新型コロナウイルスの影響で、これまでの「当たり前」が揺らぐ今。自分の状況や気持ちにも変化があったり、ちょっと行き詰まってしまった人もいるかもしれません。
とはいえ、家に一人でいても、SNSから流れてくる他人の価値観に揺さぶられて、人と比べて、自分が大事にしたいことがよくわからなくなってしまう。
そんな日々のなかで、私に助け舟を出してくれたのは、『世界は夢組と叶え組でできている』の著者、桜林直子さんでした。
サクちゃんこと桜林さんは、20代前半でシングルマザーとなり、12年間洋菓子店に勤めたのちに独立して、東京・富ヶ谷にクッキー屋「SAC about cookies」を開業。9年間お店を営みながら、「やりたいことがない」自分に問いを投げては、考え続け、進む道を選んできました。
コロナ禍、お店を閉じる選択をした桜林さんはいま、200人以上と”雑談”をして新しい仕事「サクちゃん聞いて」を始めています。
目の前の現実をしなやかに乗り越えながら、自分のやることをどうやって決めているのか。桜林さんの”考え方”にスポットを当てて、話を聞きました。
この春、クッキー屋の店舗を閉じたわけ
ーーサクちゃんは、この春、9年間続けてきたクッキー屋の店舗を閉じる選択をしました。どんなふうに考えて進んできましたか?
私の場合、お店を閉じる選択は難しくなかったんです。4月には(新型コロナの影響で)休業をして、スタッフの方たちにヒアリングをして、大家さんと交渉をして、7月に店舗を解約しました。
もともとお店は、私にとって「やりたいことをやる場所」じゃなくて、冷たい言い方かもしれないけど、「お金を稼ぐ手段」だったから。
新型コロナで売上収入がなくなっただけじゃなく、家賃と人件費がどんどん出ていく。毎月収入がゼロどころかマイナス数十万円でした。いつ元に戻るかわからない状況で続けていくことがとにかく怖くて、水漏れを止めなきゃって感覚でした。
もともとECでも販売していたし、卸先もあるからブランドは続けていくこともできる。続けるかどうかはゆっくり考えて、続けるにしても、実店舗ではないやり方を考えればいいって思ってました。
ーー早いうちにお店を手放すことができたのは、本に書かれていたように、お店の立ち位置も含めて「自分を知る」ことができているからでしょうか。
たしかに「自分を知る」ってことなんですけど、仕事における「優先順位」がはっきりしているからですね。
私はシングルマザーということもあって、お店を始めたときから変わらない優先順位の上位は「半分の時間で2倍稼ぐ」こと。それができなくなってしまってもお店を続けるという選択肢は私にはなかったんです。
ただ、お店を閉じるために「今何をするか」の判断と同時に、「これからどうしていくか」を考えなくちゃいけなかった。でも、相変わらず私にはわき起こるようなやりたいことがない。じゃあ、どうやってこれからやることを決めていくのか。
やりたいことがないと、与えられた選択肢の中から選んでしまいがちなんですが、私はやりたいことがないままでも「自分の中から見つける」ことができると思っています。
「なんかイヤだな」を観察して分解してみる
ーーサクちゃんはどんなふうにして、やることを見つけてきたんですか?
私には、明らかに考え方の癖があるんです。未来に向けてああしたいこうしたいっていう「やりたいこと」はまったく出てこなくて、「これが不満だ、不快だ」「これが不足している」っていうマイナスの要素ばっかり出てくる。
だから「何がイヤなんだっけ?」、それが「どうなったらいいの?」っていう2段階で考えます。イヤなことをイヤなままにしないで、しつこいくらいに観察して、考えて考えて、その解像度を上げていく。不満や不足の裏には、必ず欲望があるので、それを見つけたいんです。
ーー具体的にどうやるんですか?
