東京オリンピック・パラリンピックの1年延期で、開催の意義が改めて問われている。
自身の現役生活の集大成として位置付けるアスリートも多い。トランポリン北京オリンンピック4位の外村哲也さんもそのひとりだったが、延期を受けて、6月末に引退を決断した。
「大会はゴールではなくてスタート」。そう語るのは、車いすマラソンのアテネ、ロンドンパラリンピック代表、花岡伸和さん。
東京大会は何を遺せるのかーー。IOCトップスポンサーAirbnbが取り組むのが、セカンドキャリア支援だ。
7月25日から、100人以上のオリンピアン・パラリンピアンによる体験会が開かれる。テニス大坂なおみ選手、バスケットボール八村塁選手らに並んで、外村さんと花岡さんも、自身の体験を提供する。
2人に、セカンドキャリアや競技、オリンピック・パラリンピックについて聞いた。
「自分のやりたい表現ができるのか」
外村さんは、この6月末に現役引退したばかり。東京オリンピックの代表枠を目指していたが、1年延期で次のステップに進む決断をした。
「出ることだけを目的にしていたら答えは違ったかもしれません。1年後のオリンピックに出場できたとしても、自分のやりたいものが表現できるのかと考えて、自分の身体の状況や練習環境であったり、かなり難しいのかなと」
2008年北京オリンピックでは、トランポリンで日本人最高の4位。数々の国内・国際大会でメダルに輝き、長年トランポリン界を牽引した。
今後は、自分の経験を発信したり、トランポリンが楽しめる機会を増やすために活動したりしていくという。引退の決断で、予期せず、Airbnbのオンライン体験会がセカンドキャリアの“初仕事”となった。
「これから元アスリートとして働きたいです。アスリートとしてやってきたことだけじゃなくて、“アスリートとして働いた”経験もアスリートに向けて発信していきたいです」
シルク・ドゥ・ソレイユから舞い込んだ仕事
外村さんは、現役中に別のキャリアも歩む「デュアルキャリア」の持ち主。ただそれは、必要に迫られたという環境的な事情があった。
トランポリン界は企業に所属する社会人選手が大半という。外村さんの場合、今の企業は当初週5の時短勤務で、最終的には週1勤務だった。
通常の給料をもらいながら、競技時間を確保されていたが、競技に必要な資金は自ら調達しなければならなかったという。
「海外での練習などの費用も自分で全部用意していたんですが、その費用は会社から頂いたお金だけで賄えたわけではありませんでした」
競技の傍ら、トランポリンのイベントへの出演や講演で得た資金を、競技活動に充てた。その中で、カナダのサーカス劇団、シルク・ドゥ・ソレイユに出演する人を選ぶキャスティングの仕事も舞い込んだ。日本の新体操の男性選手を雇いたいというシルク・ドゥ・ソレイユの要望に応えられるのは外村さんだった。
「男性の新体操選手もいるのが、日本の特徴なんです。すごくアーティスティックで、シルク・ドゥ・ソレイユが評価して、スカウトしたいと。スカウトしているのが、昔からの知り合いの元トランポリンのタンブリング選手で、お願いされてお手伝いすることになりました」
マネジメント会社もなく、日本体操協会が間に入ってくれるわけでもない。全て外村さんが個人で、日本におけるスカウトのサポートや手配などを請け負っていたという。
「契約書上は、コンサルタントみたいな感じでした。本社の人が日本に来た時にアテンドしたり、体操協会とコンタクトを取って、キャスティング担当の社員が試合に参加・見学する許可を取ったり。移動手段や宿泊先の手配もしていました」
競技経験を生かして働いたこの経験に、アスリートのキャリアのヒントや可能性があると感じている。
「それ以前は、スポーツ以外は何もできない、興味もないという人間でした」
「英語が喋れるだけでは、シルク・ドゥ・ソレイユのキャスティングのお手伝いはできません。一例ですけど、アスリートであることを生かしてデュアルキャリアができるという経験を発信していくことで、他の選手にとっても新しい働き方や競技資金の集め方の参考にもなるのではないでしょうか」
遊ぶ→楽しい→選手に
26年の現役生活。初めて出場した北京オリンピックについて、こう振り返る。
「やっぱりオリンピックが夢のシンボルというところがあったので、オリンピックをかけた選考会で勝った瞬間がすごく印象的でした。出場が決まった瞬間からオリンピックが終了するまで大体4カ月で、その4カ月間がすごく夢の中にいるような時間だったなと感じます。後々考えると、そういう心理状態はあまり良くないんですけど...」
「こんな楽しいもの、なかなかできる機会はない」と強調するトランポリンを広めるため、もっと気軽に遊べる施設を作りたいという計画も頭の中に思い描いている。
「トランポリンって、一般の人が遊べる所がまだまだ本当に少ない。遊べるパークの施設をたくさんつくりたいという思いは強いです。トランポリンで遊べる機会が増えて、遊ぶ人が多くなった時に、その中から選手としてやってみたいという人が出てくると思います」
新型コロナによる外出自粛中に、家庭用のトランポリンの売れ行きが伸びた。「僕が何もしてないのにトランポリンにはまってもらって、なんてラッキー」と予期せぬ“ブーム”を歓迎した。
