた語り口が、途端に舌鋒鋭くなった。
1月下旬の自民党外交部会。バイデン新政権の高官が中国・新疆ウイグル自治区で「ジェノサイド(民族大量虐殺)」が起きていると認定したのに対し、外務省の担当者は「認めていない」と一線を引いた。
この答えを引き出したのが自民党の中谷元・元防衛大臣だ。中谷氏は「対中国政策」を考える超党派の議員連盟でも、人権をきっかけに制裁を科せる法律の制定を目指している。中国への強硬路線を主張し行動する中谷氏は、どのような問題意識を抱えているのか。自民党本部を訪れ話を聞いた。
■日中関係への飛び火恐れたか
中国の新疆ウイグル自治区をめぐっては、1月19日、トランプ政権のポンペオ国務長官(当時)が中国政府のウイグル族など少数民族に対する政策を「ジェノサイド」と認定。100万人以上が強制収容などで自由を奪われているとも指摘した。
政権交代寸前の認定は、バイデン新政権にも中国への強硬的な政策を引き継がせる狙いがあったとみられる。ブリンケン国務長官はこれに対し、公聴会で「私も同じ判断だ」と回答。認識を踏襲する考えを明らかにした。
これを受けて、日本政府にも認識を迫ったのが中谷氏だ。1月26日の自民党外交部会で外務省の担当者に質問した結果、「認めていない」と回答があったという。
ウイグル族などの少数民族問題は、中国が極めて過敏に反応するテーマだ。アメリカ側の認定について中国政府は「でっち上げ」との姿勢を崩さない。外務省は「深刻に懸念」とはしているものの、こうした対立が日中関係に飛び火するのを避けた可能性はある。
「外務省側は非常に答えに窮していた。全く思考がなかった。(考えが)眠っていたわけです」。
中谷氏は外務省の対応を強く批判する。人種や民族、宗教などを理由とした殺害行為などを防止し、処罰を与えるジェノサイド条約への批准も併せて求めたという。
■中谷氏が恐れる「取り返しつかない事態」
中谷氏は、対・中国政策を考える超党派議連「JPAC」の共同会長を務め、人権侵害を理由に世界中の国や団体へ資産凍結などの制裁をかせる日本版「マグニツキー法」の成立に力を入れている。
中国への強硬路線を提唱する背景には、焦りにも似た危機意識があるという。
「戦後75年近くになりますが、日本は戦争に対する反省の意味も込めて中国に技術支援などをしてきました。(1989年の)天安門事件後も国際社会が制裁した時、真っ先に手を差し伸べたのは日本です。当時は中国も経済発展しておらず、日本にとっても市場が広がるという意味がありました」
「30年経ってどうなったか。中国は日本のGDP(国内総生産)をはるかに凌ぐ大国となり、ゆくゆくはアメリカの国防費を抜くといわれている。甘い対応では取り返しのつかない事態になります。日本政府がしっかり対応すべき状況ではないでしょうか」
この「取り返しのつかない事態」とはどういうことを指すのか。
「力による現状変更です。尖閣諸島、台湾、南シナ海などで力によって跳ね除けるということになりかねない。南シナ海でも『公海で航行の自由がある』と言っても『自国の海だ』と主張するなど、国際的な大国という使命感や責任感がないような認識です。国際秩序を維持するように日本が言っていく。言うだけで聞いてくれないのであれば、ちゃんと行動できることが必要です」
■頼りにしていた議員、取材当日に辞職
主張だけでなく行動を。その第一歩がマグニツキー法だ。しかし、成立に向けての動きは必ずしも順調ではない。壁となったのは、超党派であるはずのJPAC(対中政策議連)に公明党と共産党から参加議員がいなかったことだ。
「国会で議員立法を目指すためにはすべての政党の賛同が必要です。公明党や共産党に参加してもらううえで、中国という特定の国名が入っていると、非常に慎重になる方も多かった」
もっとも、日本の共産党は中国の香港問題などには一貫して厳しい態度を取っている。公明党も人権重視を前面に押し出すものの、「中国に対する気兼ねとか、配慮もあったのではないか」と中谷氏はこぼす。
それでも政策の意義を理解してもらおうと、水面下での働きかけを強めた。期待を寄せたのが、公明党の遠山清彦・前衆議院議員だった。
「たまたま遠山先生が議員になる前、NGOで人権に関する活動をなさっていて、検討するということでお引き受けいただいた」という。しかし遠山氏は緊急事態宣言中に銀座の高級クラブに深夜まで滞在していたことが発覚し、辞職する。まさに取材当日のことだった。
中谷氏らは再スタートを余儀なくされた。今後は「対・中国」を押し出したJPACではなく、特定の国名が入らない別の議員連盟で成立を目指す。かねてからの目標としていた今国会での成立は変わっていない。
「(ゴールデンウィークの)大型連休の後に国会で審議ができるか、ということ。それまでに国会に提出できるように各党と調整したい。内容や手続きを含めて精力的に働きかけをしたいです」と意気込んでいる。
■「報復」どう考えるか
一方で、こうした動きは中国側の反発も呼びそうだ。
中国はこれまでにも、経済力など駆使した報復をしてきた。
例えばオーストラリアだ。2020年4月、モリソン首相が新型コロナウイルスの感染拡大に対し、中国への独立した調査を求めたことがきっかけに関係が悪化。中国側はダンピング(不当廉売)を名目にオーストラリア産大麦に高関税を課すと、ワインや牛肉、ロブスターなどの輸入にも障壁を作った。
また6月には「差別が横行している」などとして中国からの留学を慎重に判断するよう呼びかけたほか、中国国営の英語放送でキャスターをしていたオーストラリア籍の女性を拘束・逮捕した。
中国は日本にとって最大の貿易相手国(2019年)であり、日系企業も世界最多となる3万3050の拠点を中国に置く(2018年10月時点)。また、2019年の外国人観光客のうち、中国人はおよそ959万人と全体の3割を占める。日本が対中強硬に転じることで生じる経済・安全保障上のリスクは小さくない。
こうした点を中谷氏はどう考えるか。取材の最後に聞いた。
「全く常識が通じないような反応や報復はあり得ます。これは国際ルールに反しているので、いずれ国際社会から制裁を受ける結果になるでしょう。オーストラリアの件でも、IPAC(対中政策に関する列国議会連盟)で月に数回、ネットを通じて議論していますが、他国からも支援するという声が出ています。連携して対処すれば、制裁されることを恐れることはないと思います」