状況でも感情でもなんでもいいんですけど、日常の中で「なんかイヤだな」って感じることってありますよね? 私はその不快に敏感なんですよ。イヤなことを見つけてしまうのは、威張れることではないんだけど、性質はしょうがないので、諦めてうまく使うことにしました。
たとえば、大勢で集まる飲み会が苦手。実際に何回か行ったときに、帰り道に何だか虚しい感じがして、なんかイヤだなと思いました。なんでだろうな? って考えてみると、一人ひとりの話をちゃんと聞くことができないし、いるのにいないように感じることがイヤなんだなってことがわかった。
何が不快かわかったので、私は4人以上の飲み会には行かないことにしています。会う回数や人数は減るかもしれないけど、会いたい人とは少人数で会ってじっくり話をする。それが私にとっては心地よいんですね。
もちろん、知り合いを増やしたいとか、みんなで集まるのが楽しいという人はそれでいいし、そういう時期もあります。お祝いなどには顔を出しますし。
イヤなことを紐解いていくと、自分が大事にしていることがわかるんです。日常の中でイヤだなと思ったことを書き出して、なんでそう感じたのかまで考えてみるといいですよ。
ーーイヤだなと感じていても、すぐにそれを手放すことは難しい気がします。飲み会を断ったら相手と気まずくなるかもしれないとか、不安も頭をよぎって自分の気持ちだけにフォーカスできないというか。
だから、イヤなことを観察して分解するんです。大勢の飲み会はイヤだけれど、誘ってくれた人や参加者がイヤなわけじゃないから、「少人数で会いましょう」って言えば、関係が気まずくなることはないと思います。
「なんかイヤだな」をそのままにしておくと、いつしか「全部イヤだな」になっちゃうんですよ。ただ大勢の飲み会がイヤなのに、人が苦手なんだと勘違いして、人と会うこと全部がイヤになっちゃうとか。
例えば、リモートワークになって、「狭い空間で夫と一緒にいるのがイヤ」なのに、夫のことが全部イヤになっちゃうとか。引越しをしたり、見えないように工夫したりすれば解決するかもしれないのに、離婚を考えちゃうとかね。そうやって脳が騙されちゃう。だから、イヤなことほどよく観察して、どこがイヤなのかピンポイントを見つけた方がいいんです。
1カ月間、SNSをやめて気づいたこと
ーー「なんかイヤだな」の因数分解、SNSにも効果がありそうですね。コロナ禍、人と会って話すことが少ないからこそ、SNS疲れした人も多いと思います。
他人の価値観がじわじわ侵食するんですよね。だから私は新型コロナの前から、ただなんとなくSNSのタイムラインを眺めることはしないようにしています。リストを使って、メディアや人で分けて、情報が自動的に流れてくるのではなくて「あの人、元気かな?」とか、自分が知りたいなと思ったときだけ見るようにしています。見たくないワードのミュート機能も使いますね。
ーーSNSでの発信もやめていた時期がありましたよね。どうしてですか?
そうそう、8月に1カ月間、実験的にSNSをやめてみました。「SNSをやめたら、私は何が困るのかな?」ってことを知りたくて。
やっぱりSNSは、がんばってすぐに成果を出した人が目立つし、それが正解のように思えてしまうけど、人それぞれ大事にしたいものは違うし、向き不向きもある。
私には、いろんなことが自分と真逆のタイプの友人がいるんだけど、同じように何かに向かうとき、彼女が3カ月で結果を出したいとしたら、私は2年かけたい。彼女のものさしでみたら、私は「どうしてもっとがんばらないの?」ってことになるかもしれないけど、短距離走と長距離走くらい、レースが違うんですよ。
私たちはやり方が違うことをわかっていて、お互いに尊重し合えるから一緒にいられるけど、SNSという同じ土俵に乗るのはむずかしいと感じます。SNSは流れるスピードがとても早いし、強くて目立つものに心が揺れぶられてしまって、比べてしまうので、自分のペースを保てなくてよくないなと思ったんです。SNSで見えている側面だけを「世界だ」と思ってしまうとすごくしんどいですよね。
だから、その土俵から降りたらどうなるかな? ほかにどんな場所があるのかな? ということを知りたくて、期間を決めてSNSをやめてみたんです。
ーーやめてみて、どうでしたか?
