新型コロナが中国に与えたダメージは深刻だ。
企業の倒産や失業は公式発表よりも多いとされ、5月の全人代(国会に相当)では毎年恒例だったGDP成長率の目標も示せなかった。
さらには李克強(り・こくきょう)首相が「中国では約6億人が月収1000元(約1万5000円)で生活している」と暴露してしまうなど、足元の貧困脱却が進まない現状も明らかになった。
そんな状況なのに、なぜかネット上の買い物は盛んだ。
6月中旬に実施された大規模なセールでは、2大プラットフォームだけで過去最高記録となる10数兆円の売り上げを記録。スマホや家電が飛ぶように売れた。
その裏には一体どんなカラクリがあるのか、取材した。
■“兆”が動く祭典
「カメラを新調しようかと思っているんです」
「家電のマーケティングに力が入っていたね、今年は」
筆者の元に寄せられた中国人の声だ。
中国には「618」と呼ばれるネット通販の祭典がある。通販プラットフォーム大手「京東(ジンドン)」の創業記念日が6月18日であることにちなみ、毎年実施されるものだが、今や京東に限らず中国じゅうの通販サイトが参入し、さながら安売りの祭典といった様相を呈している。
5月末から6月中旬までの「618」期間中は、通販で買える品物の多くが安くなるうえ、プラットフォーム側もクーポンなどを気前よく配布してくれる。1日で数兆円の取引がなされる11月11日の「独身の日」につぐ規模感だ。
実際、新型コロナが中国の景気に与えた影響は大きい。6月も北京の市場でクラスター感染が発生するなど、予断を許さない状況だ。
それにもかかわらず、今年は売れた。主役の京東の期間中の注文金額が2692億元(約4兆円)を記録すれば、最大手のアリババ「天猫」も6982億元(約10.5兆円)と、ともに最高記録を更新した。2大プラットフォームだけで15兆円近くが動いた計算になる。
経済の先行きが不透明な状況で、一体何が彼らを「爆買い」に駆り立てたのだろうか?
■“巣篭もり”もたらした反動
「逆にコロナがあったから、今年は盛り上がったんだと思いますよ」
そう話すのは、上海のIT企業で働く中国人女性(29)だ。中国では、感染拡大防止のために日本よりも厳しい外出制限が実施されたが、結果的に“追い風”となったとみる。
「みんな家から出られず不便な思いをしたから、ネットで買い物する習慣が一気に広がりました。私の周りだと家電を買った方がたくさんいますよ」と解説する。
「618」は毎年恒例のイベントのため、中国の消費者は、この時期に必ず割引セールが実施されることがわかっている。外出制限が明けてもすぐには消費行動に走らず、セール期間に合わせて家電などの買い替えをした人も多いはずだ。
実際にアリババの通販プラットフォーム「天猫」では、資生堂などの美容関連のほか、アップルやハイアールなど、スマホや家電メーカーが売り上げ1億元(約15億円)を達成している。
また、コロナをきっかけに商売の場をネット空間に移した人も多い。アリババの発表によると、感染拡大から200万のネット店舗が新たに開業したという。
この女性は、景気への影響についても「確かに打撃を受けましたけど、手元にお金が残っている人も多かったから、購買欲も消えていないのかな、と思います」と実感を話す。
“売る側”もそれを感じている。
「天猫」の趙戈(ちょう・か)執行役員は、6月に開かれたオンライン会見で「(コロナで)確かに消費や生産は一時止まったが、それ自体は一過性だ。中長期に見れば経済への影響はないと思っている。小売や輸入製品への意欲は落ちていない」と分析している。
■誰でも販売員
さらに衝動買いを焚きつけるのが「ライブコマース」と呼ばれる手法だ。
通販プラットフォーム上で行われるネット生配信のことで、配信者は特定の商品を売り込んでいく。視聴者がコメント欄で質問すると返事が返ってくる双方向性が特徴で、欲しくなった商品は画面上のアイコンをタップするだけで購入画面にとべる。
例えば、ファーウェイ社製のスマホを専門に扱うショップのライブコマースでは、店員が画面に登場する。
日本のテレビショッピングのような歯切れの良さはないが、「予算が3000元だったらこの機種がいいですよ。セルフィーもバッチリです」などとコメントに答えていく。「この商品も見た目がオシャレだけど、私はこだわらないから、あまり良さが分かりません」などと話す一幕も。セールストーク一辺倒にならないのもポイントのようだ。
このライブコマースの主体も多様化している。ファンを多く抱えるインフルエンサーに加え、先ほどのような店舗の店員や農家、それに企業の社長なども次々に参戦し、現地機関の分析によると、6月18日だけで延べ4億人以上がライブコマースを視聴したという。
■政府の思惑も
「中国の経済力は旺盛だ」「中国の消費史に残る」
「618」の結果を受けて、国営新華社通信に掲載された文章だ。こうした記事は多くの現地メディアを賑わしていて、618を契機に「消費が戻ってきた」というムードを作り上げたい狙いが透ける。
「経済復活の象徴」を演出するために中国政府が使ったのは「消費券」と呼ばれる電子マネーだ。
中国は、日本などと違って現金給付はないが、代わりに電子マネーの配布で消費を後押ししようとしてきた。例えば、世界で最初に感染が爆発した武漢市では、4月から総額350億円規模の消費券の配布が始まった。スマホから簡単に受け取れる、給付スピードが最大の特徴だ。
今回は、618のセール期間に新たな「消費券」の配布をかぶせることで、さらなる消費拡大を狙った。武漢市では期間に合わせて再び配布されたほか、ほかの都市でも同様の措置が取られた。
例えば、「天猫」では地方政府やブランドと協力して合計140億元(約2100億円)の消費券や補助金を配布した。さらに「京東」は北京市と協力して、市民向けに専用の「北京消費券」をアプリ経由で配るなどした。
新華社はこうした取り組みを「出品ブランドに上半期最大の成長の機会をもたらした」と肯定的に評論している。
コロナ禍が終わりを告げる前にも関わらず、巻き起こった「爆買い」の再現。消費拡大ムードをつくりたい政府と、それに協力するプラットフォーム、新しい販売方法の隆盛など、様々な要因を組み合わせれば、コロナ禍においても消費を引き出せることを証明した形だ。