夏に履くサンダル、メイク直し、大人になってからの人間関係。
ストレスを感じながらもなんとなく「やらなきゃ」と思って続けていたことを、いったん「やめてみた」らどうなる?
苦手なこと、心地よいと思えないことを、やめて見直してみる。
そんな習慣や思考のクセを「やめてみた」プロセスを描いたコミックエッセイ『やめてみた。』シリーズが累計30万部を突破するなど注目を集めている。
これまでの日常が大きく変わったいま、著者・わたなべぽんさんに、「やめてみる」ことの効用や人生の変化について聞いた。
「やめてみた」= 新しい何かを「やってみる」こと
――シリーズ最新作『さらに、やめたみた。』では、日常のちょっとした習慣から夫婦の将来設計まで、さまざまなことを「やめてみたら、どうなったのか」というプロセスが描かれています。
「こういうものだから」という思い込みでなんとなく続けていることは、誰にでもありますよね。
たとえば、私の場合は夏に新しいサンダルを買うことが好きだったんです。でも華奢でかわいいサンダルって、履いているうちに靴ずれが悪化して、マメが破れたりするんです。
それでも「夏のサンダルはこうやって足に慣らすもの」と無理して履き続けてきたのは、それが私にとっての“当たり前”だったからなんです。
でも腰痛で駆け込んだ整形外科で、「足に合わない靴を履き続けると腰痛になりますよ。まずはその合わない靴をやめてみては?」と言われて、久しぶりにスニーカーを履いてみたら、「こんなに歩きやすいの!?」と驚いてしまいました。
サンダルやアイロンがけ、メイク直しもそうですけど、「女性ならこうすべき」「大人なんだからこう振る舞わないと」といった、世間が決めた規範にいつのまにかがんじがらめになっていた部分が、私の中には意外とあると気づきました。
それらを試しにやめてみたことで、「これは重荷だったんだ」とたくさんの発見がありました。そんな風に「やめてみた」ことで見えてくる自分自身の変化も面白くて。
「やめてみる」って、新たな選択を「やってみる」ことでもあるんです。
大人になってからの「友だち」づくり
――大人になってからの友だちとの距離感や夫婦のコミュニケーションなど、人間関係の「やめてみた」も描かれています。今まで敬遠していた商店街で買い物をするようになったら、「ご近所さん」と呼べる友だちができたそうですね。
今の街はもう12年住んでいますが、買い物はずっと最寄りのスーパーで済ませていたんです。でも、そこが閉店したのをきっかけに商店街で買い物をしたら、個人商店の八百屋さんや魚屋さんでの買い物って楽しいんだな、って初めて気づいたんです。
顔なじみになった魚屋さんから「明日、“亀の手”(甲殻類の一種)が入るけど、食べる? 味噌汁にすると美味しいよ」と声をかけてもらったり、八百屋さんから「この野菜はこう食べるとおいしいよ」と教えてもらったり……。そういうちょっとした会話が楽しいし、住んでいる街の見え方も変わってくる。
以前は「常連さん」として顔を覚えられるのがすごく苦手だったんです。人見知りだからか、「あのお客さんまた来た」って思われるのが恥ずかしくて。
でも最近になって「お店の人も人間なんだな」ってようやく気づけたんですね。同じ街で、普通に生活をしている者同士なんだから、ばったり会って話してちょっとずつ仲良くなることだってあるんだな、って。
――ぽんさんは元来、人見知りするタイプだそうですが。
友だち付き合いが苦手で、友だちが少ないことがずっとコンプレックスでした。
大人になってからも、「友だちになりましょう」という宣言がどこかでないと、「私達は友だちではない」と勝手に思い込んでいたんです。親しくなっても、「まだ友だちではない」と心の中で線を引いている自分がいて……。
でも、八百屋さんのおにいさん夫婦と一緒に飲んだり仲良くしているうちに、ふと「あ、もうお友だちと思っていいのかな」という実感が徐々に湧いてきたんです。
友だちかどうか、線を引く必要なんて、最初からなかった。
それに気づけたことは、私の人生の中でも大きな変化でした。自分も「友だちだよね」という気持ちで接すると、相手もオープンに接してくれるようになるんですよね。
――線を引く必要なんかない、という発見は大人になったからこそかもしれません。
大人になってよかったな、と最近すごく思います。
私は母が厳しい人だったので、子ども時代はずっと窮屈に感じていました。親元を離れてからも、気持ちの上で(母からの)制約や束縛は根強く残っていた気がします。
でも母と暮らした時間よりも、自立して生きた時間のほうが長くなった今は、「ああ、もう解放されてもいい頃だな」と思えるようになりましたね。
20代の頃はもっと、「他人の目から見た自分」を過剰に意識していました。「○○さんみたいにならなきゃ」「結婚するなら早いほうがいい」、そういう誰かの言葉にがんじがらめになっていたし、許せないことも多かった。
本でも描いてますが、いつも待ち合わせに遅刻する友だちがいるんですね。彼女の遅刻グセを変えようと、これまで色々と口を出してきたのですが、一向に治らなくて。
そんな彼女と一緒に旅行をしたら、遅刻はもちろん、忘れ物もすごかったんです(笑)。行きは「充電器忘れた!」、帰りは「水着、ホテルに干しっぱなし!」、それ以外にもたくさんトラブルはあったんですけど、彼女はその都度、誰かを頼ったり甘えたりしながら臨機応変に立ち回ってなんとかしているんですね。それは素直にすごいなぁって。
きっと遅刻は彼女のアイデンティティのひとつ。私の力で変えられることじゃない。今後も友だちとして付き合っていくなら、欠点のひとつやふたつは割り切らなきゃ。そんな風に心境が変化しました。
40代、子どもをどうするかを夫と話し合う
――最新作ではプライベートな問題にも踏み込んで、40代のぽんさん夫婦が「子どもをどうするかの最終決定」について話し合う姿も描かれています。
母との関係が影響していると思うのですが、私、子どもの頃から家庭を持つことに憧れがなかったんです。出産願望もなくて、そういう自分に罪悪感を抱いていました。
一方で、「大人になったら親になるべきなんだろう」という気持ちもずっとあったんですね。その狭間で決断を先延ばしにしてきたのですが、もし産むとしたらそろそろギリギリな年齢。
ここで子どもを持つことについて、もう一回、夫と話し合って、いったん線を引いたほうが精神的に楽になるんじゃないかな、と考えました。
――話し合いの結果は、ぽんさんにとって納得できるものでしたか。
もうまったく悩んでいない、というと嘘になります。
「子どもを持たずに、ふたりで暮らしていこう」と決めたことを、いつか後悔する日も来るかもしれない。でも、たとえ後悔する日が来ても、後悔も一緒にふたりで共有していこうね、と思えるようになりました。
「やっぱり産めばよかった」「老後は寂しいね」とふたりで寂しがるのも、それはそれで素敵なことなのかもしれません。
そういうのも全部ひっくるめて、「ふたり」という単位でこれからも支え合っていこうね、という結論を夫婦で話し合って決められたことは、よかったと思っています。
友だちでも夫婦でも、相性が100%いい人っていませんよね。でも相性って、実はどんどんよくしていけるものだとも思っていて。相手に対してどれだけ心を砕けるか、寄り添え合えるか、思いを言葉にして伝えあっていけるか。
そういった日々の積み重ねが、人生をつくっていくんだなと思います。
(取材・文:阿部花恵 編集:笹川かおり)