六本木のエステサロンは物々しい雰囲気だった。
緊張した面持ちの男性の前には、化粧水や乳液などがずらりと並ぶ。男性を捉えるカメラの後ろには、機材や指示用のカンニングペーパーを持った10人ほどがスタンバイしている。
まもなく、中国向けのインターネットライブが始まる。商品が気に入られればすぐに購入につながる「ライブコマース」だ。
中国で大流行しているこの手法が、コロナ禍の日本で急速に注目を集めている。観光客が途絶えた中国への販路開拓のほか、違った活用方法も見出す企業も。「ライブ」に活路を見出す現場を歩いた。
■六本木から中国へ生中継、その狙いは
六本木のサロンから、社として初めてのライブコマースに挑むのは、化粧品の製造や販売を手がける「シーボン.」。海外事業を手がける男性社員自らが、通訳を兼ねる中国人女性とともに出演した。
洗顔料の実演などに加え、美容部員も登場し使い方を丁寧に解説していく。テレビ通販番組のようでありながら、コメント欄の質問にもその場で反応できる双方向性も併せ持つ。のべ視聴人数は数万人を超え「今まさに購入しました」などといった報告も相次いだ。
配信は中国の通販プラットフォーム上で行われる。スマホからライブを見て、欲しくなったら画面からワンタップで購入できるという仕組みだ。
中国・iiMediaResearchによると、中国のライブコマースは2016年頃から本格化した。インフルエンサーの成長などもあり、2019年には急速に成長。新型コロナの発生以降、巣篭もり需要の増加などを背景にさらに一般化した。
この流れに乗ろうと、大手に限らず中小でも、中国市場を重視する企業が中国向けライブコマースに意欲を示している。観光客が来られなくなり、影響を受けた業種にはなおさら魅力的だ。
出演した「シーボン.」の男性社員は「我々は商品を並べさえすれば売れるブランドではなく、お客様に商品を疑似体験していただくことが大きなポイントでした。モノを売るよりも、まずはブランドをより深く理解してもらうことが必要」とライブに挑んだ理由を説明する。
■“コスプレ会長”が牽引
ライブコマースに別の活用方法を見出す企業もある。
8月下旬。都心のオフィスビルで始まったのは「ホテル」を売るライブだ。
主催するのは中国発の大手旅行予約サイト「トリップドットコム」。政府主導の観光支援策「Go To トラベル」の対象に東京が含まれておらず、旅行需要が戻っているとは言い難い時期の実施だった。
放送には観光地やホテルのレビューを専門とする「旅系」YouTuberが参加。司会役の社員が伊豆や大阪などのホテルを紹介すると、YouTuberが「近くにはフェリーターミナルがあるので、別の地域にも足を伸ばせます」などと楽しみ方を提案していく。
このライブで売りに出されるのは「ホテルを割引価格で予約できる権利」。視聴者は紹介されたホテルのうち、気に入った場所に宿泊できる権利を購入する。価格は最大74%オフだ。
購入後は好きなタイミングで予約を入れることができるが、多くのホテルは2021年3月ごろまでが予約の期限。感染が拡大するなどして予約をしなかった場合は、自動的に返金されるという。
「トリップ」の取り組みが特徴的なのは、化粧品の例と違い、日本国内の視聴者をターゲットにしている点だ。日本と中国を結ぶライブ放送の場合、売れた商品の発送や、中国国内の競合相手を考慮する必要がある。
一方で国内のライブ放送にはその心配がない。ライブはほぼ毎週実施しているが、視聴者からのコメントも増えてきた。出演する男性社員は「難しさは正直ありますが、少しづつ慣れるしかありません」と汗を拭う。
ただし、日本国内向けのライブコマースは、中国ほど環境が整ってはいない。
中国では、ライブを見ながら、欲しい商品をスマホ画面からタップすればすぐに買えるようなプラットフォームが豊富だ。一方日本でよく使われるYouTubeやTwitterにその機能はない。「トリップ」の視聴者も専用アプリから購入する必要がある。
