新型コロナはあらゆる面で、これまで起きていた構造変化を「加速」させている。資本主義の変容もその一つかもしれない。国連で採択された持続可能な開発目標「SDGs」がますます重要なキーワードになるだろう。新しい資本主義を世界が模索していく中で、「キーパーソンになるのは豊田章男氏だ」と語るのは経済ジャーナリストの片山修さん。豊田氏に20数年間にわたり取材を続けてきた片山さんが、その理由を寄稿した。
コロナ前から、資本主義は曲がり角にきていた
コロナ禍において、企業と社会のあり方は大きく変容し、いまや資本主義そのものが問われている。
それを事前に示唆するかのように、今年1月に開かれた世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)では、「シェアホルダー(株主)資本主義からステークホルダー(利害関係者)資本主義へ移行すべきだ」という発表があった。顧客、従業員、地域社会に配慮した、持続可能社会の構築の提唱である。
深刻化する地球環境や格差社会などを前にして、資本主義は本来、多様なステークホルダーに応えなければならないにもかかわらず、”株主”に偏り過ぎたとする反省があがっていた。そうした声は一層高まり、確実な動きになるキッカケをつくったのが、今回のコロナ危機といえる。
いってみれば、資本主義は今日、歴史的な転換点にあるといっていい。では、コロナ危機後の新しい資本主義を展望し、時代をリードしていくのは誰か。意外に思われるかもしれないが、筆者は、トヨタ自動車の豊田章男氏の名を挙げたい。一体それは、どういうことか――。
豊田章男とは、「何者」なのか
豊田章男氏は、2008年のリーマン・ショック後の2009年にトヨタ社長に就任して以来、次々と襲ってくる危機を乗り切ってきた。リーマン・ショックによる約4600億円の大赤字を抱えてスタートし、直後の米国を発端とする大規模なリコール事件、東日本大震災、タイの洪水、超円高をはじめとする六重苦などの窮地を脱してきた。
幾つかの危機を突破する中で、彼は企業のあり方について徹底的に学んだ。その最大の教訓が「持続的成長」である。
日本企業の多くは、バブル崩壊後、1990年代に”株主重視”の米国型経営スタイルを導入した。「ROE(自己資本利益率)」重視がその一例だ。決算発表では、「V字回復」や「過去最高益」といった言葉がもてはやされた。大方の日本企業は、過剰な成長路線を走った。トヨタも、その例外ではなかった。
実際、トヨタは、リーマン・ショック前の2007年度の売上高は26兆2892億円、営業利益2兆2703億円で、いずれも過去最高を更新した。
が、そこに襲って来たのがリーマン・ショックだ。直後の決算では、前述したように4600億円の営業赤字を計上した。過去最悪だった。
世襲批判のもと、社内に応援団がいない四面楚歌の中で、就任まもない章男氏は、悪戦苦闘する。
リーマン・ショック前に26兆円あった売上高は、2010年3月期決算から2012年3月期決算まで3期にわたって18兆円にとどまった。2兆円を超えていた営業利益は、いずれの年度も5000億円に届かなかった。立ち直るのには、4年の歳月がかかった。
この危機に、章男氏はこんな言葉を残している。
「無理して急成長しても、そのあと急降下してしまえば、多くのステークホルダーに迷惑をかけます」
どのような局面にあっても、一年一年、着実に”年輪”を刻んでいく「持続的成長」こそが最も大事だと。2014年3月期の決算説明会の席上でのことだ。痛烈な反省の言葉とともに、そう力強く話した。
「持続的成長」を軸にして経営をしてきた10年あまり
その後、章男氏は、幾多の困難を乗り越える過程で、企業体質の強化を図った。
異常が発生したら機械をただちに停止して不良品をつくらない。各工程が必要なものだけを、流れるように停滞なく生産するという2つの考え方からなるTPS(トヨタ生産方式)の強化、原価低減、固定費圧縮など収益改善を行った。
さらに、カンパニー制の導入、血判状をとりかわした副社長らとの「七人の侍」と呼ぶ経営チーム、そして副社長職の廃止など、次々に役員および組織体制を見直してきた。いずれも、「持続的成長」を根本に据えたものだ。
「先が見通せない時に人を切る会社にはなりたくない」
そしてこのコロナ危機。5月12日に開かれた2020年3月期の決算説明会で章男氏は、次のような発言をした。
