NYの女性たちの恋愛事情を描き、世界中で一世を風靡、二度も映画化された海外ドラマ『SEX・AND・THE・CITY(SATC)』。
それから25年――。
容姿や体に起きる変化を経験し、50代後半になった『SATC』の原作者キャンディス・ブシュネル氏が、自身を取り巻くNYの女性たちの恋愛事情がどう変わったのかを『25年後のセックス・アンド・ザ・シティ』で綴った。
なんと原作者であるキャンディスさんと『SATC』の大ファンである、コラムニストのジェーン・スーさんとの対談が実現。「ハッピーエンドのその後」を存分に語り合った。
●キャンディス・ブシュネル
コネチカット州グラストンベリー生まれ。ライス大学、ニューヨーク大学で学ぶ。フリージャーナリストとして「マドモアゼル」誌、「エスクァイヤ」誌などで活躍し、女性や恋愛にまつわる10冊の本を書いた。なかでも「ニューヨーク・オブザーバー」誌に連載されたコラムをまとめた『セックスとニューヨーク』(早川書房)は、『SEX AND THE CITY』としてテレビドラマ化され、二度映画化。世界中で爆発的な人気を博した。現在はニューヨークシティとニューヨーク州サッグハーバーの2か所を拠点に暮らしている。
●ジェーン・スー
1973年、東京生まれの日本人。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』で第31回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』『今夜もカネで解決だ』『生きるとか死ぬとか父親とか』『私がオバさんになったよ』、中野信子との共著に『女に生まれてモヤってる!』など。最新刊『これでもいいのだ』(中央公論新社)好評発売中。
ときに男性は、私たちを「顔」「おっぱい」「笑顔」だけで見ている
ジェーン・スー(以下スー): 新刊『25年後のセックス・アンド・ザ・シティ』を読ませていただきました。『SATC』から25年もたっているのに、どのエピソードも長年の友人の話を聞いているように心を動かされました。違う文化で生きているにもかかわらず、どうしてキャンディスさんの本は世界中の女性を魅了するんでしょう?
キャンディス・ブシュネル(以下キャンディス):ありがとうございます。私の本が世界中の女性に共感されるとしたらそれは、世界中の女性が同じような経験をしているからだと思います。みなさん、生理痛のひどい痛みを知っていますし(笑)、それと同時に、この世界では多くの女性が、男性と違う扱いを受けたことがあるのでしょう。
世界はまだまだ性差別的で、女性はみんな性差別を経験していますし、戦っています。だからこそ、女の友情がどれだけ大切か、みんなわかっているんだと思うのです。
私たちは、ちゃんと人として「見て」、「話して」、「理解しあう」ことが必要だと考えているけれど、ときに男性は私たちを「顔」とか「おっぱい」とか「笑顔が素敵かどうか」だけを見ていると思いますから(笑)。
スー:なるほど、だからグローバルなんですね。私も1月に刊行した新刊『これでもいいのだ』で、「女友だちは唯一元本割れしない資産だ」と書きました。ところで、本書のなかで触れているティンダー(※出会い系アプリ)って、男性そのものですよね?
キャンディス:そうなんです! そういうビジネスは、みんな男性が発明しているんです。女性はしばしば、「いい製品だから作ろう」と考えますが、男性はお金を儲けるためだけにビジネスをするケースがあります。だからティンダーは「運命の人と出会うためのアプリ」ではなく、「アプリにアクセスし続ける」よう設計されたアプリなのです。そうすれば開発者が儲かるからです。
私もティンダーをやってみたのは本に書いた通りで、他のデートアプリをやった友人とも話しましたが、みんな、自分という人間が「性格」や「人間性」ではなく、「どんな外見」で、「どんな職業」で、「どれくらいお金をもっていて」…と、スペックで見られていて、「売買される商品」になった気分だと言っていました。
それに、ご存じのとおりティンダーは男性にとっては手軽にセックス相手を探すこともできるものです。セックスを求める男性の欲望を利用したビジネスは、とんでもないお金を産むんです。世界最大の産業はポルノとも言われています。これが多くの男性の正体なのではないでしょうか(笑)。
50代になると女性は相手に求めるものが変わる
スー:この本は、50代の人生や、シティライフを卒業した、「その後の人生」についての物語であると同時に、友達、そして恋愛相手との思いやりに満ちたリレーションシップの話でもあると感じました。
キャンディス:その通りです。50代になると女性は相手に求めるものが変わると思います。自分の生活も確立して、自分のキャリアも形成した…だから求めている相手は、若い頃と違って「人生の伴侶」のような存在になるんです。
若い頃の恋愛関係は、デフォルトとして男性優位の関係、つまり、男性のニーズが先に満たされるべきだという関係になってしまうことが多いように思います。でも年齢を重ねたとき、女性は「なぜ、私たちばかりが男性のニーズを満たさなくてはならないの?」という考え方に変わるのだと思います。だから、年齢を重ねた女性が男性に求めるのは、自分で自分の世話をできる男性、自分で自分のものを洗濯できるような自立した男性、私たちを傷つけるのではなく、サポートしてくれるような男性を求めるようになるのではないでしょうか。
スー:男性の考え方も、年齢を重ねると変わっていくのでしょうか?
