江口優花さん(仮名)は、高校生の時、通っていた学校の先生から「同性と付き合っているのは不純だ」「同性愛が他の生徒にうつる」と言われ、クラスでの授業を受けることができなくなった。
当時一緒に住んでいた親戚にもアウティングされ、家に帰れない日々が続き、学校では教室から追い出され、別室で個別で教えられるように。
江口さんは現在20代。高校を卒業したのはつい数年前だ。性的マイノリティであることで、教育を受ける権利すらも侵害されてしまうようなことが、現在の日本社会で起きている。
「アウティング」をきっかけに狂わされた高校生活
江口さんは仕事の関係で海外に住む両親のもとに生まれ、高校入学を期に単身で帰国。地方の私立高校に入学した。
「もともと住んでいた国では同性カップルも結婚ができるというのもあり、周囲にも性的マイノリティであることをオープンにしている当事者がたくさんいました」
江口さん自身も、物心ついたころから自身を「ストレート」だと認識したことはなかったという。
「私の場合は、どちらかというと”クイア”という自認が強いです」
「クイア」は、もともと”奇妙な”といった性的マイノリティを侮蔑的に表現する言葉だったが、現在では規範的ではない性のあり方を包括的に表す言葉としても使われている。
「1年生の時、クラスの友人と”恋バナ”をしていたら、『彼女いるの?』と聞かれて、付き合っている人がいるよと答えました。そうしたら、『彼氏じゃないでしょ』と言われたので、そうだよと、女性と付き合っていることを伝えました。」
友人からは「別に良いんじゃない」とスムーズに受け入れられたという。しかし、次の日、江口さんが学校にいくと突然教員に呼び出され「心当たりない?」と指導室に連れていかれた。
「誰かが先生にアウティングをしていたようです。誰が言ったのかはわかりません」
そこから江口さんの高校3年間が大きく狂わされてしまうことになる。
教室から追い出され、家にも帰れなくなった
「指導室には先生と校長先生がいました。『あなたが同性と付き合っているということが噂になっています。これは本当なの?』と聞かれて、私が答えようとする前に『それは不純な交際だから』『普通じゃないよ』と言われました」
「その後は、先生たちから『同性愛が他の生徒にうつる』とか『海外で育ったからクラスのみんなを”ソッチ側”に引きずり込もうとしているのでは』など散々なことを言われました」
さらに、付き合っている人と別れることを強要された江口さんだが「自分は何も間違ったことはしていない」と、到底受け入れることはできなかった。
すると「江口さんが教室にいると他の生徒に悪影響だから」と、その日から別室で授業をうけさせられることになった。
「『昨日、親戚のお家にも電話したから』とも言われて、あ、今日からお家に帰れないんだなとすごくショックだったのを強く覚えています」
江口さんが住んでいた親戚の家も、規範意識が強い家庭だった。
「親戚の家では男の子が大切に育てられてきて、私は『女の子なんだから料理手伝いなさい』『洗濯物干しなさい』と強要されることが多かったです。学校からアウティングをされて、何が起きるかわからないと怖かったので、その日は家に帰ることができず、カプセルホテルに泊まりました」
親戚からは何の連絡もなかった。江口さんが後から聞いた話では、親戚は学校に対して「優花をどうにかしてほしい」と連絡していたそう。
「『どうにかしてほしい』というのは『私と彼女を別れさせろ』という意味だと思います。多分それもあって、学校の先生も私に酷い言葉を私にぶつけてきたんじゃないかな」
海外にいる親には心配をかけたくないという一心で、江口さんは両親に連絡することができなかった。
親戚も特に江口さんの親に連絡はしなかった。「その後は親戚がいない隙に、家から荷物だけ取り出してカプセルホテルを転々としていました」
修学旅行でも差別
友達の中には信頼できる人もいる。なんとか学校には通い続けた江口さんだが、朝5時から飲食店でアルバイトをしたあと登校し、夕方も塾で働く日々が続いた。
それでも稼いだお金はホテルの宿泊代に消えていった。アルバイト先で一夜を明かすこともあったという。
