(文・笛美)
たった1人で始めたTwiterデモ「#検察庁法改正案に抗議します」が500万ツイート越えのトレンドになり、芸能人や著名人の方まで参加する史上最大規模のオンラインデモに。
なぜ私がこの投稿をするに至ったのか、その経緯とハッシュタグに込められた思いなどを記しておきたいと思います。
自己紹介
私は30代の会社員で、広告制作の仕事をしています。ずっと仕事一筋で政治に無関心な人生を送ってきました。
2年前くらいから日本で女性として生きるしんどさを感じてフェミニズムに興味を持つようになり、Twitterで発信を始めました。
現実世界にフェミニストの友達もいないので、Twitterはフェミニストさん達とつながる貴重な場でしたら。普段から女性の権利や社会問題について話しているので、政治の話をしても全く空気が壊れないコミュニティです。
コロナで初めてちゃんと国会を見た
国会を真面目に見始めたのは最近のことです。マスク2枚とかお肉券とかお魚券とかGOTOキャンペーンなどの政策が発表され、国民の生活が逼迫しているときにおかしいなと思い始め、初めてまともに国会を見るようになりました。
でも国会を見ているうちに、首相や大臣の答弁がちゃんとした答えになってなかったり、コロナ患者の数を答えられなかったり、納得いく議論もせずに法案を通したり…。政治家さんは政治のプロだから任せておけば大丈夫と思っていたけど、疑問を持ち始めました。
ずっと家にいて暇だったので、報道ステーションのワイマール憲法特集の動画を見たり、北海道放送制作のドキュメンタリー「ヤジと民主主義」を見たり、ニコ生の安倍首相の番組を見たり、政治について気になることを調べるようになりました。
国会ではちゃんと答弁できてない内閣の皆さんなのに、テレビのニュースで見るとちゃんと仕事してるように見えるんですよね。
私は広告を作る側だからこそ思うのですが、国会での微妙な答弁を演出でカバーしようとしている気も少ししてしまって。テレビもどこまで信じていいのか分からない中、内閣のおかしな予算配分や政策に市民と同じ感覚で突っ込んでるのが野党の人たちでした。
野党の全てを讃えるつもりはないけど、少なくとも「野党はだらしない。仕事してない。」ていうのは当てはまらないのではないかと思いました。
連日のTwitterデモ
4月7日に緊急事態宣言が出されてからしばらくたち、政府の補償があまりにも遅くて少ないことで、毎晩のようにTwitterデモが起き、私も参加させていただいていました。
#自粛と補償はセットだろ #安倍はやめろ #世帯主ではなく個人に給付して などの大規模なデモがありました。私は国民みんなが助かりたいという思いで声を上げています。
でも一部の人には「反日」とか「パヨク」とか言われてしまう。10万円の給付が決まった時、デモのことは報道もされず、公明党さんのお陰と報道されました。なんかすごく悲しかったんですよね。せっかく声を上げたのにって。
でもいま国民が声を上げなければ、政治は変わらない。
どうすれば政治に声を上げたい人が増えるんだろう?
声を上げる人がよく思われない理由って?
ちょっと前に、星野源さんのコラボ動画の問題点について書かれた音楽家さんのブログを読みました。その中で政権批判をする人には「安倍さんが嫌いな方々」がいて「非理論的に感情的に安倍さんをヘイトしている」と書かれていました。
私自身はジェンダー観が昭和のままの「輝く女性」政策や、伊藤詩織さんの事件を揉み消そうとしたという理由から、政府に違和感を持ちました。
他の批判してる方々も、安保法案や辺野古の工事の強行とか、積もり積もった理由があって政権批判をしています。にも関わらず、それらの背景を知らない人からは理由もなく感情的に批判しているように見えている。
ぶっちゃけすごく残念な気持ちもありました。でもそのような現実を、いったんは自分の中に受け止めてみました。
なぜならそういう認識を持つ人にこそ、政治に関心を持ってもらうことが大切だと思ったからです。
デモビギナーの居場所が少ない?
