新型コロナウイルスの患者への対応で、医療現場がひっ迫している。そうした中、大阪市の医師が、高齢者向けに「集中治療を譲る意志」を表示するカードを作成した。どんな意図があったのか。
カードを作成した大阪大人間科学研究科未来共創センター招聘へい教授で、循環器科専門医の石蔵文信氏(64)に話を聞いた。石蔵氏は心療内科医でもあり、夫の言動が原因で妻が心や体に不調をきたす「夫源病」の命名者として知られる。
石蔵医師が「譲(ゆずる)カード」と呼ぶこのカードは、「集中治療を譲る意志カード」だといい、このような説明が記載されている。
「新型コロナウイルスの感染症で人工呼吸器や人工肺などの高度治療を受けている時に機器が不足した場合には、私は高度医療を譲ります」
カードの画像は、石蔵医師が会長を務める一般社団法人「日本原始力発電所協会」のウェブサイトからダウンロードできる。
「医師に命の選択 迫るのは酷」
カードに法的効力はなく、あくまで意思を表示するためのツールという。
なぜこうしたカードを作ったのか。
「イタリアやスペインなどでは、人工呼吸器など高度の医療機器が不足し、医療従事者が誰を優先して救うべきか、命の選択を迫られました。日本でそうした医療崩壊が起こった時、医師に選択を迫り、人工呼吸器を外す決断をさせるのは酷だと考えました」(石蔵医師)
新型コロナウイルスの医療現場の対応を巡って、日本集中治療医学会は4月1日に理事長名で声明を発表。
イタリアにおける新型コロナウイルスの致死率が1割を超えたことに触れ、イタリアのICUのベッド数は10万人当たり12床程度であるのに対し、「日本はイタリアよりも高齢化が進んでいるにもかかわらず、人口10万人あたりのICUのベッド数は5床程度」と指摘した。
さらに、重症患者への人工呼吸器を扱える医師が不足していることなどに触れ、日本の集中治療の体制は、「パンデミックには大変脆弱と言わざるを得ない」としている。
政府の専門家会議も4月1日、「人工呼吸器など限られた医療資源の活用について、市民にも認識の共有を求めることが必要」と提言している。
「署名を推奨するものではない」
「譲カード」に、自身も署名したという石蔵医師。
「私は前立腺がんの患者で、全身に転移していることがわかりました。家族と相談し、『コロナに感染したら、(治療機器を)譲るで』と伝えています。実際に感染して意思を伝えられない状況になった時のために、臓器移植カードのように意思表示ができるものがあった方がいいと考えました」
「譲カード」への署名を求めることは、「高齢者より若い人の命を優先するべき」という命の選別を肯定するようにも受け取れる。
これに対し、石蔵医師は「高齢者に署名を推奨するものでは全くない」と否定。
「自分は譲るのは嫌だ、という考えもそうだよねと肯定するし、カードを批判する人もいるだろうと予想している。それでも、医療崩壊の問題をうやむやにしたままでいいのかと問題提起をしたかったのです」