キャンディス:これは人によるかもしれません。離婚して再びシングルになっても、また若い奥さんを見つけて、もう一度新しい家庭を築こうとする男性もいます。それしか、生き方を知らないんでしょうね。
でも、人生は時に厳しく、誰もがつらい体験をせざるを得ない。だから、年をとると多くの人が、他者に対して優しくなれると思います。だって20代の頃のカップルって、お互いに意地悪だったでしょう? 10代なんて最悪でした! お互いに傷つけあったりして…。でも、年齢は人を成熟させるから、昔ときめいていたバッドボーイタイプの男も、今は優しくなっているかもしれませんよ。
スー:私が20代の頃は、「優しいだけの男=退屈」って思ってました(笑)。
キャンディス:そうですね。若い頃の私も、「自分がなりたい理想の姿」と付き合いたいと考えていました。クリエイティブな天才タイプがいいな、と。自分の父親もそうだったので。でも、成長するにしたがって学んだことの一つは、こういうタイプの男性は、驚くべき巨大なエゴを持っているということです。
いろいろな人とお付き合いしましたが、私の場合は結局、バレエダンサーで10歳年下の男性と結婚しました。お互いに別の分野でそれぞれクリエイティブなことをしていたから競う必要もなかったし、たくさん笑っていい時間を過ごすことができました。でも、最後には離婚しました。
それで、今は人間性が大切だと考えるようになったように思います。「自分の男バージョン」なんて探さなくていいんだって。仕事は頑張ってきたし、ささやかでも達成できたこともある。それに、もう家だってあるんだから(笑)。今は、優しい=退屈だとは考えなくなりました。
ハッピーエンドには「その後」がある
スー:雑誌「バニティ・フェア」のインタビューで、「この本にあるのはハッピーエンドの後に起きること」とおっしゃっていましたね。ハッピーエンドに「その後」があると、いつ気づいたんですか?
キャンディス:本当に考え始めたのは、52歳で離婚したときです。そもそも多くの人は、50歳以降の人生なんて想像していないと思います。今より少しスローダウンするだろうけど、だいたい似たような人生が続くんだろうな、と考えているくらいのものでしょう。
でも、実際には50代になると人生が大きく変わります。これまで、「社会が求める正しいこと」をすべてやってきた女性をたくさん見てきました。仕事しろと言われれば仕事をし、結婚をしろと言われれば結婚をし、子供を産み、仕事をやめ、家族の面倒をみる…これは、すべて社会が女性に求めてきたことです。多くの女性は子どもと旦那の面倒を一生懸命みていました。
でも、離婚すると何も残らないんです。仕事はないし、お金もない。財産だと思っていた家もローンだから売って引っ越すことになるし、すべてをやり直さなければならなくなる。慌てて仕事を探しても、初めて仕事を探した22歳の頃のように、資格も経験も何もなくてもできるようなアシスタントレベルの仕事にしかつけません。
だから私は、ハッピーエンドのその後について、女性にもっと伝えるべきだと思っているんです。正しいことをしていても、うまくいかないこともある。起きたことはあなたのせいじゃない。でも、そんな状況でも自分で立て直さなくてはならなくなることもあるということを、女性はもっと知っておくべきではないでしょうか。
スー:本書には魅力的な女友達がたくさん登場しますが、エスのエピソードが特に刺さりました。愛ではなく、お金のために結婚する女性を書いたのは、なぜですか?
