元女子プロバスケットボール選手のヒル理奈さんは10月10日、SNSに自身の身体を撮影した写真を投稿した。
それまでの27年間、お世話になった身体に「ありがとう」と伝えるためだった。
その投稿で「自分の心と身体をより一致させるためステップ」として、乳腺摘出手術を受けたと明かしたヒルさん。
出生時に割り当てられた性別と自分が認識する性別が一致せず、戸惑いながらも、どう自分と向き合ってきたのか。
ハフポスト日本版などのインタビューでカミングアウトするまでを語ってくれた。
小学生の時。
高学年になると、変化が現れ出した自分の身体に対して「嫌な気持ち」が芽生えた。
父親から娘として大切に扱われることも受け入れられず、反抗期ともまた違う、何とも言えない抵抗感を抱いた。
バスケのチームメイトたちは、当たり前のように可愛らしい服を着たり、“ギャル文字”を使ったりしていた。
「みんなと違うかも。これは何だろう」
もやもやとした、得体の知れない違和感を抱きながら、変に見られないようにと周りに合わせていた。
男子児童から好意を寄せられることもあったが、戸惑うしかなかった。
「その人が好きじゃないとかどうこうよりも、女性として見られている感じが僕は耐えられなくて...」
中学生になって、“もやもや”の正体にたどり着く。ネットで検索してみると、「トランスジェンダー」「FtM」「MtF」(※1)という言葉を知る。
※1 Female to Male=女性として生まれ、男性と自認している人
Male to Female=男性として生まれ、女性と自認している人
それからは、自分がどう振る舞うか、無理して周りに合わせるのはやめた。
高校1年で女性の恋人ができた。それを周囲に打ち明けたのは、オープンにしないことでの“すれ違い”を避けるためだったという。
「(LGBTQをオープンにしている人が)周りになかったり、あまり親しみがなかったりすると、ネガティブに捉えてしまうこともあると思います。仲のいい友人が裏でそのことを話しているのを周り伝いに聞いたりした時に、純粋に『悲しい』という気持ちと、僕がオープンにしないことで、仲の良い友達がそこでしか言えない環境を作ってしまっているとも感じました」
仲も良くて、信頼関係も築いている。「言っても大丈夫だろう」とありのままを伝えてみると、当たり前のように受け入れてくれた。関係性や接し方、何ひとつ変わることはなかった。
「『何を今更。分かってたよ』ぐらいの反応でした。本来であれば避けた方が良い表現でも、質問や何かあったら直接言ってねと伝えてからは、カジュアルに話題に触れてくれるようになりました」
家族もすんなりと受け入れてくれた。高校の時に付き合っていた恋人と一緒に実家に帰省した際、「彼女」と紹介した。不意をつかれた様子ではあったが、ヒルさんが好きになった相手だからと良く接してくれたという。
ヒルさんは、全国有数の強豪校に進学し、バスケ選手として将来を嘱望されていた。
高校の頃には、プロや海外挑戦といった選手としての目標をやりきって引退した後、性別移行をしようと決めていたという。
性自認は、オープンにしてこなかった。その理由
ヒルさんは、恋愛対象が女性だという性的指向はオープンにしてきたが、自分の性別を男性と認識しているという性自認については、ほとんど明かしてこなかった。
その理由は2つ。
ひとつは、男性と自認しながら、女性のカテゴリーでバスケをプレーしていることに葛藤を感じていたからだと明かす。
「中学生ぐらいから、女子としてプレーしている違和感、嫌悪感がありました。自認している性は男性だけど、女性の身体を都合よく利用することで、より高いレベルでプレーしているのは甘えなのではないか、という葛藤がすごくありました。それもあって、僕のジェンダーについてはっきりと伝えてこなかったのかなと思います」
他人から見ると、感じなくても良いと思えてしまう葛藤。出生時の性別と自分が認識する性別が一致しなかったヒルさんには、それが「甘え」ではないかとさえ感じられたという。
もう一つは、そもそも、自分の性自認をあえてカミングアウトする必要があるのか、疑問に感じていたからだ。出生時の性別と性自認が一致している(シスジェンダーの)人が、自分の性自認を他人に改めて伝えないのと同じだ。
「僕は自分を男性と分かっています。僕というひとりの人間を見てくれたら、それですごい幸せと思っていました」
だから僕はカミングアウトした
それでもなぜ、今のタイミングで公表しようと思ったのか。
ヒルさんは「自分の一番大切な部分をどこか隠していると言うか、伝えていないのではという気がしていた」と打ち明ける。
本来であれば、現役中に公表したいとも考えていたという。
2019年5月に女子バスケWリーグ「トヨタ自動車アンテロープス」を退団して現役を引退した後、「自分がなりたい姿になる」ための1年と決め、カンボジアに渡った。
貧しくても豊かに暮らす地元の人や子供たちと生活を共にし、ゆっくりと自分と向き合う中で、このタイミングで性別移行をしようと決断した。
2020年9月に日本に帰国してすぐに、性別適合手術に必要な診断を受け始め、乳腺を摘出する手術もした。性別移行を始める前に、セミヌード写真を撮影した。
心と身体の準備が整い、このタイミングでカミングアウトした。
「自分の女性の身体に嫌悪感や葛藤は今でもありますが、長く自身の心と身体と向き合うことで、その身体やありのままを全て受け入れて、好きになることができたかなって。27年間お世話になった身体なので、『ありがとう』という意味を込めて、写真を添えてソーシャルメディアにメッセージを添えて投稿しようと考えました」
10月11日は国際カミングアウトデーだ。
ヒルさんは、その日にオープンする「プライドハウス東京レガシー」の記者会見で、自身の性自認について語ることも決めた。
「人生でつらいことがない人はいない。悩んでいる自分も受け入れ、ハグしてあげる。それぐらい大きな愛があったら、いろんなことが良い方向に変わっていくのかなと思います。自分に対する愛情を持って欲しい。大きな愛を持っている人は世の中にたくさんいることをみんなに知ってもらいたいです」
1人称の自分を何と呼ぶ?
