わが子は国際社会でも通用するような、広い視野を持つ大人になってほしい。
グローバル化の流れを受けて、そう願う親は少なくないだろう。では国際的な視野を持てる子に育てるために、親ができることは何だろう?
一人娘は、海外5カ国の学校に通い、17歳でハーバード大学に合格。
自身は、娘の大学入学と同時に専業主婦をやめて、47歳で就職活動を開始。カフェテリアマネージャー、外資系一流ホテルの副支配人を経て、現在は大手飲料メーカーで管理職を務める薄井シンシアさん。
さまざまな国の多様な学校で教育制度を見てきたシンシアさんに、ハーバード大学の実例やこれからの時代の子育てのヒントを聞いた。
ダイバーシティは親の行動から
――「海外転勤族」の妻としてさまざまな国で暮らし、子育てをしてきたシンシアさん。グローバルに活躍できる子どもが育つにはどんなことが有効だと思われますか。
私は夫の転勤に伴って、5カ国で20年を過ごしてきました。娘の紗良は日本で生まれ、ナイジェリア、ニューヨーク、東京、ウィーン、バンコクの学校に通い、ハーバード大学を卒業した後はニューヨークで仕事をしています。
違う国で暮らす経験は確かに鍛えられます。ただ、日本にいても多様性を知るためにできることもたくさんあると思っています。
例えば、今の日本には外国籍を持つ子どもがたくさんいますよね。もしお子さんのクラスに海外ルーツを持つ子がいれば、その子の保護者に話しかけて仲良くなってみるのはどうでしょう。
お茶に誘ったり、困っていることがあればサポートしてあげたり、それだって立派な国際交流です。このとき大事なのは、親自身が実践すること。自分は何もせず、子どもにだけ「話しかけて仲良くなりなさい」と言っても説得力はゼロ。言葉だけでは弱いし、自分もできないことを子どもにだけ押し付ける姿勢はアンフェアですよね。
――あくまで、親自身が行動で示すことで、子どもも学ぶ。
子育てがなぜ難しいかというと、親も自分自身を変える覚悟が求められるからなんです。子どもを育てることは、自分自身を育てることでもある。だから難しい。
身近に海外ルーツを持つ子がいなくても、本や映画などのフィクションが興味の入り口になることもあるでしょう。他の国の料理を食べることもそう。今は各国フェスやなどのイベントがたくさんありますから、家族でそういうところに積極的に出かけるのもいいと思います。
ダイバーシティ、日本の大学との違い
――娘の紗良さんはハーバード大学を卒業していますが、日本の大学と比べるとどのような違いを感じますか。
私は20歳で来日して、日本の大学を卒業しました。ですから日本の教育・大学制度には素晴らしい面もたくさん知っていますが、日本の大学にはダイバーシティの視点が決定的に欠けていると思います。
勉強だけできれば入れるのが日本の大学だとするなら、ハーバード大学は勉強ができるのは当たり前。それはレースの参加チケットに過ぎなくて、勉強プラスαがないと通用しないんですね。勉強以外の活動実績が評価になるし、エッセイや面接で人間性も見られます。
また、裕福な家庭の子どもしか入れないというのも誤解です。ハーバード大学は給付型奨学金制度が充実しているため、多くの学生が何らかの奨学金を利用しているといわれています。実際、娘の紗良も全額免除で4年間の大学生活を送りました。
トイレ掃除のアルバイトを選んだ理由
――紗良さんは、どんな学生生活を送ったのでしょうか。
こんなエピソードがあります。紗良がハーバード大の2年生になったとき、トイレ掃除のアルバイトを始めたんですよ。どうしていきなりトイレ掃除を? と驚いて理由を聞いたら、こんな答えが返ってきたんです。
「貧困家庭で育ってハーバードに入った子たちの中には、実家からの仕送りがないからバイト代が高いトイレ掃除をやっている。彼や彼女たちはとても優秀で、自分なんかよりずっといろんなハードルを乗り越えてきた。これから世界を変えていくのはきっとこの人たちだから、そばにいればきっと学べることがたくさんあるはず」
