なぜ日本は子育てに厳しいのか?200回のシッター経験から、男子大学生だった僕が伝えたいこと

今の日本社会において、“子育て”を知っている男性はどのくらいいるだろうか?今、子育てに関わっていない人が、子育ての現状を知れば、きっと社会は変わると思う。

僕が大学生時代に最も印象に残っている活動はシッターだ。大学1年生の頃から始めたシッター回数は約200回。 

そんな僕が思うことは、「大学生は家庭のリアルを知るためにシッターをすべきだ」ということ。

社会人1年目の僕だが、大学時代には6社でインターンシップを経験した。求人媒体には掲載されていないものばかりで、貴重な学びの多い時間だった。

それでも、インターンに参加してキャリアを考えること以上に、家庭のリアルを知ることの方がはるかに重要だと確信している。

子育ての大変さ、重要さを私たちが知れば社会が変わる。

子供を持つ親の夕方は本当に忙しい。

シッターを続けるうちに、第2、第3の家族のようになっていく
シッターを続けるうちに、第2、第3の家族のようになっていく
松田直人

17:30  保育園のお迎え

17:50  学童のお迎え

18:10  習い事の送迎

18:20  帰宅

18:30  夕飯の調理開始

19:00  生協の受取

19:10  習い事のお迎え

19:20  帰宅

19:45  いただきます

20:10  ごちそうさまでした

20:20  洗濯物の取り込み

20:30  お風呂の補助

20:40  洗い物・片付け

21:00  お預かり終了

これは僕が定期的にシッターをしていたご家庭でお預かりをしたある日のスケジュールだ。

何度も時計を確認しながら、やるべきことをこなしていく。このスケジュールの最大の問題は、やるべきことが多いことではない。自分の予定通りに進めることはほぼ不可能であるということだ。

例えば、保育園の帰り道。友達と遭遇したり、面白そうな場所を見つけると、あっという間に10分、20分が過ぎていく。他にも、帰宅後、子供が今日学校で作ったものを見せてくれたり、手洗いうがいをしてくれないなどがあると、一人だと帰宅1分後に開始できる料理も、準備に入るまでに20分以上の時間を費やすことがある。

「子供のやりたいことや話したいと思ってくれる気持ちを考えれば、無下にはしたくない。でも時間がない」

そんな葛藤を抱えながら、少ない時間でやるべきことと子供と接する時間を確保していた。

兄弟でも親でもない関係だからこそ、築ける絆がある
兄弟でも親でもない関係だからこそ、築ける絆がある
松田直人

子供ほど理不尽な人はいない

僕が当初想像していた以上に子供は僕の言うことを聞いてくれなかった。

おもらしをしてしまうことが多い子供に「家に帰ってきたら遊ぶ前にトイレに行っておこう!」と呼びかけをしても、なかなかトイレには行ってくれない。40分間トイレの前で子供と「トイレに行こう!」「嫌だ!」と言い合って、格闘したこともある。

大人には通じる論理的な話は一切通用しないのである。また、たくさんの試行錯誤に末に成功した誘導も、明日になれば全く響かなくなってしまうこともしばしば。

もし子供が僕の言うことを聞いてくれれば、初めに紹介したスケジュールもなんてことないだろう。どれだけプレゼンが上手い人でも、論理的に説得できる人も子供の『嫌だ!』の前には無力だということを知った。

私たちは子育て経験を通じて将来のリアルを知ることができる 

良いことも、悪いことも、これが現実だ。

同じ家庭に定期的にシッターとしてお邪魔させてもらうと、僕自身にもご家庭にも慣れが出てくる。子供と向き合うことに疲れて、雑な返事をしてしまったこともある。

一方でご家庭としても僕の存在が客人から家族の関係に近付くにつれ、本当は見せたくない面も見せるようになってくる。

仕事と育児のストレスで子供に厳しく接してしまったり、部屋の片づけが追いついていなかったり、家事の分担が上手くいかずに夫婦で喧嘩をしたり…そんな生々しい現実を目の当たりにすることもあった。

