生きづらさを抱えてきた漫画家の永田カビさん。「誰かに抱きしめられたい」という思いや、自身の葛藤と体験、家族関係までを赤裸々に描いた漫画『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』は生きづらさを抱える多くの人から共感を得ました。なぜ自身の人生を包み隠さず漫画に描くことができたのか、永田さんが漫画に込めた思いを、不登校経験者の伊藤歩さんが聞きました。
* * *
――永田さんはなぜ、ご自身のプライベートを漫画に描こうと思ったのですか?
最初からプライベートを描こうと思っていたわけじゃありません。自分のことを漫画にするまでは何をやってもうまくいかなくて、追いつめられた結果、自分の話を描くことにしたんです。
最初は自分のことではなく、物語を描く漫画家になりたくて、漫画雑誌の新人賞に投稿していました。ですが、かすりもしなかったんです。
当時は大学を中退したあとだったので、漫画家としてデビューしたいと思いながらも「何かしら働かなくてはいけない」とは思っていました。それでアルバイトをするんですけど、これもまったくうまくいかなかったんです。最初は楽しく働くことができました。でもしだいに働き続けることがつらくなってきて、遅刻・早退が増えて、結局やめてしまったり、面接にすら行くことができなかったりすることを何度もくり返していました。
また、アルバイトのほかにも、正社員になるために就職活動をしていた時期もあります。というのも、正社員にならないと、一人前の大人として母から認められないと、私は思っていたからです。私は他人からの評価でしか自分を認めることができませんでしたので、とくに母から認めてもらうために、就活を一生懸命がんばりました。だけど、自分のやりたいこともわからないまま面接に挑んでいたためか、結局、正社員として採用されることはありませんでした。
自分には資格がない
バイトは続かない、正社員にもなれない。「自分は何もできないんだ」という思いから、私は心身ともにボロボロで「もう限界」という状態になってしまいました。
どん底の状態で生きているうちに、自分のなかで「私には〇〇する資格がない」「〇〇したらバチがあたる」という気持ちが生まれてきました。成人しても「私なんかがお酒を飲むなんて、してはいけない」、買い物に出かけても「私なんかが新品の服なんて買っちゃいけない」と。今ふり返ってみると自分自身を大事にできていない状態でした。自分が何を思って、何をほっしているのかが、わからなかったんです。
そんなふうにどん底まで追い詰められていた私でしたが、あるとき、「もういいや、自分のプライベートなことでも、あけすけに描こう」と、開きなおって漫画を描いて、ネットに投稿してみました。そしたら思いのほか反響をよび、単行本化されました。それがデビュー作『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』だったんです。
――漫画ではご自身の家庭環境やセクシャルな体験も含めて描かれています。自分の私生活を描くことで、まわりの目は気になりませんでしたか?
最初はネットに投稿するために描いていたこともあって、周囲の目はほとんど気になりませんでした。
ですが、漫画がヒットして単行本として出版されてから、親が周囲の目をすごく気にするようになったんです。ショックのあまり泣かれたり、「こんな本、恥ずかしくて親戚に見せられない」と言われたりしました。親に影響をおよぼすようになってはじめて、「私はとんでもないものを描いてしまったのか?」と疑問をもち、私も周囲の目を気にするようになりました。
親戚にはしばらくのあいだ、本のことは隠していました。「カビちゃんは今、なにをしているの?」と聞かれても、親はお茶をにごして、「漫画家」とは答えませんでした。とくに「祖父母には絶対見せられない」と一番気をつけて隠していました。
でもある日、祖父母が購読している新聞に私のインタビューが載ってしまったんです。そのことをきっかけに、漫画のことを話してみました。そうしたら意外にも、「ああ、そうだったの」と、祖父母が親族のなかでは一番ケロっとしていましたね。
また、さいわい友だちは漫画のことを「がんばったね」「たいへんだったね」と好意的に受けとめてくれました。両親からの批判的な反応に苦しんでいるときに、こうやって肯定してくれる人がいたのは本当に救われました。
そしてなにより、想像以上にたくさんの人たちが私の漫画を読んでくれたことが、一番ありがたかったです。何をしてもうまくいかなかった私が、勢いにまかせて自分のことを描いたら、自分でもびっくりするほどの反響があったんです。私にもできることをやっと見つけた気がしました。「私にできることはエッセイ漫画を描くことだ。これからも、それを続けるんだ!」と。
もうこわくない
