2020年6月、大企業を対象に施行された「パワハラ防止法」。指針では、性自認や性的指向を第三者に暴露する「アウティング」や、個人のセクシュアリティに関して「侮辱的な言動を行うこと」もパワハラに当たる、と明記された。
日本社会には、LGBTなどセクシュアルマイノリティへの偏見や差別が根強く残っている。当事者は、どんなハラスメントや困難と直面しているのか――。具体例とともに問題を伝える新書『LGBTとハラスメント』(集英社)が、7月17日に発売された。
著者は「LGBT法連合会」事務局長の神谷悠一さんと、ライターで一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣さんだ。発売日に開かれたオンラインイベントに2人が登壇し、同書に込めた思いを語った。
「管理職の人、年配層の人にどうやったら届けられるのか」
松岡さんによると、企画のきっかけとなったのは、2019年5月に成立した「パワハラ防止法(通称)」だ。
同法は、パワハラを定義し、職場でパワハラ対策を講じることを企業に義務付ける法律だ。2020年6月に大企業を対象に施行され、2022年4月からは中小企業も対象となる。
その中では、「SOGIハラ」(性的指向や性自認に関するハラスメント)や「アウティング」もパワーハラスメントに該当する言動の一例と位置付けられた。
これは「画期的な出来事だった」と松岡さんは振り返る。
「一方で、残念ながら法律自体をより多くの人に知ってもらわないと、ハラスメントはなかなかなくならない。職場の中でハラスメントをなくしていくために動いてほしいのは、やはり管理職の方や、今の社会構造においては年配の男性層です。その方達にどうやったら届けられるのか話していく中で、『新書』はすごく重要なのではないか、という話になりました」(松岡さん)
企画の背景について、松岡さんはそう語る。
ビジネス層の読者が多い新書で、「SOGIハラ」や「アウティング」を解説し、セクシュアリティに関するハラスメントの問題を周知させたい。
松岡さんから神谷さんに声をかけ、企画が進んでいったという。
部長、「ウチにLGBTはいないから」は通用しません!
同書の帯には、『部長、「ウチにLGBTはいないから」は通用しません!』と書かれている。
このコピーは、同じ集英社から発行された新書『部長、その恋愛はセクハラです!』(2013年、牟田和恵さん著)のオマージュだ。
ビジネス層に広く浸透した「伝説的な本」で、セクハラの実態を具体的なケースとともに紹介している。セクハラを「セクハラ」だと気づけない、加害者側の“認識のズレ”を浮き彫りにし、大きな話題になった。
この本のように、『LGBTとハラスメント』も、働く人たちの「必読書」になってほしい。帯には、そんな思いが込められているという。
同書には、SOGIハラやアウティングに繋がる背景となる、「『LGBT』へのよくある勘違い」を紹介する章もある。
「SOGI(性的指向・性自認のこと)やLGBTに関する講演会や研修会でも、そういった質問が出てきます。『自然の摂理はどうなっているのか』...などです。当事者にとって当たり前に問題なことでも、それが広く知られていないこともある。そういった事例をパターン化して掘り下げました」(神谷さん)
「あるあるパターンをわかりやすく書いている」
イベントには、セクシュアルマイノリティの子どもや若者支援を行う認定NPO法人ReBitの代表理事、藥師実芳(やくしみか)さんも登壇した。
この日のイベントでは、就活の場面や職場で発生するSOGIハラの事例を紹介。
セクシュアリティを明かしたら内定に影響が出た、職場や営業先の飲み会などで身体的接触をされる、性行為の仕方について聞かれる...など、多くのハラスメント被害を報告した。
「(本では)『あるある』パターンがすごくわかりやすく書かれていて。アウティングのことにも触れながら、なぜSOGIハラを知ることが重要なのか、どういったことを懇切丁寧にやっていく必要があるのか解説されている」と、出版を喜んだ。
「重要なのは、本人に確認するということ」
イベントでは、「カミングアウト」や「アウティング」をめぐる問題についても話が上がった。
パワハラ防止法では、「労働者の性的指向・性自認(中略)等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」は「個の侵害」にあたるとして、パワハラの一例と位置付けている。
つまり、本人の望まない「アウティング」はパワハラに該当する、ということだ。
『LGBTとハラスメント』でも、「『自分は特に気にしないから』と暴露してしまう人たち」として、この事例が紹介されている。社内の一部の人にカミングアウトしたら、「良かれと思って」他の人にも暴露されてしまった、などのケースだ。
「この本でも何度も触れていますが、重要なのは本人に確認する、ということです」
松岡さんはそう指摘する。
「勝手にかわいそうと決めつけたり、勝手に気持ち悪い存在と決めつけることもしてはいけない。どうしたいのか、どこまで言っているのか。常々本人に確認するというのが大事です」(松岡さん)
「個性の一つじゃん」という言葉の危うさ
近年は、「多様性の尊重」などの言葉とともに、メディアやビジネスシーンでセクシュアルマイノリティの人権や生き方が多く取り上げられるようになった。
全国20〜59歳の約6万人を対象とした電通ダイバーシティ・ラボの「LGBT調査2018」では、「LGBTとはセクシュアルマイノリティの総称のひとつということを知っていますか」という質問に対して、68.5%が「知っている」と回答。同性婚に賛成を示す意見が約7割を占めた。
LGBTに対する認知は確実に広がっている。しかし、だからといって偏見や差別がなくなったわけではない。
厚労省の委託事業「職場におけるダイバーシティ推進事業」の調査によると、職場でカミングアウトしている割合は、レズビアンは8.6%、ゲイは5.9%、バイセクシュアルは7.3%、トランスジェンダーは15.8%だった。
カミングアウトは本人の意思に基づいて行われるべきだが、調査報告書では、「多くの性的マイノリティ当事者は、自身の性的指向や性自認を他人に知られてしまい差別やハラスメントを受ける可能性から、性的指向や性自認を他人に伝えないでいる」と指摘されている。
「『(LGBTも)個性の一つじゃん』と言われることもある。個性の一つで済んだらもちろんいいんですが、残念ながらこの社会では、個性の一つとして尊重されず、制度が違ったり、パートナーが大変な目にあった時に社会的に守られなかったり、ハラスメントを受けてしまうということが往々にしてある」(松岡さん)
松岡さんはそう語る。
差別やハラスメントはしばしば無意識のうちに、悪意なく行われる。同書では、そうした社会の根深い問題にも向き合っている。
「みんなそれぞれの道を歩いていいじゃん、と言われることもありますが、ものすごく障害物競走みたいな道を歩いているケースもあれば、割と舗装された道を歩いている場合もある。人によって色々なケースがあります。障害物競走をしたいわけではないのに、なぜ自分だけがしなくてはいけないのか、という困難を抱えている人がいる。それをどうするか、ということが大事なんです」(神谷さん)
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『LGBTとハラスメント』は、集英社新書から全国書店、Amazon.co.jpなどで発売中。