新型コロナウイルスの影響を受け、ヨーロッパでは10月の終わり頃から2回目のロックダウンをする都市も出てきた。
BBCによると、フランスでは11月末からロックダウンが段階的に緩和され、映画館は12月15日から営業が再開する予定だ。
映画の聖地、アメリカのハリウッドは、新作発表がほぼ止まっている状況だ。ブロックバスター映画を生むハリウッドが止まることで、世界中の映画館に打撃を与えることになる。
そんな中、世界各地の映画館を支えるのは、「国産映画」だ。
フランスでは、国を代表する名俳優イザベル・ユペールさんが主演、ジャン=ポール・サロメさんが監督を務めた映画『ゴッドマザー』に、注目が集まっている。
新型コロナの影響を受け一度は公開延期となったが、9月に公開され好成績を収めている。
日本で12月10日〜13日まで行われている「フランス映画祭2020 横浜」のオープニング作品にも選ばれた本作。フランス代表として映画祭に関わるユペールさんとサロメ監督に話を聞いた。
アメリカ映画がない中、健闘するフランス映画
サロメ監督は、今の状況を「映画産業にとっても映画好きにとっても厳しい時期」だと語る。ただし、決して悲観するだけではない。
『ゴッドマザー』がフランスで公開されたのは、1回目と2回目のロックダウンの間で、幸運にも、多くの人に作品が届いた。
「1回目のロックダウンが明け、劇場が閉鎖されている間、早く映画を観たいと我慢していた人がたくさん観にきてくれました。
しかも、今はアメリカ映画がほとんど上映されていません。そのおかげもあり、フランス映画が成功することができました。私はこの結果を、とても大きなものとして受け止めています」(サロメ監督)
「フランスでは、映画は『産業』として非常に強固だ」と話すサロメ監督。政府はパンデミックの中、映画を含む文化芸術への支援を表明。追加予算をかけ、芸術家とその多様性を守っている。
「映画館、特にシネコンはハリウッドの大予算映画を必要としているのは間違いありません。アメリカ映画の損失を補うほどではないですが、それでもフランス映画は多くの観客を集める力を持っていると、あらためて確信しました。
このコロナ禍で、国産映画のマーケットシェアは落ちておらず、むしろ伸びさえしている。フランス映画はパンデミックの最中で健闘しています」(サロメ監督)
監督が考える「ストリーミングと映画館」
8月に、アメリカの大手配給ディズニーの『ムーラン』が、たび重なる公開延期の結果、劇場公開を取りやめストリーミング配信に切り替えた時には、ヨーロッパの映画館からも抗議があった。
SNSでは、あるフランスの映画館のオーナーが『ムーラン』の宣伝用展示物を破壊し、ディズニーの決定に異を唱える動画が拡散された。
サロメ監督は、パンデミックで家にこもる生活が続き、「映画を観て味わった感動を人と共有することがどれほど大切か、あらためて実感した」という。
「動画ストリーミングサービスやテレビなどで映画を観ることはとても容易で、それ自体は素晴らしいと思います。
ただそれは、劇場で観るのとは根本的に異なります。同じスクリーンを見つめ、顔も名前も知らない人たちが時間を共有するあの独特の空気感。ロックダウンの中、あの体験を恋しく思う人は多くいたでしょう」(サロメ監督)
デビューからおよそ50年。コロナによる変化は?
監督の「劇場体験が失われることはない」という考えには、ユペールさんも同意する。ロックダウンの中であらためて「映画や芸術がもつ想像力や、その偉大さ、寛大さを見つめ直した」という。
1971年に映画デビューを果たしたユペールさんは、フランスのみならず韓国やポーランドの監督作品にも出演し、国際的に活躍。また、カンヌ国際映画祭の審査員を務めたり、息子とともにアートシアターを運営したりと、様々な方法で映画界に携わってきた。
「私はもう何十年と撮影現場を中心に生きてきました。今すでにいくつかの映画の撮影が始まっており、幸運なことに、私自身の俳優としての生活はそれほど変わりがありません。
一方で、映画産業全体を見れば、興行は大変厳しい。映画業界が賑わいを取り戻した時に、今よりも明るい未来が訪れることを支えに、私は作品に真摯に向き合っています」(ユペールさん)
新作映画は「女性のポートレート」
2人が初めてタッグを組んだ映画『ゴッドマザー』。ユペールさんは、フランスの警察でアラビア語通訳として働く女性パシャンスを演じる。
パシャンスは、捜査で追っているドラッグディーラーが、施設に入院する母の介護士の息子であると知り、彼らを助けるために自らがディーラーとなって大麻を売り始める。その中で、隣人の中国系の女性とも交流が生まれる。
ユペールさんは『ゴッドマザー』を「フェミニズム映画」だと語る。
「この映画には、コメディタッチの軽やかさがありますが、コメディとして物語を成立させるためには、今なぜこの物語なのか?という映画をつくる意義が必要だと考えます。その点において、この映画は『女性のポートレート』になっており、様々な側面をもった女性を映し出しています」(ユペールさん)
原作は、フランスの女性の作家の小説『La Daronne(原題)』。サロメ監督は、小説を読んでいる時から、主人公としてユペールさんを考えていたという。
「映画では、原作からさらに女性たちの間にある姉妹のような関係性を発展させ、その存在感を強めました。それができたのは、ユペールたち俳優のおかげです。
『ゴッドマザー』は、大麻を売るパシャンスの愛称でもありますが、他の2人の女性もまた、自分の家族や男性を率い、問題解決をする『ゴッドマザー』なのです」(サロメ監督)
道徳と不道徳を併せ持つ複雑さ
その見事な演技と表現力、そしてどんな役にも挑むチャレンジングな精神で、世界中の映画賞を席巻してきたユペールさん。フランスのセザール賞では、史上最多記録となる14回、主演女優賞にノミネートされている。
本作で演じるパシャンスは、困窮するケアワーカーである女性を助けたいという思いと、若者相手に大麻を売るディーラーという、道徳的な部分と不道徳な部分を併せ持つ、複雑な人物だ。
ユペールさんは、パシャンスを「明るい面もあり、少し暗いところもある女性です。過去や家族の歴史に対して深い内省がある」と分析。
その「二重性」こそが演じる醍醐味であり、この映画を豊かにしているのだという。
「この映画における女性同士の連帯はとても美しいと思います。ただ美化するだけではなく、生々しく、リアリティがあるのです。貧困や人種差別、男性優位など、社会的に難しい環境にある女性たちが、自分たちの力と友情によって、どんな手段を使ってでも、そこから脱出しようと試みます。
大麻を売るパシャンスは罪を犯している。それはまぎれもない事実なのですが、そうした女性を取り巻く社会的状況を描いているからこそ、その不道徳さが受け入れられるものになっていると私は思います」
(取材・文:若田悠希/ハフポスト日本版)
作品情報
『ゴッドマザー』
監督:ジャン=ポール・サロメ
出演:イザベル・ユペール ほか
※日本での一般公開は未定
映画祭情報
「フランス映画祭2020 横浜」
会期:12月10日(木)~12月13日(日)
場所:横浜みなとみらい21地区、イオンシネマみなとみらいほか