キャンディス:それが現実だからです。女性はお金のために結婚することもあるということは、周知の事実ではないでしょうか。個人的には、お金持ちの男性と結婚しなければ、「まともな家」にも住めないなんておかしいと思っています。でも、今の社会では、男性と同じことを自分の経済力でできる女性が少ないんです。不公平ですよね。
でも、現実はフェアじゃない。お金持ちの男性と愛のない結婚をするということは、セックスや家事に対して給料をもらう「仕事」につくようなものです。そして、そういう女性は嘘をついているケースが多い。私たちは愛しあって結婚したのよねって。
ただ、本書に出てくるエスの場合はちょっと違います。本にも書きましたが、最初の結婚は愛のためだったんです。けれど、夫がお金を失ってから関係が壊れてしまった。結婚は、自分だけがしっかりしていてもだめで、ときに相手ががらっと変わってしまうことがあるものです。急にDVになったり、お金を乱暴に使いだしたり、仕事がうまくいかなくなったり。だからエスは離婚するよりほか、なかったんです。
でも彼女は、自分に「大富豪の妻」という「仕事」ができるということがわかっていました。だから、彼女はお金のために再婚したんです。他に選択肢がなかったから。
最初に聞いた時は、もちろん腹が立ちました。エスは「正しくない」ことをしていると思って。でも同時に、彼女に選択肢がなかったこともわかっていました。これって、あらゆる状況下で女性に起こり得ることですよね。これが、「ハッピーエンド」には続きがあるということです。
スー:エスは「子どものため」と言っていましたね。良い娘、良い妻、良い母と、すべての役割を社会の期待通りこなしてきた人ほど、離婚した途端社会に居場所がなくなる。厳しい現実です。
女性を苦しめる「ミドルエイジ・マッドネス」
スー:では、まだ本書を読んでいない人のために、本書に出てくる「ミドルエイジ・マッドネス」について教えてください。
キャンディス:一般的には「ミッドライフ・クライシス」という言葉が使われると思いますが、これは基本的に男性に起きることだと思います。人生の変わり目に際して、突然不安定になっておかしなことをしだす。
一方、私が名付けたミドルエイジ・マッドネスは、多くは女性に起きがちなものです。女性にとっての中年期は、人生を変えてしまうような複数の事件がいっぺんに起こる時期なんです。
一つは更年期。身体的に変化しますし、子どもを産めなくなることで自分に価値がなくなるような感覚に陥る人もいます。そして、他にも親の死や、子どもの独立、離婚をしたら家を引き払って引っ越しもしなくちゃならない。人生を一変させるような変化が同時に起こるのです。それが人を狂わせてクレイジーにさせるときがある。
私の友だちの多くも、ミドルエイジ・マッドネスに苦しみました。アルコールにおぼれたり、25歳の時のように若い男性と無茶なことをして遊んだり、大人としてのマナーを無視したおかしな言動をした人もいました。すごく感情的な時期でした。
でも一方で、その時期に女友達がもう一度戻ってくるんです。再びシングルになった10人の友だちがもう一度集まって一緒にでかけるようになったのも、この時期です。
スー:日本では年をとることを恐れている女性がまだ沢山います。「若くはない」という言葉を別の表現にしていただけますか?
キャンディス:言い換える(rephrase)というより、認識を変える(reframe)べきだと思います。今は、昔より平均寿命も延びて、健康寿命も長くなっています。私の次の小説のキャラは72歳です。アナ・ウィンターだって70歳、マーサ・スチュワートだって77~78歳。70代でも美しく、活躍している女性はたくさんいるんです。
インナードライブ(内側からあふれる衝動、やる気)さえあれば、人生に好奇心を持って学び続け、活躍し続けることはできるはずです。それが逆に若さを保つ秘訣にもなる。だから自分が興味を持ち続けられるものを見つけること。それが大切なんだと思います。
スー:本にもありましたが、私も、「独身」で、「自営業」で、「女」で、「47歳」と、社会的に信用されづらいチェックボックスにピッタリハマっています。何かアドバイスをください!
キャンディス:ようこそ、こちらの世界へ!
とはいえ、私は将来的には、もっと多くの人がシングルになると思っています。ずっと独身の人だけでなく、離婚してシングルになる人も増えていくでしょう。2030年までに女性の50%近くがシングルになるだろうなんて説もあるそうです。
そうしたら、私たちはもう過去の規範に従ってシングルライフを送らなくてもいいはず。昔は一人分の食事を買うことが恥ずかしかったり、一人で家を借りるのが経済的に難しかったりもしましたが、今はどちらもできます。人とつながる方法も多様になっていますし、たくさんのことが昔よりはるかにラクになっているし、将来的にはもっとラクになるでしょう。だから私たちは、自分の人生のための目的を見つけることが大事なんです。「子どもを産んでこそ人生」というような生き方以外のライフスタイルを作っていかなくてはならないんです。
スー:打破しなければならない現実はまだたくさんありますが、「中年期以降からも変わっていける」ということも、また新しい事実なんですね。ありがとうございました。
【ジェーン・スーさんによる対談後記】
2時間に及ぶZoomでのインタビュー中、キャンディスは終始エネルギッシュで温かく、こちらの拙い英語にもじっくり耳を傾け、すべての質問に丁寧に答えてくれた。自分の欲望にも正直で、「まだまだ人生を楽しむぞ」という気概に溢れている。彼女はまるで、先の見えない女の未来を照らす松明のよう。本書には厳しい現実も描かれているが、私たちは必ずそれを乗り越えることができると、勇気も同時に与えてくれる。『SATC』ドンズバ世代として、彼女にインタビューできる日がくるなんて想像したこともなかった。中年期以降の人生にも良いことは起こると彼女が私に証明してくれたのだ。
(執筆:白井麻紀子 編集:榊原すずみ)