もう開きなおってますから、どん底の状態を漫画にするのは、こわくはないです。気をつけているのは、住んでいるところがバレないようにしなきゃ、というくらいで、本当にあけすけに描くようにしています。私には、ほかに武器がないですから。
そうやって描いた漫画を、たくさんの人が読んでくれる。すると、なんとか社会に居場所を得られたような感覚になれます。なにもできなかった状態のころよりも、自分のことを肯定できるようになってきたと思います。
だから今でも漫画を描くことに必死でしがみついています。もちろん必死なのでしんどいこともたくさんあります。でも社会に居場所を得られたことは、私としては大きな出来事でした。
――漫画はヒットしましたが、まだ「生きるのに必死」という状態は残っているんですね。
はい。生きにくいですね。どれだけがんばっても、世間から高評価をもらっても、どこかで社会から許されていないような気がします。漫画の原稿ができあがったときには、達成感を感じます。でも、「エッセイ漫画家」という社会のなかでの私の居場所を保ち続けるために、「次もがんばらないと」と思ってしまう。「いったい、どこまでがんばれば、どこまでやれば私は許されるんだろう」と思いながら漫画を描いています。
本当は、社会はともかく、自分で自分を許してしまえばいいんだと思うんですが、それもなかなかできないんです。どうしても自分の評価を他人にゆだねてしまうんですよね。いつか、信頼できる人が「君はもうじゅうぶんがんばったよ」と言ってくれたら、とずっと思っているんですけれど、なかなかそんな人は現れないですね。
また、漫画以外のことは、あいかわらず何やってもダメです。そんな自分に失望することもあります。でも、ダメダメな私の生活を、漫画にしてしまえばいい。漫画というワンクッションを置くことで、なんとかダメな自分を受けいれることができています。
自分の特性 治さなくても
――私も「自分の存在を許してほしい」というか、「誰からも愛されたい」という気持ちがあります。こんな気持ちは変えなくてはいけないのでしょうか。
べつに変えなくてもいいんじゃないですか。私は今、精神疾患や摂食障害、発達障害を抱えています。でも今はそれを治そうとは思っていなくて「べつにいいや」と思っています。
多くの人が「病気は治さなきゃ」とか「それは治療の対象だ」と思うようなことでも、本人が「べつに私はこのままでいいや」と思えば、それでいいんじゃないか、と。
漫画のなかでは、読者に読んでもらう作品として成立させるために、自分のなかに起きた変化があれば、強調して描くようにしています。そうしないと漫画としておもしろくならないですから。でも、私生活では、「自分を変えよう」「変わらなきゃ」という気持ちはほとんどありません。「自分はヘンかもしれない」と思っていても、人にはそれぞれいろんな思考の歪みがあるはずです。それをムリに治したり、変えたりしなくてもいいと思いますよ。
――ありがとうございました。(聞き手・編集、伊藤歩・茂手木涼岳)
【取材後記】「必死で生きている人に会いたくて」
私が永田カビさんにお話をお聞きしたいと思ったのは、永田さんの漫画に共感したからです。不登校を経験し、その後社会人になったものの、仕事での人間関係がツラく、行き詰まった私は、生きづらさを少しでもなくすために、「コミュニケーションのハウトゥー本」や「闘病エッセイ」などの本を手あたりしだい読んできました。
そんなとき、永田さんの『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』に出会い衝撃を受けました。とくに「自分には〇〇する資格がない」という言葉に強い共感を覚えました。
また、私のように劣等感を持ちながら生きることについて「ダメな自分でも受けいれて生きよう」というような指摘が多いように思います。しかし永田さんの本には「ダメもとでもあがいてから死んでやる」と描いてありました。自分を苦しめているものの正体はなんなのか。なんで自分はこんなに苦しいのか、それを突きとめてやる!という熱意を感じました。「あ、この人は必死で生きている」と思い、今回インタビューを申し込みました。
実際にお会いし、永田さんの言葉、とくに「社会から許されたい」という言葉に深く共感しました。読者のみなさんにも永田さんの言葉が届いてくだされば幸いです。(伊藤歩・27歳)
永田カビ(ながた・かび)
漫画家。2016年『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』(イースト・プレス)が単行本化。自身の内面と向き合う姿を赤裸々に描いたエッセイ漫画で注目されている。ほかに『現実逃避してたらボロボロになった話』(イースト・プレス、2019)など。新刊『迷走戦士・永田カビ』(双葉社)が本年2月18日に発売予定。
(2021年02月01日の不登校新聞掲載記事『「仕事がまるで続かない」漫画家・永田カビが見つけた苦しみの源』より転載。)