『劇場版おっさんずラブ LOVE or DEAD』が8月2日午後9時から、テレビ朝日系列で地上波初放送される。
お人好しなポンコツサラリーマン春田創一(田中圭)をめぐる “おっさん” 同士の恋愛模様をコミカルに描いた、2018年の連続ドラマ『おっさんずラブ』の完結編に当たる作品。
『おっさんずラブ』は、ただのBLではない。
もちろん同性との恋愛や結婚というテーマが大きなファクターとなっていることは間違いないのだが、ドラマと映画を通して描かれているのは、男女間にも通じる「愛とは?」という現代的で普遍的な問いだ。
(以下にはネタバレが含まれます)
「好きになっちゃいけない人なんていない」
社会現象となったドラマ版は、不動産会社の営業所に勤めるモテない春田が、尊敬する部長・黒澤武蔵(吉田鋼太郎)とルームシェアしている優秀な後輩・牧凌太(林遣都)から告白されるーーというストーリー。
ドラマでは「男同士」という点をハードルに、春田と牧がこれをどう乗り越えるかが描かれた。
「巨乳好き」を公言してはばからない春田は、同性から突然の告白に大いに動揺する。ドラマ版では、男同士のキスや恋愛に対して悪気なく偏見をぶつけるシーンもある。
だが、男同士であることに戸惑う春田と、同性愛に春田を巻き込んだと引け目を感じている牧をよそに、周囲にはまったく偏見がない。
春田の幼馴染の新井ちず(内田理央)は、動揺する春田を叱り飛ばし、後に牧にとっての最大の理解者となる。「好きになっちゃいけない人なんていない」と牧の背中を押すのは、職場の先輩でもある瀬川舞香(伊藤修子)だ。
最終回、春田が牧にプロポーズする場面で背景にレインボーブリッジが映ったり、上海に転勤する春田のスーツケースのバンドがレインボーカラーだったり。
ことさらに同性愛について啓蒙的に説くのではなく、気づく人だけが気づくような散りばめ方をしたのも、このドラマの特徴だった。
「仕事と家庭」「夢と愛」の両立
続く劇場版は、予告こそ「禁断の五角関係」「愛の頂上決戦(ラブ・バトルロワイアル)」などの宣伝文句が目を引いたが、実際に描かれているのは紆余曲折をへてカップルとなった2人のその後の「日常」だ。
愛を誓った2人がいざ生活を始めようとした時に立ちはだかるのは、今度は「男同士」という壁ではない。仕事と家庭、夢と愛…といった、天秤にかけるのが難しい両立の問題も描かれている。
1年ぶりに海外赴任から帰国した春田を待っていたのは、牧が本社に栄転し、会社肝いりのプロジェクトに参加することになったというニュースだった。牧は春田にこれを伝えようとするが、どうもタイミングが合わない。
帰国した日の夜、牧は春田の分も夕食を用意して待つが、春田は飲みに行ってしまい酔っ払って帰宅する。「(移動なんて)俺は聞いてない」「なんでそんなに機嫌悪いの」と責める口調の春田に、牧は「疲れてるだけ」と言葉を飲み込む。
残業続きの牧のために、春田が食事を用意するシーンもある。疲れて帰宅した牧の目に飛び込んできたのは、真っ黒に焦げた唐揚げと、揚げ物調理をしたキッチンの残骸。
「うそでしょ…」とため息をつく牧に、春田は「忙しいのはわかるけど、メールくらい返せよ」と正論をぶつける。「結婚するなら、もっと話し合ったり協力しなきゃ」と畳み掛ける春田に、牧はまたも言葉を殺す。
本音を言い返せば喧嘩になるから、いつでも話せるから……と、すれ違ってしまうのは、同性カップルに限った話ではない。
すれ違うコミュニケーション
プロジェクトは牧にとっては入社以来の夢。牧は、春田からのメッセージに気付きながらも無視してしまうほど仕事に夢中になる。
牧の夢を初めて知った春田は、驚きながらも支えようとするが、その気持ちは牧には届かない。
体を気遣う春田に「今が一番生きてるって気がする」と返答したり、過労で倒れても春田には知らせなかったり。身近な存在となった春田よりも、仕事や夢を優先してしまう牧。
象徴的なのが、残業中に牧が上司の狸穴迅(沢村一樹)に「一緒に生活していくのって案外難しい」と恋人である春田との関係について本音を吐露するシーンだ。
「やっとやりたかった仕事ができて、今は全力で頑張りたい。でもそれを苦しい時に相手に分かってもらえないと、この先一緒に暮らしていくビジョンが見えない」
胸の内を語る牧に、狸穴は「お互いの夢を理解して応援できる関係じゃないときついよな」と相槌をうつ。
一方、春田は「そういう時こそ2人で支え合っていきたい」と牧の父親に告げる。
ここでも2人のコミュニケーションは悲しいほどにすれ違う。
同性愛に偏見のない世界観が伝えるエール
そんな2人を応援するのは、ドラマ版に続き、やはり周囲の登場人物たちだ。
「結婚に模範回答なんてない、2人にとっての正解を探していけばいいのよ」と春田の背中を押すのは牧の母親。
「大切な人に明日も会えるなんて限らない。だからちゃんと気持ちを伝えて欲しい」と春田に訴えるのは後輩。
そして、牧とは春田をめぐるライバルでもある黒澤。言葉にしなくても気持ちは伝わる、と言う牧に、「出たよ、なんにも言わなくても分かって欲しい。カマってヒロイン爆誕!」と強烈な図星をさす。
「それって単にプライドが高いだけでしょ、本音でぶつかり合うのが怖いだけでしょ」
「かっこ悪いところも全部見せ合えるのが本当の愛じゃねえのかよ!」
こうした周囲の励まし(?)に支えられながら、2人はようやく本音の言葉を交わすのだ。
春田と牧は同性カップルだが、取り上げられているのは、付き合いが長くなってきたカップルの「その後の日常」だ。
「OL」が描いた多様な愛と生き方への肯定
登場人物が誰も同性愛を差別しないファンタジーな世界観だが、同性愛者が抱えるリアルな葛藤や悩みを描いた場面もある。
例えばドラマ版では、2人の関係を知らない春田の母親が「孫の顔が見たい」と悪気なく放つ言葉に、牧が深く傷つくシーンがある。
劇場版では、もっと直接的に春田が日本では同性婚が認められていないことや、子供を持つことが難しい現実を口にする。押し付けるわけではなく、観客の目をさりげなく現実に向ける。
もっとも、「おっさんずラブ」が描いているのは同性愛だけではない。様々な愛の形が存在する。
春田と牧を応援する同僚の栗林歌麻呂(金子大地)は、27歳の年齢差をものともせずに上司である黒澤の元妻・蝶子(大塚寧々)にプロポーズする。
蝶子は、本来ならば夫である黒澤に裏切られた形だが、離婚した後も黒澤の一番の親友で理解者となる。
ちずは、ドラマ版のラストに外国人の“ダーリン” と交際。劇場版で「ちずちゃんのヒーローは?」と聞かれたちずは、「私は仕事も家庭も手に入れるし、どっちも天下を取る。天下統一する」と宣言する。
作品を通じて、多様な愛と生き方へのエールがつまっている。
とはいえ、記憶喪失やド派手なアクションシーンなど非現実的な設定はまさにエンタメ。サウナで入り乱れてキャットファイトを繰り広げるシーンなどは何も考えずに笑うことができる。
時代の空気を捉えつつ、多様性を描いた良質なエンタメ作品だ。