2016年に社会現象になったドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(以下、『逃げ恥』)のスペシャル版『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!』(TBS系列)が1月2日に放送される。
スペシャル版に先駆け、1月1日・2日には、前作が全話一挙放送。実はまだ『逃げ恥』を見たことがないという人も追いつくチャンスだ。
「契約結婚」や「愛情の搾取」、あるいは家事の経済的価値など、社会問題にも踏み込んだテーマと多くの名言を生んだ本作。4年越しに令和の時代に見返しても、『逃げ恥』はやっぱり先進的だった。
秀逸だった「呪い」の描き方
『逃げ恥』が生んだ名言のひとつに、みくり(新垣結衣さん)の叔母・百合(石田ゆり子さん)の「自分に呪いをかけないで」があげられるだろう。
年下の女性から、百合は「おばさん」と呼ばれ、「50にもなって若い男に色目を使うなんて虚しくなりませんか?」と言われると、彼女はこう答える。
「今あなたが価値がないと切り捨てたものは、この先あなたが向かっていく未来でもあるのよ。(中略)私たちの周りにはたくさんの呪いがあるの。あなたが感じているのもその一つ。自分に呪いをかけないで。そんな恐ろしい呪いからは、さっさと逃げてしまいなさい」
百合が「呪い」と呼んだ、人を縛りつける先入観や固定観念。この考え方はドラマの世界を飛び越え、多くの人々の共感を呼んだ。百合のこの言葉によって様々な「呪い」が可視化され、そこから自由になろうとする人々の背中を押したのではないだろうか。
「呪い」に縛られていたのは、みくりも平匡(星野源さん)も同じだ。
『逃げ恥』では、夫の平匡が雇用主、妻のみくりが従業員として、家事労働に給料を支払う「契約結婚」を始める。
就職活動に全敗し、大学院卒業後は派遣社員として働くも、自分だけが派遣切りにあってしまうみくりは、「自分は選ばれない」人間なんだと思い込むようになる。
みくりは自分が他人から都合よく搾取されることに敏感で、自分の意見を主張したり異を唱えたりすると、「小賢しい」と批判されることもあった。「小賢しい」という言葉は、呪いとなってみくりを苦しめてきた。
平匡もまた、恋人がいた経験がなく「プロの独身」を自称。結婚は「自分には縁のない」ことだと、心に入り込もうとするみくりを拒む。みくりが「自尊感情が低い」と分析すると、平匡は「詮索するのも分析するのもやめてください」と怒りを向ける。
「ムズキュン」とキャッチコピーがつけられた2人の恋愛。平匡の「システムの再構築」という言葉どおり、『逃げ恥』というドラマは、既存の結婚制度やパートナー同士の関係性を見直し、ことあるごとにみくりと平匡が議論と考え方のすり合わせを重ね、2人が快適でいられる関係を模索する物語だった。それが、互いの「呪い」をとくことにも繋がり、2人は最終回で正式に夫婦になった。
令和の時代に見ると?
家事は、企業などでの労働と比べると、下位に置かれるものなのか。
家事に対する報酬は? パートナー間でどう分担するのか。
「愛があれば、なんだってできるだろう」と愛情を過信し、パートナー間に発生する不平等な状況に向き合わなくていいのか?
従来の婚姻制度に縛られない結婚観は、許されないものなのか。
年齢を重ねると、「女性の価値」は失われるのか。
『逃げ恥』が問いかけたこういったテーマは、令和の時代に突入してからもたびたび議論になってきた。
特に「男は仕事、女は家庭」という旧来的な性別役割分業への意識は、日本ではいまだ根強く残っている。こうした現状に対する『逃げ恥』のカウンターとしての側面は、今もまったく色あせていない。
「逃げる」ことを肯定的に描いていた点も画期的だった。「逃げるは恥だが役に立つ」とはハンガリーのことわざ「Szégyen a futás, de hasznos」で、「恥ずかしい逃げ方だったとしても生き抜くことが大切」という意味だ。
世間で「正しい」とされる価値観を押し付けられることに飽き飽きし、そこから逃げようとする人々を肯定的に描いた『逃げ恥』。闘うのではなく、自分のために逃げてもいいという多様な生き方を示した。
続編は妊娠・出産。「育休」や「ホモソーシャル」問題も
(※この先、スペシャルドラマのベースとなる原作10・11巻のネタバレがあります)
漫画家・海野つなみさんによる原作の10巻・11巻は、ドラマ放送後の2019年から続編として発表された。みくりと平匡の結婚2〜3年後、みくりが妊娠し、出産するまでの期間が描かれている。
スペシャルドラマはこの2巻をもとに制作。メインビジュアルには、ドラマの鍵となるという言葉が並んでいる。「育休取得」「ホモソーシャル」「選択的夫婦別姓」「LGBT」など、2021年の今まさに語られているテーマも多く、また、「緊急事態宣言」「パンデミック」などの言葉があることから、ドラマオリジナルとして、コロナ禍の状況も描かれることになりそうだ。
原作では、みくりと平匡は2人とも新しい職場で働いている中で、みくりの妊娠がわかる。妊娠や出産というテーマを通じて、男性中心の会社でのコミュニケーションのあり方の課題などが見える描き方で、ジェンダーの問題についても踏み込んでいる。
前作のドラマでは、主にみくりなどの視点から見た女性をめぐる不平等な状況に焦点を当てていた。
原作の10巻・11巻では、新しい職場や妻の妊娠・出産を、平匡の視点からも見せている。男性の育休取得への風当たりの強さ、また「男らしさ」に固執し、弱みを見せることができない平匡を通し、男性をめぐるジェンダーの問題についても描いている。
ドラマの脚本は、前作から引き続き野木亜紀子さんが担当している。『逃げ恥』以降、最近ではドラマ『コタキ兄弟と四苦八苦』(テレビ東京系)や『MIU404』(TBS系)、あるいは映画『罪の声』などで男性主人公の作品も手掛けてきた野木さんの手腕にも注目だ。