新型コロナウイルスの影響で、エンタメビジネスは激変を迫られている。
「打首獄門同好会」や「ガガガSP」、「かりゆし58」などが所属する音楽レーベルを運営するLD&K。1991年の創業以来、音楽事業とともに、東京・渋谷を中心に多数のライブハウスや飲食店経営も手がけてきた。もちろん、経営へのダメージは計り知れない。
しかし今、社長の大谷秀政さんはライブハウスの新規開業を含めた大きな事業を新たに始める計画だという。一体どんな勝算があるというのか?直撃した。
「こんな状況の中、ライブハウスをオープンします」
LD&Kは全国でライブハウスを5つ、飲食店を20以上抱える。月の売上は、およそ音楽事業と店舗経営事業で半分ずつだったという。
「2月の終わりからアーティストはライブができず、グッズも売れない。ライブハウスもほぼ運営できず、飲食店も4〜5月は休業していました。3月から売上9割減の状況が続きました。
それに対して1カ月の支出は1億円。収入が激減した今もそれは変わっていません。家賃が3000万、スタッフの給料が6000万、その他光熱費などが1000万」
そんな同社から、大きなニュースが飛び込んできたのは、緊急事態宣言が解除された直後のこと。閉店を余儀なくされたライブハウスが全国に相次いでいた頃だった。
「こんな状況の中、 LD&Kは7月末に横浜駅前にキャパ1000人程度のライブホールをオープンします」
ライブハウスの営業が本格的に再開できるのはいつになるのか。その先行きが見えない中、なぜ新規開業に踏み切ることができたのだろうか。
「発表したのはこのタイミングになりましたが、2019年くらいから動き始めていました。今、ライブハウスは苦境にありますが、コロナ以前は、実は経営は安定していたんです。なぜなら、この10年くらいの音楽業界では、音楽ソフトや配信よりもライブのほうが市場規模が大きくなり、ライブハウスの需要があったから。
そもそも、ライブハウスをやろうと思っても、立地の問題や近隣からの苦情が多いなどの理由で、物件は少ないし、時間もお金もかかります。今回は元々VRシアターだったものを引き継ぐ形でオープンするので、初期投資は抑えられる。1000人キャパはうちとしても最大規模で、いろんな挑戦ができるチャンスだと思いました。コロナが収束に向かえば、また人がライブハウスに集まるはず。僕はそう考えているので、今ここで足を止めようとは思いませんでした」
「1000 CLUB(サウザンドクラブ)」と名付けられらた横浜のライブハウスは、当面はライブ配信スタジオとして使用するという。
苦渋の選択、でも意外な反応が次々と
そして、同社が同じく7月にローンチしたのが、ライブ配信サブスクリプションサービスのプラットフォーム「サブスクLIVE」だ。LINEとの共同事業となる。
「結構前から、ライブ配信には注目していました。昔、着うた・着メロがあった時代、1曲は100〜400円くらいで売られていましたよね。そんなふうに、ライブ配信に値段を付けて、たとえ数十人でも観てくれる人が全国にいれば、通常のライブにプラスαの収益を上げることができる」
ライブ配信時代の到来。改めてそれが確信に変わったのは、「打首獄門同好会」が、2月末、いち早く無観客ライブの配信を行った時だったという。47都道府県をめぐるツアーの最終日が中止に追い込まれた末の、苦渋の選択。しかし、お客さんの反応は、意外なほどに歓迎一色だった。
「『待ってました』という声が多く届きました。育児や介護、海外や地方在住など、物理的な事情によってライブハウスに行けない人が、世の中にはたくさんいる。普段は忘れがちですが、東京に住んで、自由に夜に出歩ける人って意外に少ない。その人たちのために、配信をやろうと思いました。そして、その人たちがいつかタイミングがあった時には、生の体験を求めてライブハウスにも来てくれるだろうと」
10代〜20代の頃はライブハウスに足繁く通っていても、その後、環境の変化によって足が遠ざかってしまった人は多くいるはずだ。そんなリアルな声を聞いて、大谷さんは配信ライブ事業に乗り出すことを決めた。