じつは私自身も声を上げることに抵抗を感じたことがあるんです。
フェミニズムに興味を持ち始めて間もない頃に、大声を出す系のデモに2回ほど参加しました。初めての会場に行くだけでも緊張し、初めて会った人たちとコールを叫んだり、街を歩いたりする。声を上げる自分を街頭でオープンにすることに心の整理がつかなかった。もちろん無言で歩くだけということもできるけど、それでも当時の私にはすごく勇気がいるアクションでした。
いっぽうで参加しやすいなと思ったデモもありました。
フラワーデモというイベントで、毎月11日に花を持って広場に集まって、大声を上げることもなく、性犯罪の被害にあった人たちの話に静かに耳を傾けるという集まりです。もし自分が話したくなったら話すこともできます。絶対に話さなきゃいけない雰囲気もありません。デモという名前なのに、静かで優しい空間がそこにはありました。そんな安心できるデモにも関わらず、やっぱり会場に行くときには全身が強張っていました。
大声を出すのが悪くて、静かなのが良いと言うことを言いたいのではなく、その人の状態に合わせた声の上げ方ができればいいんじゃないかということです。
もしかしたら今の日本は、①日頃から政治にすごく関心がある人の世界 ②これまで政治に発言してこなかった人の世界 、この2つが長らく分断されていたのかもしれない。だからこれまで関心がなかった方が声を上げてみようとするときに、ちょうどいい居場所や方法がないのかもしれない。
フェミニズムにせよ政治の問題にせよ、というか広告とかも全部そうなのですが、初めて誰かがその世界を知ろうとする時、その敷居の高さで興味を持ってもらえなかったら、非常にもったいないんじゃないだろうか?そんなことをグルグル考えつつも、特に何もアクションもせず、グダグダ食って寝ての毎日を過ごしていました。
政治の話、どう伝えれば?
グダグダ考えている際に、学びになった2つの番組がありました。
文春で近畿財務局の赤木さんの遺書をスクープした記者の相澤冬樹さんと、メディアコンサルタントの境治さんが、お酒を飲みながらジャーナリズムを語るネット番組です。その中で、どうすればコロナきっかけで政治に興味を持ち始めた人に赤木さんのことを知ってもらえるだろうと語り合っていました。政治に興味がない人を見ると「けしからん」「政治に興味を持て」とか言う大人って多いですよね。
でもお二人はその事実を受け止めた上で、どうメッセージを伝えていくかを考えているように見えました。
こちらはテレビの報道番組やドキュメンタリーを制作している方々が有志で作っている番組です。
5月3日の回でゲストのせやろがいおじさんが発言されていたのですが沖縄では政治のことを話すのがタブーになっていて、どういう伝え方をするかすごく気にされているらしいです。例えば「安倍やめろ」のような強い言葉は敷居が高いと感じる人もいるだろうと。
ぶっちゃけ自分も参加したデモだったので心にチクっと痛かったけど、いったんその言葉を受け止めようと努めました。
ハッシュタグに込めた思い
さて、やっと黒川検事長の定年延長問題にたどり着きました。この法案、最初は「別に定年後も働かせてあげればよくね?」と思っていました。
でも調べれば調べるほど、政治的思考だけでなく、民主主義レベルでヤバイことのでは?しかもコロナで緊急事態宣言が出ている中で?と不安になりました。4月から法案の行方が気になってはいたのですが、5月8日(金曜日)にいきなり内閣委員会で野党欠席のもと審議されて、来週には法案が通ることになったというニュースを見て震え上がりました。マスコミも大々的に報道せず、こっそり隠して採決まで持ってこうとしているようにも見えました。
いても立ってもいられなくなり、とりあえず金曜の夜に1人でTwitterデモをやってみました。自分から発信した初めてのオンラインデモでした。
これまでグルグル考えていたことをベースにしながら、見た人がリツイートする敷居を低くしたいなと思いました。だから燃えるような怒りというより、静かな意思を感じられる表現にしました。