外村哲也さんによるオンライン体験
「オリンピック選手の競技人生から学ぶ、夢との向き合い方」
日程:7月24日〜29日。各セッション1時間
内容:競技人生トーク、肩・腰、痛み軽減エクササイズ
料金:2500円 / 1人
「プロ」になった落とし穴
続いて、2004年アテネ、2012年ロンドンパラリンピック車いすマラソン日本代表の花岡伸和さん。
「競技だけやっていてはだめ」。
現在はコーチや日本パラ陸上連盟副理事を務める花岡さんは、自身の経験を踏まえてそう伝えているという。
花岡さんによると、パラスポーツ界は企業などに勤めながら競技に取り組む選手が多い。花岡さんも公務員・企業アスリートを経て、競技一本の「プロ」に転向した。
2004年アテネパラリンピックの2年ほど前。花岡さんは“競技に集中できる環境”を手に入れたが、落とし穴があった。
「まずトレーニングをやりすぎた。朝昼晩とにかく走るみたいな状態になって、そうしたら故障する。すると家に籠って生活が乱れる。そんな時期が1カ月ぐらい続きました」
そこで花岡さんは英会話を始める。ルーティンを作り、生活リズムを整えるためだった。
「24時間競技のことを考えられる環境をつくれば、それだけで強くなれるわけじゃないことがよく分かりました。時間をどう使っていいか分からなくなって、逆にパフォーマンスが落ちました。そこから戻せたのは、それまで仕事できちんとしたスケジュールの中で過ごしてきた経験があったからじゃないかと思っています」
そこから調子を取り戻し、アテネパラリピック日本代表となり、日本人最高位の6位入賞を果たした。
「スポーツ界だけでキャリアと叫んでもだめ」
公務員経験や企業勤めは、自己管理や社会での役割を持つ機会となった。一方、デュアルキャリアやセカンドキャリアという観点では、アスリートの企業勤務は十分に機能しているとは言えないという。
「やっぱり障害者も健常者も、企業に勤めながら競技を続けているアスリートは、なかなか重要なポストにも就けないし、単純なルーティンワークを与えられるケースが多い。作業員として働いていた時も、その会社で上に行けたり、スキルがとても上がったりするわけでもなかった。自分の好きなトレーニングをやれることを糧に、何とかやっていたという状態でした」
花岡さんは「スポーツ界だけでデュアルキャリアって叫んでいてもだめ。最終的には教育の中で自分のキャリアを考えようと伝えていくことが大事」と強調する。花岡さんは千葉県の教育委員を務めており、講演で各学校を回っている。
子供たちが自分のライフデザインを考える教育の機会を整えながら、そこにどれだけスポーツが関わっていけるかが重要だと感じている。
「教育の現場に向かって『しっかりして』と言うだけじゃなくて、全ての人が教育に参加していくという文化を日本で作っていく。教育をみんなで考えないと、実は強いアスリートも育ってこないんだろうなという風に感じています」
パラだからこそ「商業主義や能力主義に異を唱えたい」
花岡さんは東京オリンピック・パラリンピックについて「自国開催の良さでもありますけど、過熱しすぎていました」と感じていた。
延期されたこの1年を「冷却期間」として「大会後にこの世の中がどうなっていくのかをしっかり考えて動くべきだと思ってます」と襟を正す。
規模や費用面などで「肥大しすぎてしまった」というオリンピックに対して、パラリンピックは違う価値を提供して欲しいと期待する。
「日本のパラスポーツもちょっとぽっちゃりしてきましたけど、まだ肥大していないパラスポーツが、オリンピックに対して、商業主義や能力主義に異を唱えていくというのがあってもいいのではないでしょうか」
花岡さんは「大会はゴールではなくてスタートというのが大前提」と話す。お金も、競技環境も十分に整っていないというパラスポーツ。だからこそ、伝えられるメッセージがあるという。
「今後、パラリンピックのメダリストが『自分はメダルのためにやってきたのではない』と言い切れるかどうかかなと思っています。メダルのためだけに命を懸けてきたというような選手は、おそらくこの先世の中で必要とされない可能性が非常に高いと僕は考えています。例えば、社会のロールモデルになることやリーダーシップを取る。そういう自分自身の将来像があるからメダルを目指したんだと、きちっと語れる選手がメダリストに増えてくることが一つの方法だと思います」
また同時に、アスリートに対する見方や視線も変わっていく必要があるという。例えば、圧巻のパフォーマンスを褒め称える際に用いられる「超人」という言葉。こう疑問を投げかける。
「人とかけ離れた存在ではなくて、元々は普通の人で、凡人が超頑張っただけ。そういう意味の『超人』だったら使ってもいいかなと思っています」
花岡伸和さんによるオンライン体験
「今の自分にできることを全力で。パラリンピアンからのメッセージ」
日程:7月23日、24日、25日、26日、28日、29日。各セッション1時間内容:トーク(花岡さん、パラリンピックについて、質問タイム)
料金:500円 / 1人