類まれなチェスの才能を持つ女性が頂点を目指すNetflixのドラマ『クイーンズ・ギャンビット』が、反響を呼んでいる。Netflixによると、配信開始からわずか1カ月で世界の6200万世帯が視聴。同社のリミテッドシリーズ(1シーズン完結のドラマ)の中で大きな成功を収めた作品となった。
母を亡くし養護施設で育った主人公ベス・ハーマンが、孤独や依存症と向き合いながら、男性優位のチェス界を駆け上がっていくというストーリーだ。
本作で注目すべき点の一つが、ハーマンと対峙する男性プレイヤーたちの描かれ方だ。
どんな話なのか
原作は、1983年に出版されたウォルター・テヴィスの同名小説。1960年代のアメリカを舞台に、母を失いカトリック系の養護施設に預けられたベス・ハーモンが、チェスプレイヤーとして成長していく姿を描く。
物語を通してハーモンはあらゆる困難に直面する。実の母や養子として引き取られた一家に起こった出来事、養護施設で与えられた精神安定剤(抗不安薬)やアルコールへの依存...。
親しい友人もできない中、ハーモンは一心不乱にチェスに没頭し、めきめきと頭角をあらわしていく。
ハーモン役を務めたのは、ホラー映画『ウィッチ』への主演で注目を集めたアニャ・テイラー=ジョイ。ファッションやインテリアなど、60年代のオールドな雰囲気を楽しめることも本作の魅力の一つだ。
「負け」を受け入れ、ハーモンに協力する男性たち
ストーリーを通して印象的だったことが、男性チェスプレイヤーの描き方だ。
男性ばかりのチェス界で、女性プレイヤーが苦悩しながらも勝ち上がっていく。
このあらすじをみた時は、どれほどのひどい「男女差別」が描かれるのだろうか...と気を揉んだ。女性であるがゆえに蔑視の目を向けられ、不当な扱いを受け、上り詰めるほど「性別の壁」が立ちはだかる。主人公にはそのような耐え難い困難が待ち受けているのではないか、と思ったのだ。
しかし、予想に反して、ハーモンを取り巻く男性プレイヤーたちは「フェア」だった。
初めて大会に出場した時こそ、ハーモンは女性であるために冷遇を受けるが、勝ち進むことで男性プレイヤーたちも彼女の実力を認めていく。
もちろん、男性ばかりの空間で孤高に戦うハーモンには、「異質なものを見る視線」が少なからず向けられる。記者やメディアが「女性プレイヤー」という一面ばかりに注目する理不尽さも描かれる。
それでも、ハーモンと対峙した男性の多くは潔く「負け」を認め、握手をするために手を差し出し、彼女に賛辞を送った。その上、さらなる大敵に挑むハーモンの訓練相手となり、協力しようとする姿勢を示した。
こうした場面を見るたびに、救われるような気持ちになった。
フィクションだからこそ理想が描けた
しかし、これは、フィクションだからこそ描けたことだろう。
1960年代は「男性は仕事、女性は家事育児」という分業への意識が根強かった時代だ。60年代後半には、職業の自由など男性と平等の権利を求めた女性解放運動「ウーマンリブ」が欧米や先進国で広がった。
チェスの世界も圧倒的に男性優位の社会だ。
たとえば、イギリスの世界的なチェスプレイヤー、ナイジェル・ショート氏は女性プレイヤーが少ない理由について、「女性と男性は異なる能力を持っているという事実を受け入れるべきだ」と業界紙のインタビューで発言。女性蔑視だと大きな批判を浴びたという。
「女性は能力的に男性に劣る」「女性は競争に弱い」という固定観念は、チェス界だけではなく、さまざまな場所で根強く残る考えだ。
しかし、男性優位の「環境」がそうした状況を作り出している、と指摘する研究結果がある。2016年に発表された論文によると、分析の結果、女性のチェスプレイヤーは男性が対戦相手の場合はミスを犯す確率が高かった。また、男性のチェスプレイヤーは、女性と対戦するよりも、男性相手だとより早く投了していたという。研究者らは、性別のステレオタイプが女性プレイヤーのパフォーマンスに影響をもたらしている、と指摘した。
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こうした状況を考えると、稀有な才能を持つハーモンが対等に評価され、世界を舞台に活躍していくストーリーは、極めて「現実離れ」しているように思える。
「女性だから」という理由だけで、医学部の入試で減点される。このような信じ難いことが起きる日本でも、例外ではない話だ。
日本の囲碁界では、11月22日、22歳の藤沢里菜氏が男女混合で争う公式戦で女性として初めて優勝したという明るいニュースもあった。
物語で描かれたことが現実になる日がきてほしいーー。『クイーンズ・ギャンビット』は、そう希望を込めたくなるような作品だった。