「本当にね、中国は茨の道なんです」
乳児向けの歯ブラシなどを手がける「シースター」の山藤清隆社長は、宙を見つめながら噛みしめるように話す。
中国では「1」が4つ並ぶ11月11日は「独身の日」とされ、ネット通販は安売りの祭典を開く。最大手「アリババ」では、今年は1日から11日午前0時半(現地時間)までの累計で3723億元(約5兆8000億円)を売り上げた。海外製品では日本が1番人気だ。
「シースター」も去年の倍となる10万個の出荷を見込む。紛れもなく順調だ。
しかし、ここまでの道のり、そしてこれから先に待っている課題が、勝ち組であるはずの日本企業に油断を許さない。大商戦に挑む日本企業の舞台裏を追った。
■工場で調べたら「模倣品」
「シースター」は、日本国内では乳児用の鼻水吸引機が主力商品。しかし、国内の店舗に並べられていた0歳児から使える歯ブラシが中国人バイヤーの目に留まり、中国進出を呼びかけられた。
「それまで中国は未知の世界だった」と山藤社長。2018年にネット通販最大手・アリババ系のプラットフォームに出店したが、そこからが苦難の連続だった。
まず目についたのが商品に寄せられるレビューだった。「本当に容赦ない。日本では受けたことがなく、迫力に圧倒されます」と根をあげたくなるくらい、辛辣なコメントが並んだ。
しかし、コメントをよく見るとある点に気づく。
「届いたが使えない、不良品だ」ー。出荷前に全品を検査している。不良が出るとは思えなかった。調べてみると、中国で輸送する途中であまりに乱雑に扱われ、故障していたことが判明。包装ケースの中で商品が散乱していたこともあった。
そこから改善が始まった。包装ケースをより頑丈にしたほか、歯ブラシ本体も中国への輸送に耐えられるようにした。「端子まで見直した。改善、改善、改善です」。
乳児向けの歯ブラシは中国市場でもライバルが多い。しかし、歯ブラシが7色に光り、子供が好きな色で止められるなど、最大の課題だった「子供に口を開けてもらう」アイデアなどが功を奏し、人気を伸ばしている。
「最初はコテンパンだった。でも学んだことも多い。メイドインジャパンですが、品質は中国に育てられました」と山藤社長は振り返る。中国向けの売り上げは全体の1割だが、「いずれは逆転して中国9割にしたい」と意気込む。
一方で、新たな課題にも直面する。流行れば生まれる模倣品だ。
今年に入ってから、不自然に低い値段の自社商品が流通し始めた。不審に思い取り寄せたが、あまりに精巧な出来に驚いた。製造工場に持ち込んで検査したところ、ようやく偽物だとわかったという。ロット番号まで一緒だった。
「子供の口の中に入れる商品です。殺菌など衛生面にはとても労力をかけています。もし模倣品で赤ちゃんに何かあったら...」と山藤社長。すでに偽物を買ってしまった消費者からクレームが届いている。
プラットフォーム側も対策を進めるがいまだに万全ではなく、「シースター」も打開策は見つけられていない。山藤社長は「我々はクオリティをあげるしかない。メーカーはそこを追求するしかない」と話した。
■「メイドインジャパン」もう通用しない?
1日で数兆円が動く祭典に注目する日本企業は多いが、成功している企業を取材すればするほど、その難しさを感じさせる。
女性向けのデリケートゾーンのケア用品ブランド「MAPUTI」を手がける「lojus」もそんな一社だ。
2015年創業。田中麻里奈社長のほか社員は3人と小規模だが、今年の独身の日は1日で300万元(約4500万円)の売り上げを見込む。
「中国で売れれば、日本の店舗でもいい棚に置いてもらえる」と考えたのが進出のきっかけ。中国語は喋れないが、ツテをたどって中国・広州市のインフルエンサーの元に出向き直談判をした。
「当時は、日本から社長がわざわざサンプルを持ってやってくるなんて珍しいと思ってくれた」と田中さん。このインフルエンサーがネット上で運営する店舗に商品を卸すことが決まり、2017年末に進出した。
影響力を持つインフルエンサーが取り扱ったことで、「MAPUTI」は他の店舗からも注目されるようになっていく。独自の香りも人気を博したほか、当時はデリケートゾーンのケアを扱う日本製の商品がほぼなかったことも追い風となった。
ただ、この方法はもはや通用しないという。
「もはや無理だと思います。今は世界中が中国経済に一目置いている。社長が現れようが、中小やベンチャーの商材は相手にされなくなっています。ほかにも、韓国のブランドは1商品あたり1万個くらいサンプルを配るなどしています」
田中さんが感じるのは、中国製ブランドの台頭だ。
これまでは日本製=高品質と捉えられたが、「国産」クオリティが上がるにつれ、徐々に優位性が失われているという。日本から中国に送る場合は、やり方にもよるが、運送に時間とコストがかかるというハンデも背負う。
そのため、サプリメントは中国国内での製造を決めた。
「メイドインジャパンで勝負できるのは、今までの商品だけかなと思っています。これから新しく作るものは、メイドインチャイナも入れていきたいです」
また、乳児用歯ブラシの「シースター」と同じく模倣品にも悩む。
田中さんが導入したのは「Hidden Tag(隠れタグ)」と呼ばれる機能。商品に貼られたシールを専用のアプリで読み込むと、その商品だけに割り振られたシリアルコードが表示される仕組みだ。
シール自体の偽造はできるが、シリアルコードは1つしか存在しない。複数の利用者が同じコードを読み込んだ時点で「偽物」と判断し、アプリに表示される。
ブランド価値を傷つけない工夫。しかし1枚あたり約10円が原価に上乗せされる。「これ自体にも投資をしなくてはいけない事態になっている」と肩を落とす。
ライバルの台頭や模倣品対策など課題も多いが、すでに全体の売り上げのうち6割は中国と、欠かせない市場になっている。コロナ禍でも回復の兆しを見せつつある中国市場に注目する企業も多い。「中国側でいいパートナーを見つけるのが一番。日本人らしくビジネスライクであることがいいとは限らない。腹を割って話せる関係になって初めてビジネスが上手くいくと思います」と田中さんはエールを送る。
中国市場には、少なくとも「お祭り」中はコロナの影響を感じさせないパワフルさがある。一方、派手な数字の裏で、文化や商習慣の違いでは片付けられない課題もある。「茨の道」を数年かけて歩く覚悟が求められそうだ。
【UPDATE 11/11 14:00】
流通総額について、11月1日から11月11日午前0時半までの数字でした。タイトルと本文を一部訂正しました。