「コロナ危機は、リーマン・ショックよりもインパクトがはるかに大きい」
しかし、「脅威」を前にしても、彼は落ち着いていた。上場企業の6割がコロナ危機を受けて今期の業績予想を未定とする中で、トヨタは、新型コロナによって、販売台数が2割以上減っても、5000億円の営業利益予想の見通しを示したのだ。
「何とかこの収益レベルを達成できたとすれば、これまでの企業体質を強化してきた成果といえるのではないかと思っています」と、前置きしたうえで、次のように語っている。
「先が見通せないというと、雇用について一律カットとかをいい出す。工場をクローズして働いている人に辞めてくださいという。トヨタは、絶対にそういう会社になりたくない」
章男氏は、この数年間でトヨタが稼ぐ力をつけたことに自信を持っている。真の競争力向上に向け、原価低減とTPSを徹底的に磨くと同時に、全員参加の業務改善を進め、稼ぐ力をつけてきた。稼ぐ力があってこそ、「持続的成長」が可能であり、コロナのような危機にも対応できるというのが、持論だ。
したがって、コロナ禍においても、富士山の麓で手掛けるスマートシティへの投資や、自動運転などを見据えた次世代の自動車ビジネスである「CASE」に対する研究開発費などは一切、減らさないというのだ。
(編集部注:CASEとは「コネクティッド(connected=つながる車)」「オートノマス(autonomous=自動運転)」「シェア(share=共有)」「エレクトリック(electric=電動化)」の頭文字をつなげた言葉で、自動車業界の先端技術の開発競争などを指す)
また、章男氏は4月10日の日本自動車工業会の記者会見の席上でも、次のように述べた。
「日本の自動車産業の技術を継承し、自動車産業を支え、日本の経済を復興していくには、サプライチェーンを維持する必要がある。そのために互助会的な仕組みをつくりたい」
コロナ後、トヨタ一社では日本経済の復興役を担うことはできない。日本の就業人口の約1割にのぼる約500万人の雇用を担う自動車産業を守り抜いてこそ、日本経済の真のアンカー役になれるというものだ。
コロナで移動時間80%減、会議資料50%減
コロナの影響で、トヨタ社内のデジタル化も一層加速しているようだ。
章男氏は、4月16日に緊急事態宣言が出されて以来、愛知県三河の研修所にこもって指揮を執った。そこでは、移動時間80%減、接触人数85%減、会議時間30%減、会議資料50%減が実現できることがわかったという。
「私と会うとなると、社員はみんな資料をつくり、その資料も役職が上の人ですと、誰かに書かせて、そして、それは現場が話しているときよりも1~2週間後の情報ということもしばしば。現在は、すぐにテレビ電話でそのときの悩み、困りごとを相談できる。それによって資料も半減している。ぜひともその時間を未来への投資、これからのトヨタへの仕事の方へリソースを変更していきたい」と、彼は語っている。
デジタル化への対応は、「持続的成長」のためにも必須である。彼は、これを機に、これまでやめたくてもやめられなかったことをやめ、新しいトヨタに向けてさらにアクセルを踏み込む。
コロナ後の世界では、経済、産業に大きなパラダイムシフトが起きる。現在、世界で「SDGs(持続可能な開発目標)が注目されているのも、新しい行動原理が求められているからだ。
「誰ひとり取り残さないという姿勢で、国際社会が目指している『SDGs』に本気で取り組みたい」と、彼はいう。
「SDGs」の登場で、持続可能な社会づくりの重要性があらためて世界で共有された。その基本理念は、「誰も置き去りにしない」である。
コロナ後、企業に対する評価は、これまでと変わる。世界から頼りにされ、必要とされる企業になるというのが、章男氏の想いである。
彼がアフターコロナのキーパーソンたるゆえんである。
著者プロフィール
片山 修
経済ジャーナリスト、経営評論家
愛知県名古屋市生まれ。2001年〜2011年までの10年間、学習院女子大学客員教授を務める。企業経営論の日本の第一人者。『中央公論』『文藝春秋』『Voice』『潮』などのほか、『週刊エコノミスト』『SAPIO』『THE21』など多数の雑誌に論文を執筆。著書に『ソニーの法則』(小学館文庫)、『トヨタの方式』(小学館文庫)近著『豊田章男』(東洋経済新報社)は全国の書店やAmazonで販売中。