僕は定期的に同じご家庭に行かせていただいたことで、“本当の家族”に近い部分を見ることができた。

社会では成功者と言われる人も、家に帰れば小さなことで喧嘩をしたり、子供との関係に悩む『普通』のパパやママであることを知った。

そんなパパやママから聞くことができる悩みや話はストレートに僕の心に届くものだった。また、僕から何かを相談させていただくときも絶大な信頼を寄せて話をすることができた。

例えば、就活やキャリア相談で話を聞かせてもらうような綺麗な話ではなく、良いことも悪いこともさらけ出したからこそ聞ける『生の声』。

僕にとって聞こえのいい話ではなく、社会のリアルを知るなら、お世話になったご家庭のパパママの話が一番信頼できるのである。

クリスマスは毎年一大イベント。子どもたちとツリーの飾り付けをしたり、サンタクロースになってみたり…
クリスマスは毎年一大イベント。子どもたちとツリーの飾り付けをしたり、サンタクロースになってみたり…
松田直人

家族の形はそれぞれ違っていて、それが素敵なことなんだ。

僕は数年間に渡って、定期的にシッターに入っていたご家庭が2つある。自分の家族のと含めて、僕には3つの家族があると思っている。

しかし、その3つの家族はそれぞれ家族の関係性も、あたりまえの習慣も、考え方も違う。自分が当然だと思っていたことが他の家族では当たり前ではなかったことが頻繁にある。

一般的に結婚などで、自分が家族を形成するようになって始めて肌で気付く、「家族の形は多様であり、それぞれの良さがあり、他の家族とは違ってもいいんだ。」ということを、僕は子育て体験を通じて知ることができた。

当たり前のことかもしれないが、家族の『あたりまえ』が違うことと、その良さに気付けた僕は、将来自分が家族を作ったときに感じる不安や悩みをいくばくか想定できると思う。

私たちを求めている人達がいる

僕だからできることがあった。

僕が200回近くもシッターを続けることができた理由は、ご家庭に必要としてもらっていたからだ。もちろん、子供と遊ぶことが楽しかったという僕の想いもあるが、長く続けることができたのは、何よりも、僕を必要としてくれる家族があったから。

子供たちからは、僕が家に来るのを待っていてくれたり、早く遊ぼうよと熱烈に誘われたり、「来てくれてありがとう!」と一言かけてくれることもあった。

パパママからは子供を単に預かる存在としてだけではなく、一緒に子供の成長を見守る存在として、何度も感謝の言葉をかけていただいた。

僕自身、特別なことをしていたつもりはない。自分にできることをやっていただけだ。

小学生になる男の子の悩みは10数年前に僕が考えていたことと似ていたので、よく共感しながら話を聞いていた。

子供が全力でダッシュすると、負けじと僕も全力で走ってぶっちぎりで勝ちに行っていた。

お父さんやお母さん、先生の好きなところを嫌なところを感情のままに言い合っていた。

結果的には、こうしたことが子供たちの心に響いたのかもしてない。

大したことはしていなかったのだけど、一つだけ意識していたことがある。

「親に出来ないことをできるだけやってみよう」

一緒に全力で走ろう、親の悪口を言い合おう、自分から悩みを話してみよう

なんてことはないことだ。

大学生だった僕が普段友達とやっているようなことと何も変わりない。振り返ってみると、そんなことしかできないかもしれないが、そんなことに価値があったのかもしれない。 

メニューをリクエストされたり、子どもたちも一緒に料理を作ったりすることも
メニューをリクエストされたり、子どもたちも一緒に料理を作ったりすることも
松田直人

子育てにはやらざるを得ないことがたくさんある

たまに「料理はできない」と言う人に出会う。僕は完全に言い訳だと思っている。

『できないのではない、やらないのだ』

難しい料理でなければ、誰でも簡単に料理ができる時代だ。野菜の切り方から具材の炒める時間まで動画付きで教えてくれるアプリもある。ここまで用意されていて「料理はできない」と言う人は料理をしたくないがための言い訳か、隣に親がいないと安心できない赤ちゃんかのどちらかだろう。