結局、紗良はそのトイレ掃除のアルバイトを1年くらい続けていました。そういう意味でハーバード大学は、さまざまな国籍や能力、背景を持った学生が集まるオーケストラのような場。アメリカには、人生は不平等であっても、チャンスだけは平等にしようという姿勢がありますから。
――黒人、少数民族、女性など、社会構造的に不利な立場にある人たちを、教育や就業で優遇する取り組みですね。日本においては男女格差の是正の取り組みもまだまだ遅れています。
私は「ポジティブ・ディスクリミネーション(積極的是正措置)」は、必要な措置だと思っています。
例えば、日本企業で女性の管理職の比率が少ないこともその象徴ですよね。日本では「実力のある人が管理職になればいい」という声も根強いですが、そもそも女性は不平等な環境下に置かれている、という前提への理解がなければ、今の状況が変わるのは難しいと思います。
同じようにアメリカでも、地方の小さな町で育った子どもと、ニューヨークの大都会で育った子どもとでは、訪れるチャンスは平等ではありません。だからこそ、チャンスの少ない人に下駄を履かせてサポートする必要があります。
一方で、親の財力も考慮されて子どもが難関大学に入学する事例もあります。なぜなら、その学生の父親が大学に図書館などを寄贈したから。みなさんはどう思いますか? 「結果として他の学生も恩恵を受けられるのだから別にいいのでは?」という考え方をする人もいます。
子どもの話の誠実な聞き上手になる
――シンシアさんは、出産を機に30歳で専業主婦になり、紗良さんの大学入学と同時に就職活動を開始して再び働き始めていますが、もしも今の時代に、子育てしながら共働きをしていたら、どんな工夫をしていたと思いますか。
私はすごく合理的な性格なので、まずは優先順位をつけることから始めていたでしょうね。仕事、家事、子育てにおけるプライオリティは何かを考えて、何を削るかを判断する。もしも仕事をしながら親子のコミュニケーションも大切にしようと思ったら、家事を省力化するしかありません。
それならば、夕食は毎日はつくらない、ご飯だけを炊いてスーパーやコンビニでお惣菜を買う日を作る、など家事を最小限にするための工夫をしていたと思います。
私が専業主婦を選んでよかったと思うのは、毎日学校から帰ってきた子どもの話をじっくり聞ける時間があった、ということが大きいです。今日学校でどんなことがあったか、今仲良しなのは誰かといった話を、じっくりと聞いてあげられた。
そんなの簡単でしょ、と思う人もいるかもしれませんが、子どもの話の誠実な聞き手でいることって、実は並大抵の努力じゃないんですよ。
子どもが以前に話した出来事、友達の名前や性格、そういったことをちゃんと記憶しておいて、なおかつ自分から話しやすい雰囲気もつくっておく。
もし親が夕食の支度をしながら片手間でしか自分の話を聞いてない、と気づくと、子どもは自然と学校の話をしてくれなくなります。
――フルタイムの共働きだとなかなか難しそうです…。
そうですよね。でも子育てって過ぎ去ってしまえば本当にあっという間ですから。夕食を作る時間も大切だけど、子どもの話を真剣に聞く時間だって同じくらい大切なことです。ときには、夕食はコンビニで買ったお惣菜をテーブルに並べるだけにして、そのぶん子どもの話をじっくり聞く、という日だってつくったほうがいい。
そういう行動を示すことで、子どもは「親は私の一番の味方でいてくれるんだ」と実感できますから。
今は子育ての大変さばかりが報道される時代ですが、子育てって本当にそのときしかない人生の特別な期間。
私、来年で62歳になるんですけど、幼いお子さんと一緒に歩いているお母さんを見るだけで、涙が出そうになるの。できることなら、もう一度、子育てをしてみたいって本気で考えてしまうくらいに、あの17年間を愛おしく思っています。
》薄井シンシアさんの子育てをテーマにした単行本『ハーバード、イェール、プリンストン大学に合格した娘は、どう育てられたのか』(KADOKAWA)発売中。