“女性アナウンサーの登竜門”として有名な上智大学のミスコンが廃止され、2020年から新たなコンテストが開催される。
性別を問わず募集し、「女性」と「男性」の性差を強調しないよう、ウェディングドレスの着用なども取りやめるという。また、候補者が「容姿」だけで評価されることをできる限り避けるため、新たな審査基準を設けた。
背景にあるのは、大学のコンテストがはらむ、ジェンダーや外見至上主義(ルッキズム)の問題だ。
「今も何がベストなのかわからないし、悩みながらやっています」。コンテストを主催する上智大生は、その葛藤を語る。同大2年生で、「ソフィア祭実行委員会コンテスト局」に所属する荒尾奈那さんに話を聞いた。
「ミスコン廃止」にいたるまで
上智大学の学祭で開催されるミスコン「ミスソフィア」は、1980年代から続くコンテストだ。
これまで、河野景子さん(元フジテレビアナウンサー)、大橋未歩さん(元テレビ東京アナウンサー)、杉浦友紀さん(NHKアナウンサー)ら数多くの女性アナウンサーを輩出した。
しかし、ミスコンをめぐっては、女性が容姿に基づいて「順位づけ」されているとして、長く批判もされてきた。
女性を「商品化」しており、性の搾取である。人を見た目や身体的特徴だけで評価したり、差別したりする「ルッキズム(外見至上主義)」を助長している...といった指摘だ。
ミスコンやミスターコンの開催を認めない大学もある。法政大学は2019年11月、声明を発表し、「『ミスコン』とは人格を切り離したところで、都合よく規定された『女性像』に基づき、女性の評価を行うものである」と批判。学内でのミスコン・ミスターコンを一切容認しない姿勢を示した。
東京大学では、2019年の「ミス&ミスター東大コンテスト」(同大広告研究会主催)に対し、学生有志団体が抗議活動を行った。団体は現在、「ミスコン&ミスターコンを考える会」として、ミスコン・ミスターコンをめぐる問題についてSNSなどで発信を続けている。
また、ルックス重視のコンテストとは異なるコンセプトを掲げる講談社主催のオーディション「ミスiD」などもある。「ミスiD」は、「ルックスやジャンルに捉われず、新しい時代をサバイブしていく多様な女の子のロールモデルを発掘する」と宣言している。
荒尾さんによると、上智大では学内外からの指摘を受け、2019年ごろから「ミスコンを変えよう」とする動きが出てきたという。
「同じ上智大生や教授から、ミスコンはジェンダーの観点で問題があり、多様性を尊重する上智大でやるのはどうなのか、という声が寄せられていました」
「意見を受けて、2019年のミスソフィアでは性別欄をなくし、誰でも応募ができるようになったんですが、それでもジェンダーの観点でやっぱり問題があるし、ルッキズムにも繋がっている。『ミスコン』じゃないかたちでコンテストの良さを受け継ぐことができないか、という話になりました」
学生らで構成するコンテストの実行委員会で、話し合いを重ねた。
「従来の『ミスコン』『ミスターコン』は廃止しよう」――。2020年から、新たな審査基準などを設けた「ソフィアンズコンテスト2020」を開催することになった。
新しいコンテストはどう変わる? ウェディングドレスの着用などを廃止へ
新設される「ソフィアンズコンテスト2020」は、「ミス=女性」、「ミスター=男性」という区別をなくし、性別やジェンダーを問わず候補者を募集した。
また、過去の「ミスソフィア」「ミスターソフィア」では、本選で女性はウェディングドレス、男性はタキシードを着用していたが、「性差を画一的に強調している」と考え、ドレスやタキシードの着用は廃止するという。
協賛企業による表彰の内容も見直した。
大学のコンテストでは、グランプリと準グランプリの表彰の他にも、「クライアント賞」など協賛企業による表彰がある。2019年の上智大のコンテストには、フジテレビやコーセーなど数多くの企業が協賛していた。
従来は、一部のクライアント賞は、「女性のみ」または「男性のみ」が対象と区別されることもあった。しかし、2020年はすべての賞が男女平等になるよう、企業側と交渉を進めているという。
「性別も国籍も関係なく、多様性を尊重するということがこのコンテストの理念であり、ジェンダー問題に向き合い、時代に合った革新的な企画運営に努めてまいります」
4月、コンテスト実行委はSNSで声明を発表し、そう宣言している。
「ルッキズム」の問題とどう向き合うか...学生たちの葛藤
コンテスト実行委のメンバーが苦悩したのは、候補者が「容姿」や「見た目」だけで評価される、いわゆる「外見至上主義(ルッキズム)」をめぐる問題だ。
「ルッキズムの問題は本当に難しくて、今も何がベストなのかわからないし、悩みながらやっています」。荒尾さんはそう語る。
候補者が外見だけで評価されることを避けるため、2020年のコンテストでは、新たな審査基準を設けることにした。
以下の3つの部門ごとに候補者を審査し、固定ポイント制で合計点が最も高かった候補者がグランプリに選ばれる、という仕組みだ。
①SDGs部門(インフルエンサーとしての、社会的な影響力をアピールする。候補者は自分で選んだSDGsのアジェンダに関わる活動を行い、その発信をSNSなどで行う)
②スピーチ部門
③自己PR部門
「3つの部門ごとに審査することで、候補者が『外見』だけで評価されることをできる限り回避できるのではないか、と考えました。例えば、SDGs部門では社会課題などを発信するインフルエンサーとしての活躍を競うんですが、自己PRで評価されても、社会課題に対する意識が低いとグランプリには届かないかもしれない。実行委員で話し合い、今年はこの審査基準でやってみよう、ということになりました」