「学校でお昼の時間に友達と教室でランチを食べようとしても、先生に止められることもありました。スクールカウンセラーに相談しようと思っても、先生に阻まれてしまったり。挙げ句の果てには『同性愛を治さないと進級させられない』とか『卒業させられない』と脅されることもありました」
さらに、修学旅行ではみんなが自由に宿泊の部屋割りを決めているなか、江口さんだけは「クラスで一番ボーイッシュな女子」との相部屋にさせられたという。
「先生たちからは、私が同性と付き合っているから”レズビアン”だと思われていました。よくわかないけど、”女性らしい”人どうしが付き合うのがレズビアンだというイメージがあったみたいで。だから”ボーイッシュな子”との部屋にすればいいと思っていたようです」
「宿泊先のホテルでは大浴場も入らせてもらえなくて。『あなたは個別ね』と制限されました。正直、修学旅行は行きたくなかったです。でも『行かないと卒業させられない』とも言われて。なんでわざわざ来させたいんだろうと疑問でしたが、多分先生たちは私をフツウの人に”矯正”させたかったんだと思います」
毎日学校をやめたいと思っていた
もともと成績も優秀だった江口さんだが、朝晩はアルバイトをして、夜はカプセルホテルに泊まり、学校に通う。そんな生活を続けていれば自ずと学力も低下していった。
さらに途中からは鬱のような症状も生じていたという。
「寝れないことも多かったので、学校自体には通ってしましたが、よく寝坊もしました。学校の前まで行っても中にどうしても入れない時もあって、近くの映画館に行くことも。友達がサポートしてくれていたので、なんとか日々を乗り切れたかなと思っています」
唯一、ひとりだけ江口さんの味方をしてくれた先生もいた。
「この先生の授業だけは教室で受けることができました。先生は若くて学校の中でも力がないけど、いつも私に『守れなくてごめんね』と言ってくれていました」
「ほぼ毎日学校やめたいなと思っていました。死にたいと思ったときもあります。成績も落ちていくのは簡単だけど、這い上がるのは大変です。 でも、もしここで学校をやめたら、私を排除したい先生たちの思惑通りになってしまうとも思っていて。卒業して将来見返してやろうという気持ちもありました」
学校をやめなかったのは、「一緒に卒業したいと言ってくれた友達がいたことも大きかった」と江口さんは語る。
「味方をしてくれた先生も、裏でいろいろかけあってくれていることも聞いていました。この人たちがいなかったら、私は今頃どうなっていたかわかりません」
なぜ子どもの未来を理不尽に奪ってしまえるのか
高校を卒業した江口さんは、すぐに就職をして働きはじめた。現在は大学入学を目指して勉強中だ。
江口さんにとって一度きりしかない、貴重な高校生活。なぜ性的マイノリティであることを理由に、江口さんの未来を理不尽に奪ってしまうことができるのだろうか。
特に「同性愛が他の生徒に移るから」などという理由で、クラスでの集団授業から江口さんを排除し個別授業を強制したり、修学旅行の部屋割りを勝手に決めるなど、明らかに偏見をもとにした「差別的取り扱い」と言えるのではないか。
しかし、日本ではこうした性的指向や性自認に関する「差別的取り扱い」を禁止する法律がない。
江口さんは酷い仕打ちを受けても、「誰かに相談や訴えることができるということすら思いつかなかった」と語る。
法律がないことは、具体的な差別を受けても救済されない可能性があるだけでなく、そもそも差別を差別として認識できず、「しょうがない」と泣き寝入りしてしまうことにも繋がる。
LGBTや多様な性のあり方について「知識」や「意識」があろうとなかろうと、”最低限”性的指向や性自認を理由に差別をしてはいけないーーあくまで基盤となるルールとしての法律が日本には必要ではないだろうか。
日本にもLGBT平等法を
「EqualityActJapan - 日本にもLGBT平等法を」では、LGBT平等法の制定を求める国際署名キャンペーンを行っています。 性的指向や性自認を理由とする差別的取り扱いを禁止し、LGBTもそうでない人も平等に扱う社会へ、ぜひ署名のご協力をよろしくお願いします。
(2021年01月8日 EqualityActJapan「「同性愛がうつる」と教室から追い出され、家にも帰れなくなった。10代の性的マイノリティが学校で受けた差別」より転載)