新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、私語を禁止としている給食時間に、「声を発さずにコミュニケーションを取る」方法として手話を使う取り組みが、大分県別府市内の2つの小学校で始まった。
「素晴らしいアイデア」「手話を知る良いきっかけ」と評価する意見が多くある反面、「(コロナで)声を出せないから手話を使う、というのは違うと思う」「美談にされている」といった否定的な声もあり、SNS上で論争になっている。手話を使う当事者はどう感じたのか?愛知県内のろう者の女性は、ハフポスト日本版の取材に「入り口としてはいいけれど、美談の消費には懸念もある」と話した。
■2つの狙い
給食中の「手話」は、そもそもどのような目的で始めたのか?
別府市教育委員会によると、手話を始めたのは市立小学校の2校。コロナの休校が明けた学校再開後、感染拡大を防ぐために市内の公立校では給食時間中の私語を禁止とした。食事中に飛沫が飛ばないよう、子どもたちのそれぞれの机に透明シートが付いた手作りの「飛沫ガード」も設置した。
この報道を見た市民から、「子どもたちが会話できずに黙々と食べているのはかわいそう。声を発さずに話せる手話を取り入れたらいいのでは」と提案があった。市教委が各学校に呼びかけたところ、小学校2校が応じた。
2校の5、6年生は、それぞれ「総合的な学習の時間」に聴覚障害者と手話について学んだ。1校は、学校と交流がある地元の社会福祉法人の関連会社が制作した動画(2分間)を教材にして手話を学んだ。もう1校も、手話を学ぶ別の動画を授業で扱ったという。子どもたちは「いただきます」「満腹です」「ごちそうさま」といった表現を学び、7月中旬から給食時間中に限って使用している。
取り組みの狙いについて、市教委の担当者は「コロナ禍の食事中も、子どもたちが会話できるようにすること」「聴覚障害者や手話への理解を深めること」の2つがあると説明する。
「手話を学んだ子どもたちから、『家族にも教えてあげたい』『もっと調べてみたい』といった前向きな反応のほか、『手話で伝えることの難しさを知った』という感想も多くありました」
■「美談の消費」懸念も
ネットでは「すごく良い取り組み」などと称賛の声が相次ぐ一方で、肯定的な受け止めばかりではない。
愛知県のろう者の女性(33)は、今回の試みに対して「手話を知る入り口として賛成はするけれど、美談として消費されることを懸念しています」と、複雑な心境を打ち明ける。どういうことなのか?
第一言語が手話という女性は、2校の取り組みを知った時、「声を発してはいけないから、手話で会話しようと気づき、実行したことは素晴らしい」と感じたという。「好きな人が手話を使っているから自分も覚えたいとか、遊びながら学ぶといった入り口は必要で、今回の取り組みにも賛成します」
「でも、コロナが収束した時、子どもたちが『もう手話はいらないよね』となってしまうのであれば、今回の取り組みは『感動の材料』『美談の消費』と受け取られかねないのでは、とも思うのです。コロナに関わらず、手話で話せる人が増えること、手話が言語として当たり前に使われる世界を願っている私からすると、給食の時間だけに限っていることにもモヤモヤと違和感があります」
■理解広がるチャンスに
別府市教委によると、給食中の手話の取り組みを少なくとも1学期中(8月上旬)は継続するが、それ以降は未定という。今後、2校で手話を学ぶ授業は計画していないといい、「単発で終わってしまうかもしれないが、手話や聴覚障害への理解を深めるきっかけにしてもらいたい」と話す。
女性は「理解が広がるチャンス」と期待もしているという。「手話を知る機会が全国の教育現場に広がり、コロナに関わらずどんな状況でも学びが継続されることを願っています」