僕は偶然一人暮らしをしていることもあって、料理に苦手意識はなかったのが、シッターを始めて、作ること同様にもしくは、それ以上に毎回の献立を考えることの大変さを思い知った。

料理だけではなく、片付けや宿題のチェック、お風呂の手伝い、歯磨きの補助…子育てをしていると、自分の得意不得意は関係なく、やらないといけない状況がやってくる。

 

子供を育てることはこれからの時代を作ることだ

子供は将来の市場である。

今の子供が大きくなっていけば、生産者になり、消費者になるのである。つまり、将来のことを考えれば、子供を育てずに仕事ばかりしていても、数十年後にはそもそも仕事ができる“市場”がさらに小さくなっているのだ。

だからやっぱり僕たちは「子供を育てる」ことに無関心でいてはいけないと思う。それは必ずしも親になると言った意味合いだけではなく、社会として育てていく、という意味も含めてだ。

実際に今の子供と関わっていると、テレビではなくYouTubeを見ていたり、昔は主流な習い事ではなかったプログラミングや英語の勉強をする様子を見ていると、次の市場が来ていると感じる。

昨今、日本を代表する企業のトップが「男性育休100%宣言」を表明したり、菅総理が「取得しやすくなる制度を」と発言するなど、男性育休についても議論が高まっている。

今の日本社会において、“子育て”を知っている男性はどのくらいいるだろうか?

 僕のように実際に子育て体験をすれば、

「私は仕事さえしていればいい」

「家庭よりも仕事の方が重要だ」

そんなことをいう人は間違いなく減るだろう。

 今、子育てに関わっていない人が、子育ての現状を知れば、きっと社会は変わると思う。

僕は全ての男性が育休を取るべきだとは思わない。100の家庭があれば事情も100通りあるはずだ。大切なことは『育休を取りたい、取ったほうが良いと思う家庭が育休を取得できる環境にすること』だと思う。

なぜ未だに日本が子育てに厳しい国のままなのか?

おそらく子育てを『知らない』からだ。

まずは知ることから始めよう。

シッターを卒業しても、子どもたちとの関係は続いている。いつか、僕が子育てをするようになったら、この子たちがシッターとして関わってくれる日がくるのかもしれない。
シッターを卒業しても、子どもたちとの関係は続いている。いつか、僕が子育てをするようになったら、この子たちがシッターとして関わってくれる日がくるのかもしれない。
松田直人

僕が大学生にシッターを勧める理由

1.子育ての重要性、大変さを理解できる。

数年後に子育ての当事者となるかもしれない僕たちが、今子育てを経験することで、子育てに対する考え方が変わっていくかもしれない。それはこれからの誰もが生きやすい社会を作っていくことに繋がる。

2.僕たちの将来のリアルを知ることができる。

まだ社会のことを知らない大学生にとって、将来を考えるために必要なリアルな声。企業のフィルターを通した社会人や先輩からは決して聞くことができない生の声を家庭の中から聞くことができる。

3.大学生だからこそ貢献できることがある。

特別なスキルが必要なわけではない。友達と向き合うように子供と向き合えば、きっと子供にとって貴重な存在になれるはずだ。共働きの親がなかなか手に入らない、時間と子供と遊ぶ体力、多くの大学生は持っているはずだ。

子育て体験を通して、僕がここには書ききれないほどたくさんの学びを得た。

素直な気持ちで言うと、僕はもっと多くの大学生、特に今やりたいことが見つからない、将来が不安だと感じている人に、シッターをしてみるという選択肢を持ってほしい。やってみて違うと感じることもあるだろう。しかし、その違うという感覚すらも将来に繋がっていくはずだ。

この記事を読んでくださった方の中に、一歩が踏み出せないから相談してみたい、もっと詳しく聞いてみたいなどがあれば、是非ご連絡ください。僕の経験からできる限り相談に乗りたいと思います。

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(文・松田直人 / 編集:中村かさね @Vie0530

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