声を上げることは無駄じゃない。日本人留学生の彼はいかにして日本政府を動かしたのか

新型コロナ感染拡大によって、海外に留学中の日本人学生は奨学金停止のうえ、早期帰国するよう日本政府から指示を受けました。これに対して声を上げ、奨学金継続を実現したワルシャワ大学留学生の高松秀徒さんに話を聞きました。
ワルシャワ大学に留学していた高松秀徒さん、現在は帰国して日本でオンライン授業を受けている
ワルシャワ大学に留学していた高松秀徒さん、現在は帰国して日本でオンライン授業を受けている
YouTube『留学生むけ奨学金一律停止について』より

「日本政府は、日本人留学生に対する奨学金の停止を撤回してください」━━。

3月中旬、このような内容の署名活動と、奨学金停止の通達を受けた日本人留学生の窮状を訴えた動画が、私のFacebookのフィードを埋め尽くした。

この署名活動動画は、JASSO(日本学生支援機構)とトビタテ留学JAPAN日本代表プログラムから奨学金を得て、外務省から「感染症レベル2」に指定された国々に留学している日本人留学生への奨学金支援停止の撤回を求めるものだ。

署名を立ち上げたのは、昨年9月より神戸大学からポーランドのワルシャワ大学に留学している高松秀徒さん。

これらはまたたく間に拡散され、数日のうちに政治家に声が届き、国会でその対応が話し合われた。

結果、いくつかの条件を満たした一部の学生に対しては、奨学金支給停止の撤回が発表された。

さらに、帰国に伴う経済的負担を鑑みた災害支援金も、政府の検疫強化日以降に帰国した一部の学生に限り、認められた。

高松さんはなぜ署名活動や動画投稿に踏み切ったのか? 発信を続ける中で感じたこと、政府やメディア、学生たちに伝えたい思いについて、話を聞いた。


寮費は半額、保険の有無問わず治療が受けられるなど、大学が手厚く対応

━━まず、日本に帰国するまでの間、ヨーロッパでいち早く国境封鎖の措置が取られたポーランドで、どのような気持ちで、何をして過ごしていたのか教えてください。

3月11日にWHOが非常事態宣言を出した直後、大学の授業が一旦全てオンラインに移行されることが決まりました。

3月15日0時には、ドイツとの陸路をのぞいて国境が全て封鎖、公園は利用できテイクアウトも可能でしたが、街では基本的にスーパーと薬局しか開いていない日々が続きました。

そのような状況下での大学の迅速な対応には安心させられました。例えば、寮費は半額、保険の有無に関わらず新型コロナに感染した場合は治療が受けられる、図書館の本がデジタルで無料でアクセス可能になる、何か困ったことがあればいつでも相談するように、といった連絡が大学から頻繁に来ました。

現地に残ることに対しての不安は正直そこまでありませんでした。奨学金の継続が既に補償されていれば、ポーランドに残っていたと思います。

平時のワルシャワ。歴史的建造物とパステルカラーの家々に囲まれた美しい街は、観光客にも人気
平時のワルシャワ。歴史的建造物とパステルカラーの家々に囲まれた美しい街は、観光客にも人気
https://www.polska.travel/pl/poznaj-atrakcje-i-zabytki/dziedzictwo-unesco/stare-miasto-w-warszawie

━━国境封鎖をしたポーランドから日本に帰国し、実家がある福岡にはどのように帰宅したのですか?

国境は封鎖されたものの、在ポーランド日本大使館から、ポーランド人の帰国のための成田空港行きチャーター便の往路便に、航空券を購入の上、搭乗し、日本に帰国できる可能性を示唆されました。

ただ、しばらくの間、いつ乗れるのかもわからない不安な状況でした。帰国が確定するまでは、寮を出ることを大学側に伝えたり、荷造りしたりもできませんでした。

また、その時点では災害支援金と奨学金支援継続の連絡がこなかったので、今回の帰国によって発生する経済的な負担も、常に頭をよぎっていました。

ヨーロッパからの帰国者は、日本政府の要請で公共交通機関を使って帰宅することができないため、14日間成田空港の近くのホテル等で自己隔離せざるを得ない可能性が高く、そんなお金などない、と戦々恐々としていました。

最終的には、同じワルシャワの大学から日本に帰国した福岡出身の学生の家族が迎えに来た車に同乗させてもらい、20時間以上かけてなんとか実家に帰ることができました。彼らには本当に感謝しています。

一方で、帰国する過程で感染し、福岡の家族に感染させていたら、と思うととても怖かったです。精神的に疲弊することもなく、安全に帰国と帰宅をするための手段が構築されていたら本当によかったのに、と強く感じました。

また、ポーランドにいる間に奨学金支援が継続されるという連絡があれば、オンライン授業ではあるものの現地での留学生活を続けることができたのに、と正直残念な気持ちでいっぱいです。

自分のためにも声を上げたが、一方でSNSの拡散力に恐ろしさも…

━━奨学金支援停止の撤回を求めるために、なぜ署名活動と動画発信をしようと考えたのですか?