日本語は、自分を指す一人称の言葉が、性別と紐づいて捉えられている。例えば「私」は女性的で、「俺」は男性を想起させるといった具合だ。
ヒルさんはインタビュー中に、自身を「僕」と呼んでいた。
「僕」と使い始めたのもごく最近、1年ほど前からだという。人前で自分のことをどう呼ぶのか、その時々で、表現は変わっていった。
こうした揺らぎや変遷そのものが、ヒルさんが自分のアイデンティティとどう向き合ってきたのかを示す証でもある。
「小学生の時に、女性だと『うち』『私』や、自分の下の名前で呼ぶ人が多いと思います。どれも違うなと思った時に、『俺』と言いたいけどさすがにバレるかなというので、小中学校はずっと自分のことを『オラ』と言ってました。ニックネームで悟空と呼ばれていました(笑)」
「この間中学の卒業文集を見たら、オラの道と書いて『オラ道』だった。僕なりに、ちょうどいいのが『オラ』だったのかなと。高校生以降は、タメ語で話すときは『俺』と言っています」
自分を表現するしっくりきた言葉
この記事では、ヒルさんのカミングアウトについて「トランスジェンダーを公表」と表現している。
ヒルさんは、トランスジェンダーやLGBTQといった“ラベル付け”があまり好きでないと明かす。
「何かのグループに属するのだけれど、その中でも多様な人がいます。そこに属するからこうだ、と決めつけてしまう原因にもなってしまう可能性もあるかなと」
女性として生まれ男性と自認している人を、一般的に「トランスジェンダー」「FtM」と表現することが多い。ヒルさんも、だれかに“自分を説明する言葉”として用いることもある。
でも、自分を表現する言葉としては、どれもしっくりこなかった。そこでヒルさんは、自分のことを「ちんちんついてない男」と呼んでいる。
また、戸籍上の改名も考えている。今は「ヒル ライアン」として生活している。
「ライアン」という名前は、店員に聞き間違えられたのをきっかけに、長年好んでニックネームとして使っていた。
ヒルさんはこれまで、男性として見られる容姿と、女性を思わせる名前とのギャップで、何度も本人確認をされたり、相手が困惑したりすることがあった。
「容姿と名前の性別がもっと一致していれば、なくて済む混乱なのかなと思っています」
「小さい時は女性らしい名前が好きではなかったのですが、使っていくうちに自分を表す音でしかないと考えるようになった時、『理奈』という名前の男性がいてもいいと思っています」
LGBTQのアスリートは「存在する」
日本でも、性自認を本人に無断で暴露する「アウティング」を禁止する条例を自治体が制定したり、LGBTQフレンドリーを掲げる企業も増えてきたりしている。
スポーツ界では、当事者が安心して過ごせる環境がまだまだ整っていないのが現状だ。性自認や性的指向をカミングアウトするアスリートも、日本ではほとんどいない。
ヒルさんはその原因として「不安や予測できないことが多い」と指摘する。
「例えばこういう風にカミングアウトしたら、こう受け入れてくれるという体制が整っていて、安心できる場だったら、ハードルはもっともっと下がる。カミングアウトしている選手が少ないのもあって、予測できない部分が多いのが不安要素になっていると思います」
カミングアウトしていないからといって、「存在しないわけではない」とヒルさんは断言する。
「LGBTQのアスリートはいます。彼らが生き生き・のびのびと競技しやすい、居やすい場所になってほしいです」
ヒルさんのカミングアウトが、スポーツ界が当事者にとって居やすい場所になるための大きな一歩となるはずだ。