友人や仕事で関わる人とは直接連絡を取っているし、人間関係にはそんなに影響はなかったかな。ただ、自分が関わる記事などはシェアしたほうがいいなとは思いましたけど。
今は、私の場合、自分の考え方を伝える場所は、noteや書籍もあります。SNSも、自分の快適なペースや規模、大事にしたいものを大事にしてやっていけばいいのかなって思っています。人それぞれ見ている世界は違うし、向いているものや自分の好きなやり方を採用すればいいんだって。
SNSの受信に関しては、自動的に流れてくるものを無意識に受け取っていることに違和感があったし、知らないうちにけっこう影響されているなと感じていたので、自分のコンディションを優先して、意識的に受け取るものを選択しようと改めて思いました。
発信に関しては、私はお店屋さんだから、いつも「どこの、誰に、何を、どのくらい、届けるんですか?」と設定を考えます。同じ美味しいものでも、売る場所やパッケージによって届く規模や範囲が違うから。広く万人に受ける癖がない味にするのか、それとも個性を出すのか。売れる数が多い方が正義だとは思ってなくて、ちゃんと設定することが大事だと思っています。
私の場合は個人商店で、大企業は目指してないから、自分が得意な規模感で快適なペースでやっていくのが合っているんですよ。試行錯誤しながらちょうどいいやり方を探し続ける。それはSNSでも同じだと思います。
自分の思考の癖を知って、長い目で整えていくために
ーーサクちゃんにとって、好きな進め方、快適なペースはどんなものですか?
最近、気づいた好きなやり方は「長い目」で見ること。
ある時期、もともと疾患があって状態が悪かった首が、寝ても覚めても痛くて、理学療法士を訪ねたんです。そしたら、「昔、足を怪我しました?」「婦人科系の病気しました?」って占い師みたいに体のことを当てていく。
首が痛いのは、全身の血流が滞っていて、それより悪い腰をカバーしているからで、薬だけでは根本的な解決にはならないって。即効性のある薬が必要なときもあるけど、鍼灸や漢方など東洋医学のアプローチでじっくり長い目で治していこうと思いました。
自分の体が麻痺しちゃっていたことに、他人に言われてから初めて気がついたんですね。
これって自分を知ること、心でも同じだなって。他人と話している中で「あなたってこうですよね」って言われて初めて気づくことがある。そうやって自分の思考の癖を知って、習慣を変えていくことで、時間をかけてじわじわと、長い目で心を軽くしていく。
私はいま、一人ひとりと雑談をすることで、そのお手伝いができるんじゃないかなと思っているんです。
実際にこれまで雑談企画に応募してくれた200人以上と一対一で話をしてきましたが、「そんな考え方があったんだ!」って言われることがよくあります。ひとりで考えていてもたどり着かない場所に行けることを喜んでくれる人がいて、嬉しいです。
雑談企画だから、特別悩みはないかもしれないけど、話しているうちに、心のふたが開くことがあるんですよ。
ーー今は、サクちゃんがみんなに届けるものが「クッキー」から「考え方」へと移って、広がっているんですね。
友だちが「SAC about cookiesを SAC about Thinkingにしたらいいんじゃない?」って言ってくれたんです。
10年前、「SAC about cookies」と屋号をつけたとき、ずっとクッキー屋をやるつもりはなくて、about ○○の ○○の部分は変わってもいいなと思ってたんですよ。
クッキー屋も実店舗じゃないかたちで続けていくつもりだけど、これからはクッキーだけではなく「考え方」を、書くことや話すことを軸に、一人ずつ、あるいは何人かに向けて、届けていけたらいいのかなって思ってます。