街中で、好みの女性に目を奪われる。好きな女性と、「付き合いたい」と思う。
でも、性的な魅力を感じない。
男性と出会い、話していると、性的に強く惹かれることがある。
だが付き合いたいとは思わない。
「矛盾した感情に、毎日がストレスフルです」
自身を「同性愛者寄りの両性愛者」と語る、関東地方の男性Lさん。ハフポストの取材に、恋愛対象と性的対象の性別が一致しないセクシュアリティの苦しみを明かした。「性的指向が変わることを望む自分の考えは、『ありのままの自分を受け入れる』社会の流れに逆行している気がしてしまう」と、孤立感を訴える。
性的少数者の人たち自身が声を上げ続けたことで、多様なセクシュアリティに対する日本社会の理解は一歩ずつ進んでいる。一方で、恋愛的指向と性的指向が異なる人の苦悩や葛藤は、あまり知られていない。
■「どっちつかず」のもどかしさ
自分は、異性愛者じゃない。
Lさんがそう感じたのは、大学3年の時。バイト先の男性から、アプローチを受けた時だった。
「なぜか性的に惹かれる気持ちもあり、戸惑いました。進学のためにバイトを辞めて距離ができると、特に彼のことを何とも思わなくなりました。努力すれば異性愛に『揃えられる』んじゃないか。同性に対してドキドキする気持ちが、一時的であってほしいと願うようになりました」
大学院に進学すると、研究室の厳しい指導や就職活動の不安に加え、セクシュアリティの混乱が重なりうつ病を発症。ネット上で布教活動をしていた宗教に心酔したり、安楽死できる方法を調べたりした時期もあった。心療内科に通院し、投薬治療や生活習慣を見直して回復していった。
初めて人と交際したのは、25歳の時。相手は街コンで知り合った女性だった。だが仕事が忙しく、長続きしなかった。
「それ以降も、私に好意を持って接してくれる女性はいました。ですが、私はどうしても女性よりも、男性により強く性的魅力を感じる。『どっちつかずで中途半端』な自分が、誰かと付き合うのは失礼な気がして、積極的に恋愛できない。自分のセクシュアリティを告白できるほど、他人に心を開けないでいます。とてももどかしいです」
■2つの指向は、必ずしも一致しない
性的少数者の人たち自身が声を上げ続けたことで、多様なセクシュアリティに対する日本社会の理解は、少しずつだが前に進んでいる。同性カップルの関係を公的に認める「パートナーシップ 制度」の導入も、各地に広がりつつある。
こうした中で、Lさんは「性的指向を変えたいという自分の望みは、社会の流れと逆を行っている。どこにも助けがないように感じています」と訴える。
どんな性のあり方でもフェアに生きられる社会を目指して活動する一般社団法人「fair」の松岡宗嗣さんは、「恋愛的(ロマンティック)な指向と性的(セクシュアル)な指向を分けて考えた時に、これらは必ずしも一致せず、異なった方向に向かうことは往々にしてあります。Lさんのように、恋愛的指向は女性に向くけれど、性的指向は男性に向く、というセクシュアリティは、特異ということでは全くないのです」と強調する。
「恋愛的指向という言葉は、アセクシュアル(無性愛)の当事者コミュニティでよく使われています。最近だと、アセクシュアルはよく『性的な魅力を他人に感じない』と説明されることが多いのですが、アセクシュアル当事者の中には、ドキドキする、付き合いたいといったいわゆる恋愛感情を他人に抱く人もいれば、そうでない人もいます。
そういったコミュニティの多様性を説明する際に必要だったのが、恋愛的なものと性的なものを分けて考える言葉だったのです。他者に対して恋愛感情を抱くあり方を『ロマンティック』、そうでないあり方を『アロマンティック』と呼びます」
松岡さんによると、ロマンティックの中でも、
・異性に恋愛感情を抱く人=『ヘテロ・ロマンティック』
・同性に抱く人=『ホモ・ロマンティック』
・女性と男性の両方に抱く人=『バイ・ロマンティック』
と呼ぶこともあるという。
■切り捨てずに認めてほしい
性的少数者に対するいじめが繰り返され、偏見も根強い日本社会で、職場や家族にセクシュアリティを隠して生活する人は多い。
こうした生きづらさが、Lさんに「セクシュアリティを変えたい」という思いにさせるのだろうか。
Lさんは「私の場合は、自分の中で恋愛対象と性的対象の性別が矛盾していること自体が一番苦しい。同性愛者への差別や偏見が無くなったとしても、ここを一致させたいという願いは変わらないと思います」と話す。
「恋愛対象と性的対象が完全に一致する人だけでなく、自分のようなセクシュアリティの人もいるということをまず知ってほしい。そんな人はいないと切り捨てられることなく、『あなたはそうなんですね』と認めてもらいたい。そうなれば、現実が自分の理想と違っても、少しずつでも良い方向に向かっていると感じられる。未来に希望が持てるんです」
■葛藤は当然で、大切なプロセス
性的少数者の学生などの相談支援に取り組む公認心理師・臨床心理士の大賀一樹さんは、「異性愛を良しとする文化や、恋愛対象と性的対象は『一致しなければならない』とされる環境は、そうではない人が自分のセクシュアリティを『完璧・完全ではない』と否定し、自身を大事にできなくさせてしまう」と指摘する。
大賀さんはこれまでにも、恋愛対象と性的対象が異なるという悩みや相談を何度も受けてきたという。
「マイノリティだと気づいた時につらいと感じるのは当然。『一致しないこと』から生じる葛藤は自己理解をする上で大切なプロセスで、決して『問題のある状態』ではないのです」
「重要なことは、孤立させないこと。その人が自身のセクシュアリティの不一致に悩む時、『異性愛者になりたい、同性愛者になりたい』と思うのであればそれが全てです。「一時的なものに過ぎない」と軽視せず、『あなたは今ここで、そういう気持ちなんだね』と受容する理解者や支援者が側にいることで、本人の苦しみを軽減できると思います」