それでも「トリップ」がライブコマースに打って出たのは、中国本社の成功体験が背景にある。
「携程旅行網」などのサービスで知られる本社では、梁建章(りょう・けんしょう)会長自らが象やポセイドンなど奇抜なコスプレ姿で登場し話題に。売り上げに大きく貢献した。
「ライブを通じて視聴者を色々な目的地に連れて行きたいんです。コスプレは紹介する旅行先に合わせていて、その土地の最高の食事や宿泊場所を紹介しています」梁会長は取材に対し、自らがライブに出演する理由をこう語る。
今や日本だけでなく、韓国やシンガポールなど複数の拠点で実施し、平均で週500万ドル(約5億5000万円)をライブで売り上げる。日本の消費者はライブコマースで買い物をする習慣が中国と比べて根付いていないが、梁会長は楽観的だ。
「ライブコマースは全く新しいビジネスモデルですが、コロナの影響でビジネスはどんどんオンライン化している。『新しい生活』においてこのやり方はますます重要な役割を果たすでしょう。ライブは各地で好評で、割引商品への購買意欲が窺える。今後需要はさらに堅調に推移すると確信しています」
■『在庫処理の感覚なら無理』
一方で、安易なライブコマースへの参入に慎重な意見もある。
中国のSNSで人気のあるインフルエンサーが所属する「速報JAPAN」の賀詞(が・し)社長はこの日、配信の準備に余念がなかった。
ライトの角度を入念に調整し、雇ったライバーに商品の特徴などを丹念に伝える。配信プラットフォームは、ショート動画アプリ「快手(クアイショウ)」だ。
「ブログの広告収入と同じ仕組みです。商品が売れれば、それに応じた金額が私たちに入ります」という。しかし、メイン商材は中国製のコスメ。日本の商品をライブコマースで中国に売るのは難しいと考えている。
「ライブをやりたいという日本企業からの相談は多いのですが、現実的に可能なブランドは少ない。日本から中国に商品を送る場合、まず物流費がプラスされるし、場合によっては配送にかかる時間もコントロールできず、返品や破損などへの対応も難しい。こうした現実を知ってライブを諦める企業も多いのです」
もちろん、価格が高くても日本製を欲しがる消費者はいる。しかし「それは一部です。一部しかいないければビジネスは難しい」と冷ややかだ。
中国人観光客が来られなくなったからライブコマースで、という考えの日本企業に、賀詞さんが伝えたいメッセージは切実だ。
「もし本当にやりたいのなら、価格を半分にできますか?3分の1にできますか?できるならやります、というレベルです。在庫処分の感覚では無理です。冷静に考えてください。今は、日本国内の消費者にどうサービスを提供するか考えてください」
価格や配送時間のハンデを負う日本企業にとって、ライブコマースは悪手なのか。賀詞さんは“売らないライブ”ならば可能性があるという。
「モノを売るのをやめて、いつか観光客がまた日本に来られるようになった時のために宣伝をしよう、という目的ならば十分に可能性はあります。それは厳密に言えばライブコマースではなくて、ただの宣伝番組に過ぎませんが...しかしそれがリアルです」
商品の疑似体験として人気を集める企業や、日本国内向けに集中する旅行サイト...ライブコマースを巧みに使いこなしコロナ禍を乗り切ろうとする企業がいる一方で、全ての企業が勝ち馬に乗れるわけではない現実もある。
「日本はまるで5年前か10年前の中国のよう」賀詞さんは呟く。
「『○○ペイ』といったキャッシュレス決済の淘汰が進み、勝者が決まればYouTubeやTwitterに決済機能が登場するかもしれない。中国も似た流れを辿りました。日本国内のライブコマースはやりにくい環境にありますが、今から準備してやっておけば将来的にはすごく良いでしょうね」