「LGBTではない=普通」と言ってしまう人たち。「LGBTのように見える」と勝手に決めつける人たち。「何がNGワードか」だけを気にする人たち。「自分は特に気にしないから」と暴露してしまう人たち――。
これらは、7月に発売された新書『LGBTとハラスメント』(集英社)で取り上げられた、LGBTなどセクシュアルマイノリティに対する「よくある勘違い」の一例だ。こうした「勘違い」がLGBTへの偏見や差別を生み、時には当事者へのハラスメントにつながってしまうと指摘している。
本には、思わずハッとするような指摘が並ぶ。アライ(理解者、支援者)にとっても学びが多い本だ。
著者は、LGBT差別禁止法の成立を目指す「LGBT法連合会」事務局長の神谷悠一さんと、LGBTに関する情報発信を続ける一般社団法人「fair」代表理事の松岡宗嗣さん。
「ハラスメントや差別は、誰もが加害者になってしまう可能性がある。自分自身の言動を重ね合わせて、その言動が誰かを傷つけたり、ハラスメントにつながったりしていないか、想像力を持つきっかけになってほしい」と2人は語る。
「彼氏・彼女はいるの?」 日常に潜む思い込みや偏見も浮き彫りに
『LGBTとハラスメント』の主なターゲット層は、企業で採用などを担う人事・労務担当者や、意思決定権を持つ管理職のビジネスパーソンだ。
出版のきっかけとなったのは、2020年6月に施行された「パワハラ防止法」。パワハラを定義し、職場でパワハラ防止対策を講じることを企業に義務付ける初めての法律だ。
法律の指針では、性自認や性的指向を第三者に暴露する「アウティング」や、個人のセクシュアリティに関して「侮辱的な言動を行うこと」もパワハラに当たる、と明記された。法の成立は、当事者をハラスメントや偏見・差別などの不利益から守る「後ろ盾」になる、と松岡さんは語る。
一方で指針では、どういった言葉や行動が「侮辱的な言動」となりえるのか、具体例は示されていない。職場で起こりやすい性的指向や性自認に関するハラスメント「SOGIハラ」の防止策や、そもそもハラスメントにつながりやすいLGBTに関する偏見や思い込みについて解説する新書を上梓することにしたという。
本では、『「LGBT」へのよくある勘違い』の「あるあるパターン」として、約20の言動も紹介されている。
LGBTに対して「自然の摂理に反する」と考えたり、発言したりすること。あるいは、初対面で「彼氏・彼女はいるの?」と性別を特定した質問をすること。明らかな差別的な言動をはじめ、日々のちょっとした会話の中に潜むセクシュアリティへの思い込みや偏見を浮き彫りにした。
「この本で書いてあることを言ったら即座にアウト、ハラスメントだ、ということではありません」。神谷さんと松岡さんは念を押す。
「ただ、文脈や状況などによってはハラスメントにつながりかねない。ハラスメント対策に関わる企業担当者はもちろんですが、この本を読む人には、ここに取り上げている色々なパターンと自分自身の言動と重ね合わせて、その言動に実は侮蔑的な部分があるのではないかと、想像力を持ってもらったり、気づいてもらったりしてほしいと思います」(神谷さん)
「私を含む、誰もがハラスメントや差別をしてしまう『加害者』になる可能性がある。悪気なくハラスメントをしてしまうケースも多いと思うんですが、そうした場合、傷つけた相手から訴えられた時に、加害者も『自分の何が悪かったのか』気づけないことが多いと思うんです。それを未然に予防して被害者も加害者も生まないということがパワハラ防止法の真の目的でもある。被害者はもちろん、加害者を生まないという意味でも、この本に書かれていることの認識が広まってほしいと思います」(松岡さん)
「私は気にしないから、自由に生きればいい」に垣間見える『無関心さ』。ギクリとするような指摘も
『LGBTとハラスメント』は、セクシュアルマイノリティに対する偏見や差別をなくしたいと思っている「アライ」の人にとっても、気づきが多い本だ。
中には、自らの「特権性」を自覚せざるをえない、ギクリとするような「あるあるパターン」もあるかもしれない。
神谷さんと松岡さんは、「一見ポジティブ」に見える言動の中にも、当事者を傷つけたり、違和感を抱かせたりしてしまう場合があると指摘する。
たとえば、『「私は気にしない」が「差別しない」だと思ってしまう人たち』として、こんな一例が紹介されている。(P84〜85)
LGBT等の施策について話をしていると、わざわざ自分から「いやいや、私は特に差別をしないし、気にしてもいない。だから何もしないで自然体でいいじゃないですか」と発言される方と出会うことがあります。一見、「前向きに考えてくれるいい人だな」と思ってしまいがちですが、私(神谷)にはかなり対応が難しい人というように見えます。
それはどういうことなのか。エピソードはこう続く。
その理由は、「セクシュアルマイノリティであることを気にしていない」から「何もしなくていい』というところです。(中略)現在の日本社会の職場には、大なり小なり、セクシュアルマイノリティに関するさまざまな困難が転がっています。採用拒否から始まって、いじめやハラスメント、異動や退職勧奨、男女別取り扱いによる困難などの課題を挙げることができます。
(中略)このような状況下にもかかわらず、「何も気にしないから、何もしない」ということをあえて言われてしまうと、自分は状況を変えるつもりはない、困難は困難のまま抱えていてくれ、というメッセージにも受け取れてしまうのです。
自分は「寛容」だし、差別はしない。気にしないから、自由に生きればいい――。
そんな言葉には、当事者が日本社会を生きる上で直面する差別や不均衡に対しての「無関心さ」を感じるのだという。
「『自分はLGBTとか気にしないから差別していません』という言葉は、一見ポジティブですが、無関心が全面に出ていると感じる時があります。若い学生さんでもたまにいらっしゃる。
本で特に強調したかったのは、当事者は日常的にあらゆる偏見や差別を受けていて、それを受けないために色々な苦労や困難を積み重ねているということ。日本は就職する時や、部屋を借りる時などいろいろな場面で差別を受けやすい。障害物競走をしているような人生を送っている人がいるということをしっかりと踏まえた上で、『自分は差別をしないし、適切に対応できている』と言っているのか。それを考えてほしいと思うんです」(神谷さん)
「制限」ではなく、人生や社会の「豊かさ」につながる
『LGBTとハラスメント』が気づかせてくれるのは、人とコミュニケーションを取る上で「想像力」を持つことの大切さだ。
その想像力が連鎖していくことで、一人ひとりの人生だけではなく社会も「豊か」になる。神谷さんと松岡さんはそう語る。
「(何でもかんでもハラスメントだと言われると)何も話せなくなるんじゃないか、と思うかもしれませんが、今まで話せたのは社会が自分に『有利』なルールで回っていたからで、自分の知らないところで不利益を被っていた人がいる。それが背景にある、と気づいてもらいたいと思います。他者を思いやって察知するある種の『繊細さ』を持つことは、今の時代に必要なことですし、その人の人生を豊かにすることでもあります」
「自分が今まで理解していなかったことや、認識していなかった他者と出会った時、驚いたりその人を決めつけたりして、傷つけてしまうかもしれない。それを前提にしながら、どうしたらお互いに折り合いをつけ、みんなが生きやすい社会を作れるか。それがダイバーシティの包摂であり、みんなが持ちつ持たれつ生きていける『豊かさ』につながるのではないかと思います」(松岡さん)
『LGBTとハラスメント』集英社より発売中。 Kindle版は8月21日から配信予定。