中国政府を転覆させる行為などを禁じる香港版「国家安全法」の施行からまもなく2カ月。言論や芸術活動の自由が制限つつある中、香港に残って政治的な風刺画を描き続けることを選んだアーティストがいる。
「自由に描きなさい」というように笑顔でキャンバスを指す人民服姿の男性のもう一方の手にはギロチンの紐が握られている。一方で筆を握るキャラクターは全身を震わせながら何も描くことができずにいる……。
「何に重きを置くか、自分で判断して自分で決断しなければならない」と、阿塗さんは言う。
阿塗さんは2013年から7年間、時事風刺画を描き続けてきた。
香港のアートメディア「明周」のインタビューで、逃亡犯条例(後に撤回)への抗議デモが加熱し、「香港人VS中国」の構図が鮮明化した2019年について、阿塗さんは「仲間がいたから希望があった」と振り返る。
だが、国家安全法の施行が浮上した際には、心配する友人から「法案が可決されたら少し筆を控えた方がいい」とアドバイスするメッセージが届いたという。
「国家安全法の成立により、多くの仲間たちが退却を選択したことに突然気づかされました。並んで歩いていた仲間たちは数歩後退し、私は突然1人になったのです」
恐怖の源は「法律ではなく、人々の恐れそのもの」と指摘する明周さん。「自分にはこの才能しかないから、香港に残って香港人の心を描くことで、『あなたは1人じゃない』と伝えていく」と決意を語っている。
黒板に書かれた数字を消そうとする巨大な手に抗いながら『721』『831』と数字を書き続ける風刺画には、チェコスロバキア生まれのフランス人作家ミラン・クンデラの有名な言葉を引用したコメントがついている。
「権力に対する人間の闘いとは忘却に対する記憶の闘いにほかならない」(『笑いと忘却の書』西永良成訳)
香港のアーティストたちは作品を海外に移したり、自分自身が香港を離れたりし始めている。政治的なメッセージを含んだ作品を控えるなど、自己検閲を強めるアーティストもいるという。
だが、阿塗さんは香港に残り、制作を続けることを選んだ。
「アーティストが制作活動の中で自己検閲すべきなのは、その作品が心から作りたいと思っているものかどうかという1点です」(明周インタビュー)
ロイターのインタビューに対し、阿塗さんは香港で制作を続けることへのこだわりをこう語っている。
「何に重きを置くかは、自分で判断して、自分で決断しなければならないのです。いつ逮捕されるか分からないし、社会を変えようと十分な挑戦をしなかったことを後悔するかもしれません」
「現段階では、ここにとどまり、活動を続けることに決めました」