ライブハウス経営者やアーティストの中には、ライブ配信が定着することで、実際にライブハウスに来る観客が減るのではないかと危惧する声も多い。しかし、30年間、音楽業界で闘ってきた大谷さんはこう断言する。
「配信があるからといって、ライブハウスに行きたいという人は絶対に減らない。音楽を生で聞く、その体験は特別、別物ですから」
メジャーのレコード会社にはまだできないこと
LD&Kはインディーズレーベルだ。大谷さんは「会社を大きくしすぎないのは、やりたいと思った時にすぐ動けるため」だと語る。
実は、ライブ配信を難しくする理由が、音楽業界の特性にもあるのだという。
「メジャーのレコード会社だと、権利関係が難しい。たとえば、アーティストが配信ライブをする時に(レコード会社側に)お金を請求される場合があり、アーティストにとってはハードルが高いんです。
うちはiTunesが日本で始まった時に、かなり早い段階で契約したレーベル。その後YouTubeもいち早く始めた。今回のライブ配信も、メジャーのレコード会社ができないからこそ、うちが先んじてやるチャンスだと思いましたね。
音楽業界が遅れを取ると外からIT畑の人がやってきて、持っていってしまう。最近はずっとそうです。楽曲のサブスクリプションサービスも、AppleやSpotifyがトップ2で、レコード会社は乗り遅れました。
今はアーティストが自分で音楽を届けられる時代だからこそ、僕たちレーベルやライブハウスは新しいことを常に求めていかないと、すぐに見切りをつけられてしまいます」
「サブスクLIVE」は、月会費580円でライブを見放題のサービス。同社が運営事務局となり、ライブハウスやアーティストの負担が増えないよう、2021年3月まで配信に関わる機材やオペレーターを無償で支給。長期的なプロジェクトとして、ライブハウスやアーティストを支援する。
ライブ配信には、照明やPA、ローディーなどのスタッフも欠かせないため、彼らに仕事を生むこともできると考えている。
「まだいつライブが本格的に再開できるかはわからないけれど、再開した時に同時に配信も行うことで、新たに収入源が増えることになります。アーティストのコロナ以前の収入源の内訳は、およそライブが50%、グッズが25%、楽曲・映像販売が25%でした。ライブ配信を始めたら、将来的にはそれに25%くらいの売り上げは加えられるのではないかと考えています」
夢は「センター街でうずら卵屋さん」
「打首獄門同好会」は、ライブができない状況でもファンのためにSNSでの発信やVRでのライブ配信などの試みを続けている。グッズも販売し、その中に「LD&K救済Tシャツ」もあった。
「打首は『ファンファースト』がすごいですよね。Tシャツも、本当にありがたいですよ。
昔所属していたアーティストも、世話になった恩返しだと言って、クラウドファンディングで50万とか20万円とか寄付してくれて。感動の連続でしたね。この状況で、『みんな、こんなに会社を愛しているんだ』と気づきました」
売上は9割減、月の支出は1億円。それでもライブハウスを新たに開業し、配信ライブも始める。
LD&Kは、来年で創業30年を迎える。大谷さんは、時代の変化を見極めながら、その先を読み、音楽業界に変革を促してきた。
最後に大谷さんは、自身の「夢」について、明かしてくれた。
「僕が一番やりたいのは、渋谷のセンター街の一番いいところで、うずら卵屋さんを開業すること(笑)。誰も買わないけれど、みんな知っていて、『意味わかんないよな、あの卵屋』と言われるような。『みんなが知っている無駄なこと』を存在させるのが、僕の夢なんですよね。
みんなが思っている経済的なセオリー、ルールから価値観をずらしたいんです。音楽やライブハウスを通して、そういう価値観のズレを生みたい。今、ライブハウスを新しく持つことも、その考えと繋がっていると思います」