黒人差別の撤廃を求める「Black Lives Matter」運動が全米で広がり、米企業が人種差別に反対するメッセージを表明している。一方で、企業の発信には「偽善的だ」「実態が伴っていない」などの批判も寄せられており、具体的な行動を求める声も強い。
グーグルやアディダスは新たな採用方針を発表し、黒人を含むマイノリティーの雇用比率を増やすことを表明した。
「Black Lives Matter」に多くの企業が賛同。一方で、「偽善的だ」との指摘も
アメリカ・ミネソタ州で5月、黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人警察官に首を圧迫され死亡した事件は、多くの人の怒りを生んだ。
事件を受け、2013年に広がった「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ、黒人の命を軽視するな)」運動が再燃。全米各地で抗議デモが続いている。
多くの企業がこの運動に賛同した。
ディズニーは、「人種差別に反対します。インクルージョンを支持します」とTwitterで表明。ブラック・コミュニティーをサポートする姿勢を示した。
ネット配信サービスのネットフリックスは、「沈黙することは、共犯と同じです」とTwitterに投稿した。「黒人の命は大切です。私たちは黒人のメンバー(会員)、従業員、クリエイター、タレントたちのために、声を上げる義務があります」とつづり、差別への反対を強く訴えた。
スポーツ用品大手のナイキは、事件を受けて1分間の動画をTwitterに投稿。「アメリカには問題がないと装うのはやめてください」「傍観や沈黙しないでください」と訴え、「変化を起こしましょう」と連帯を呼びかけた。
アマゾン、グーグル、アップル、フェイスブック、ツイッター...Black Lives Matter運動へのサポートを表明した企業を挙げると枚挙にいとまがない。
企業やブランドは、顧客離れを恐れて政治的な立場を表明するのを避ける傾向にある。今回の事件を受け、企業が明確なスタンスを示していることは、画期的とも言える。
一方で、そうした対応が「偽善的」だとする指摘もある。
多くの企業がアメリカ社会に蔓延る白人至上主義や黒人差別に反対を示しながらも、その内側では実態が伴っていないためだ。
役職に就くアフリカ系アメリカ人の少なさ
米政府の人口推計によると、アメリカの全体の人口のうち、13.4%が黒人やアフリカ系アメリカ人が占めている。
▼アメリカの人口における人種の割合
白人(ヒスパニック系以外) 60.4%
ヒスパニック系 18.3%
黒人 / アフリカ系アメリカ人 13.4%
アジア系 5.9%
ネイティブアメリカン 1.3%
など
一方で、役職に就いている黒人の割合は少ない。
例えば、経済誌のフォーチュンが選ぶ全米トップ500社の企業「フォーチュン500」のうち、黒人のCEOはたった4人しかいない。その割合はわずか1%だ。
インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)の調査によると、2175社のうち、取締役に就く黒人の割合は4.1%だ。
差別に反対するメッセージを発信する企業側が、「差別的な構造」を擁したままになっていないかーー。
こうした矛盾が指摘されているのだ。
特に、シリコンバレーを中心に隆盛したIT企業では、白人男性が優位的な立場にいると批判されてきた。
Netflixが公表している社内のダイバーシティに関するレポートによると、アメリカ本社で働く黒人の従業員の割合は7%にとどまっている。役職(リーダーシップ)に就いている人種の割合は、白人が60%なのに対して、黒人は8%だ。
スポーツ用品大手のナイキも同様の批判にさらされた。
同社は、NFLの試合で黒人差別に抗議するため国歌斉唱中に片膝をついたコリン・キャパニック氏を広告起用するなど、人種差別に反対するメッセージを発信している。
同社が公表している「社内の多様性に関するレポート」(2019年のデータ)によると、全従業員のうち、黒人またはアフリカ系アメリカ人が占める割合は21.6%だ。人口の割合でみると多いものの、その数は、2017年の23.5%から減少傾向にある。
しかし、役職に就いている黒人の数を見てみると、その割合は著しく下がる。マネジメントを担うディレクターの数は4.8%で、ヴァイス・プレジデントの比率は9.9%だった。