5月からコンテストへの応募を開始し、実行委員のメンバー約30人で、第一次・第二次面接を実施した。
審査方法は本選と同じだ。3つの部門ごとに応募者を審査し、総合ポイントが高かった6人が最終候補者に選ばれたという。
「正直に言って...」。記者に、最終候補者の写真を見せながら、荒尾さんは躊躇いを見せた。
「最終候補者を見て、『結局、従来と変わらないじゃないか』と感じる方もいらっしゃるかもしれません。いわゆる『綺麗』とされる方々だからです。でも、一人一人すごく個性があって、SDGsとか社会に対する意識も高く持っている人を選考したので、その個性を見てほしいと思います」
「外見に基づいて人を評価することはルッキズムに繋がり、問題だと思うんですが、一方で、外見の個性を否定することはしたくないという思いもあります。綺麗になりたいと思って努力している人を否定したくないし、その気持ちを大事にしたい。今でも悩んでいて、世間からどんな反応があるのか、不安も大きいです」
言葉を選びながら話す荒尾さんの姿には、葛藤がにじんでいた。
▼「ソフィアンズコンテスト2020」の最終候補者。女性4人、男性2人が選ばれた。
▼こちらは、2019年の「ミスソフィア、ミスターソフィアコンテスト」の最終候補者の写真。
「コンテストをなくしたくない」という思い
そもそも、人を「順位付け」するコンテストを開く必要はあるのか。コンテストの開催自体を懐疑的に捉える声もある。
しかし、ミスコンが「アナウンサーの登竜門」と言われてきたように、大学のコンテストはキャリアアップにつながる場所でもある。
今回の候補者の中には、モデル志望だが、従来のミスコンには出場したくなかった、との思いを持った学生もいたという。
「夢を叶えるための登竜門、ステップアップとしてコンテストという場を提供することは、一定の価値があるんじゃないかと私は思っています」
荒尾さんは、高校生の頃から大学のミスコンを欠かさずチェックするほどの「ミスコン好き」だった。
コンテストに出場する学生を近くで支え、応援したいという気持ちで、大学入学後にコンテスト実行委員会の面接を受けたという。
「大学のコンテストは、出ている人が成長して、すごく感動する舞台でもあるんです。コンテストを通じて、こんなに面白い人、素敵な価値観を持つ人がいるんだといろんな人に知ってもらえる。上智生を発信していくという意味でも、これまでコンテストに出た人、出る人のためにもコンテストは続けていきたいと私は考えています」
荒尾さんが期待するのは、今回の「ソフィアンズコンテスト」が、問題提起の一つとなることだ。
「自分自身もコンテストの改革に携わることで、従来のミスコンに違和感を持つようになって、ミスコンの課題に気づくことができました。例えば、ミスコンには企業の協賛が不可欠で、運営側が改革したいと思ってもなかなか踏み出せない、という事情もあると思います。学生にとっては、クライアント賞をとることは将来の夢にも繋がります」
「新しいコンテストが、多くの人がミスコンについて考えるきっかけになってほしい」。荒尾さんはそう語る。
「ソフィアンズコンテストが変わることで、企業や、他の大学のミス・ミスターコンにも影響を与えられたら嬉しいと思っています。今回が必ずしもベストではないので、世間の受け止めや意見を受けて、時代にあったものにしていきたいです」
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「世の中に対する批判的な視点をもち、継続の道を探したことを評価したい」識者の意見
今回の「ソフィアンズコンテスト」実行委の決定を、識者はどう受け止めるか。
著書に『ダイエット幻想: やせること、愛されること』(ちくまプリマー新書)などがあり、日本での摂食障害の問題に詳しい文化人類学・医療人類学者の磯野真穂さんは、「学生たちの努力の過程こそが大事」だと話す。
「女性の身体は男性の視点から一方向的に品定めされ、順位づけされてきた歴史がある。従来のミスコンはそれをわかりやすく顕現するエンターテイメントの一つと言えます。そして、『女性の美とはこういうものである』という画一化された規範は、日常生活を生きる女性にも影響を与え、時にそれは女性にとって必ずしも心地よくない身体の強制、あるいはわいせつ行為の正当化といった数々の問題を産み出してきました。ミスコンは、そのような歴史と切り離せない側面があります」(磯野さん)
一方で、コンテストという人と人とが“競い合う”イベントにおいて、外見で評価される「ルッキズム」を排除することは難しい、とも磯野さんは語る。
「人間社会において、『選ばれる』ということを完全に回避して生きるのは難しいと思います。みんな平等であるべき、ルッキズムを回避するべきと言うのは、平等を目指す上で素晴らしいことなんですが、その観点を突き通すのならば、コンテストはしない方がいいんです。ルッキズムを回避したところで、違う基準で順位がつけられることには変わらないからです」
「今回のことで、評価しなくてはいけないのは、コンテストを主催する学生たちがミスコンが抱えてきた問題に気づき、違うかたちのコンテストをやってみようと決め、それに対し応募者が集まったことです。主催者が自らが行おうとすることを批判的に俯瞰し、その上で継続の道を探した。その努力の過程と視座は評価されるべきだと思います。結局ルッキズムじゃないか、結局同じことをやっているのではないか、というような批判もあるかもしれません。もしかしたらこっちの選び方の方がもっと残酷であるという批判もあるかもしれません。ですが、主催者の試行錯誤から生まれる結果を私たちはまず見せてもらうべきだと思います」 (磯野さん)
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