僕自身、奨学金支援を受けているので自分のためでもあります。

ただ、「声を上げたところで何も変わらない」と周りが早期帰国するのを目の当たりにし、そんなことはないと証明したいと強く思いました。そうした周囲の行動に対して声を上げようと決意したのも事実です。

━━署名活動や動画への反応を含め、発信を続ける中で気づいたことを教えてください。

動画撮影を行った際には、時には気温が零度を下回る中、同じ大学に留学していた日本人の学生たちが撮影などを快く引き受けてくれました。

自分のSNSを活用したり、僕と同じ状況に直面している日本人留学生仲間に拡散をお願いしました。

多くの人が署名活動と動画に対して好意的な反応をし、本当に多くの人が拡散に協力してくれて心から嬉しかったです。

3月21日に動画を投稿してから、数日で国会議員の方の目に止まり、3月24日には国会で発表されるという非常にスピーディーな流れになりました。

ポーランドに留学している日本の学生の切実なユーチューブを見た。日本の外務省により、ヨーロッパ各国の感染症危険レベルが引き上げられたことによって、欧州へ留学する学生への様々な奨学金の支給が停止されてしまったということである。日本に帰って来いということか。一律の措置は問題ではないか。

— 福島みずほ (@mizuhofukushima) March 22, 2020

文部科学省に対応を急ぐよう訴えます。場合によっては明日の文部科学委員会で大臣に直接訴えます。 https://t.co/qFKpEe1iZ7

— きいたかし(城井崇) (@kiitakashi) March 23, 2020
まさに、政府に声が届いた瞬間
まさに、政府に声が届いた瞬間
NHKの報道より

一方で、予想を遥かに上回るインターネットの拡散力には、恩恵を受けたと同時に正直恐ろしさも感じました。

今回の経験を通して、インターネットの世界では、感情論が先行し、良いか悪いかの二元論で捉えられがちだと再認識しました。声を上げるという行動そのものがエネルギーを必要とすることを踏まえると、批判や指摘をする上での配慮の必要性も感じました。そうでないと、声を上げにくくなってしまうのではと危惧します。

また、私たちが抱えている複雑な問題を真に理解するのではなく、現在の政権叩きに利用し、別の方向に話を展開している人たちが一部いたように感じました。

3月24日の発表で決定された、奨学金支援の継続や緊急帰国の給付金は、全ての日本人留学生に該当するわけではありません。しかし、自分が支援対象者になった瞬間、協力をやめた日本人留学生たちが一定数いることは悲しかったです。

精神的に疲弊する問題ですし、一刻もこの問題から離れたくなる気持ちもわかりますが....。

━━奨学金支援停止の決定が翻った時、どのように感じましたか?

ものすごく驚きましたし、嬉しく思いました。

ただ一方で、緊急帰国の給付金は得られるものの、奨学金については元々支援されるはずだったものが、条件付きで再開されるだけです。新たに予算を追加するのではなく、既に奨学金用に組まれてある予算の中から使用するだけなはずなのに、なぜ出し惜しみをしたのか正直わかりません。

また、前述の通り奨学金支援の継続と緊急帰国の給付金の対象外となる人が一定数いるのも確かであり、問題はまだ残っています。これらの解決に向けて、一部の国会議員の方に4月下旬に要望書も提出しました。

決定の背景や理由を国民に説明してほしい 

━━まだ活動は続けられているんですね。一連の活動を踏まえたうえで、感じたことがあれば教えてください。

普段から感じていることでもあるのですが、日本政府には意思決定プロセスの説明が欠けてると思います。なぜその決定をしたのか、背景や理由を国民に納得できるように解説してほしいと思います。

今回の日本人留学生への奨学金支給停止問題に関しても、その決定に至った理由や経緯がきちんと説明されていないと感じました。

もちろん、完璧な政府や政治がないのは理解していますが、もっと意思決定の背景を透明化してほしいと強く願います。メディアには、日本政府から国民に向けたコミュニケーションを活性化させ、双方を繋ぐ役割をより担ってほしいです。

私が伝えたいことは、「声を上げることは無駄じゃない」ということです。

とくに、新型コロナウイルスが蔓延している現状で声を上げて批判や指摘をすることは難しいと感じている人もいるかもしれませんが、違うと感じることに対しては、指摘しなければならないと思います。

ただそれは、なんでも言っていいということではなく、公共の観点からも正しいことか、自分だけでなく社会全体に良い影響をもたらすかどうかも鑑みた発言である必要があります。

こういった、自己中心的でない主張が当たり前になり、本当に必要な声を上げやすい社会が構築されるべきだと思います。

(文:佐藤翠/編集:毛谷村真木

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