CNBCによると、ナイキCEOのジョン・ドナホー氏は従業員向けにメールを送り、社内での多様性やインクルージョンの取り組みについて説明。「過去数年で前進はしてきましたが、道のりは長いです」とつづったという。さらに、全米のブラック・コミュニティーを支援するために4000万ドル(約43億円)を寄付することを発表した。
「ショーをやめて、実際に『サポート』をしましょう」
「Black Lives Matterにサポートを表明し、寄付をしてくれて感謝しています。しかし、企業のPRのためなのではないかと思ってしまいます」
アフリカ系アメリカ人のシャロン・チューター氏は、6月初旬、Instagramで「#pulluporshutup(上げるか、黙るか)」と銘打ったプロジェクトを立ち上げた。
Black Lives Matterへのサポートを表明した企業に対し、「黒人の雇用比率やリーダーシップ(役職)に就いている黒人の割合」を公表するよう求めたのだ。
「多くのブランドが気まぐれなPRをして、寄付合戦をしているのをみました。しかし、そうした企業の行動が直接的な変化をもたらすもので、それが具体的であるか、私たちは確認する必要があります。ショーをやめて、実際に『サポート』をしましょう。この問題を掘り下げてみましょう。透明性と説明責任によって変化を起こせるのです」
チューター氏はTHE CUTのインタビューで、そう答えている。
批判に向き合う米企業
具体的な行動を求める人々の声に、企業も応え始めた。
グーグルは、社内のダイバーシティーを改善するための採用目標を発表した。ロイター通信によると、同社の米国本社では、幹部の大半である約96%が白人またはアジア人が占めていた。2025年までに、マイノリティー(少数派)グループ出身の幹部を30%増やすという。
アディダスは、新しく雇用する従業員の少なくとも30%を黒人かヒスパニック系にすると宣言した。
大手コスメ専門店のセフォラは、同社が取り扱う商品のうち15%を黒人のクリエイターや事業主のブランドから仕入れると発表した。
アメリカでは、黒人の人口比率(約15%)にあわせて、お店の棚に黒人事業主の企業などから仕入れた商品を15%以上置くようにする運動「15 Percent Pledge」が広がりつつある。
「何もしないこと」が企業にとってリスクになる
「タイムズスクエアでは、電光掲示板が真っ黒になりました。コカ・コーラなどの企業が、ブラック・コミュニティーにサポートを示すために広告を出しているんです。何もしないことの方が、もはや企業にとってはリスクになるという状況です」
ニューヨーク在住のジャーナリストでアメリカ社会に詳しい津山恵子さんは、変化の兆しを感じているという。
「2016年に、コリン・キャパニック氏がNFLの試合中に膝をついた時は、トランプ大統領候補(当時)が強く彼を批判しました。2018年、ナイキがキャパニック氏を広告起用したら、ネット上ではナイキの商品を燃やす写真や動画が拡散されました。今回はそういった目立った批判が起きていません。わずか2年でここまでの変化が起きたということを目の当たりにしています」
《2018年9月、Twitterに投稿された動画。ナイキがキャパニック氏を広告起用したことを受け、一部のユーザーがナイキの商品を壊したり、火を付けたりする動画や写真を投稿した。》
今回のBlack Lives Matterのムーブメントにも、反発の声はある。白人優越主義者などは、元のスローガンを軽視する「All Lives Matter(すべての人の命が大切だ)」という言葉を使い、抗議者たちを批判している。
しかし津山さんは、「『All Lives Matter』という言葉はもう禁句となっています」と話す。
「アメリカ社会の中で、黒人の命は虫けらのように扱われ、長い歴史の中で迫害を受けてきました。黒人の命を底上げしなくてはいけない状況で、『すべての人、白人の命も大事だ』とはとても言えないからです。企業としては『Black Lives Matter』という言葉を使わないと、ビジネスを失うという状況にいるんです」
◇
ただスローガンをSNSに投稿するだけではなく、実際に行動をーー。抗議のうねりを受けて、企業側にも、私たちにも、本格的な変革が求められている。
6月23日(火)午後9時から、ハフポスト日本版のTwitterアカウントで、「アメリカ企業の『政治発信』から日本人が学べること。働く人が社会にコミットする時代」をテーマにした番組をライブ配信します。
▼配信URLはこちら
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