それはデモビギナーの自分にとっても、自分らしく気負いなく言えるワードだったなと思います。ドラマなどの例えは、まだ知らない人にも分かりやすく伝わるようにと心がけました。独りぼっちで寂しかったので、バニーの絵文字を入れて行進してるっぽく見せました。本当はデモの時間を決めるべきだったけど、いつに設定したらいいか分からなくてしませんでした。ぶっちゃけ本気で拡散させるぞ!なんて言う気は全くありませんでした。
そして予想外の事態へ…
最初はいつも仲良くさせてもらってるフェミニストの方々が投稿に反応してくださいました。フェミニスト界隈の人たちは、フェミニズムや政治について誰かが声を上げると応援してくれる空気があるんです。
個人的にはフェミニストの人たちとその周辺の人たちに知ってもらえれば、それでいいかなと思っていました。法案が通ったら最悪だけど、やばくなったら誰かがオンラインデモしてくれるだろうし。
ところがです。しばらくして、手作りバナーや相関図を作るアカウントさんが出てきたり、政治にアンテナの高いアカウントさん、作家さん、さらには野党の議員さんにも、ツイートが広がっているのに気付きました。
そして土曜日の午後に27位にランクインしていました。
夕方にはあっというまに3位にで、気がついたら1位に…。
さら芸能人やアーティストの方々がタグを使って投稿をしてくださり、いつの間にか120万ツイート、150万ツイート、夕方には400万ツイートと伸びていきました。本業でもこんなに話題になったことないのに…。
私の憧れの作家やアーティストが私のタグを使ってつぶやいている…。しかも広告クリエイターのレジェンド糸井重里さんまでもが賛同してくれてる…。ニュースで取り上げられてる…。ハッシュタグを作ってくれてありがとうと感謝されてる…。何が起きているのか理解できない…。
しかも政治を語ってこなかった日本人が、政治を語るという行動変容を起こしている…。どうしたんだ!!
みんなコロナ禍で不安な日々を過ごす中で、政府への不信感が高まっていたのですよね。だから放置していてもきっと誰かがオンラインデモを始めていたでしょうし、それは大きく広がっていたでしょう。でもその1歩を自分から踏み出せたことは、本当に大きな出来事でした。
某大御所コピーライターさん(忘れちゃった)が「この指とまれ」を書くのがコピーライターの仕事だと言っていました。私の「この指とまれ」は小さく未完成な声だったけど、Twitterの中で拾ってもらい、色んな影響力と創造性のある方々に使っていただいて爆発していったように思います。
そして、これまでオンラインデモを立ち上げ、ノウハウを蓄積してきた先人の方々がいたからこそ、今回の投稿ができたのです。
どんな声でも出していい
今回だけでなく、Twitterで何かを言おうとするたびに、これ言ってもいいのかな?くだらないかな?叩かれるかな?と迷うことがあります。
そのたびに、作家の栗田隆子さんの言葉を思い出すんです。(7連の投稿です。ぜひクリックして最後まで読んでみてください。)
声を上げるって疲れるし、なんか立派で強くなきゃいけない行為に思えるんですよね。さっき出した「この指とまれ」もクラスの人気者にしか許されない行為みたいに思える。
でもこの言葉を見てから、声を上げるハードルがすごく下がったのを覚えています。「#検察庁法改正案に抗議します」タグはそうやって小さな声を上げてみた言葉のひとつです。
次はあなたが、どんな声でもいいので出してみませんか?いまの日本を見てると、きっとこれで終わりではなく、まだ何度も何度も声を上げる必要がありそうです。
本当にやんなっちゃいますよね…。
でも私はいつかTwitterだけでなく現実でも、政治やフェミニズムの話ができる世の中にしたいです。そんなことができる大人になりたいです。
だからこれからも自分らしいやり方で声を上げ続けていきたいです。
(2020年05月11日笛美さんのnote掲載記事「#検察庁法改正案に抗議します デモで知った小さな声を上げることの大切さ」より転載。)