「女である前にひとりの人間だ」がこんなに軽視されるなんて思わなかった――新社会人として働く人へ

どんな場合であっても、「ハラスメントをしていい理由」は絶対にない。ライター・吉川ばんびさんのメッセージです。
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働きに来ているだけなのに

「男性はこれから末永くよろしく。女の子はどうせ結婚したら会社を辞めて家に入ると思うので、その日まではよろしくね」

入社式の日、晴れやかな気持ちで社会人生活をスタートさせた私たちに会長が放ったこの言葉を、私はずっと忘れないと思う。 

新卒入社したその商社で、時代遅れな価値観を持っているのは70歳の会長だけではなかった。研修担当の男性役員が、営業部に女性の役職者が存在しない理由について「この会社は男尊女卑だからです」と堂々と発言したように、会社全体がこういった空気に包まれているらしかった。

ちなみに私が入社したのは2014年、今からたった6年前のことだ。

今思えば、この会社が私たちに求める「仕事」はひどいものだった。

頻繁に行われる取引先とのボウリング大会に接待要員として派遣されること。朝一番に出社して全員の机を掃除すること。朝礼後に上司のためにコーヒーを淹れること。他にも書ききれないほどあったが、その量よりも問題なのが、これらがすべて「女性の新入社員」だけに課せられる仕事だということだ。 

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研修が終わって各部署に配属されたあと、私たちが最初に教わったのは電話の取り方でも納品書の作り方でもなく、「部長にはアイスコーヒーブラックで」「専務はホットコーヒーに角砂糖2個とフレッシュ」「課長は緑茶に氷1つ」といった細かいドリンクの好みだった。

お茶出しが終わった後は、上司が飲み終えるタイミングを見逃さず、すみやかにコップを回収しに行かねばならない。そうしなければ、上司たちからは「あの子は仕事ができないねえ」と言われ、そんな環境を生き延びてきた女性の先輩からも、きついお叱りを受けてしまうから。

そんな理由で、女性は自分の抱えた仕事を最優先に考えることが許されない。あくまで優先すべきとされるのは「男性社員の顔色を伺うこと」で、新入社員の女性は自分の案件に集中して取り組むこともできず、いつもきょろきょろビクビクしながら周りを注意深く見渡していた。

社内の飲み会でも、”私たち”に課せられる役割は多い。新入社員の女性たちは、先輩たちに指示されるまま管理職の男性上司の両隣に座り、お酌をして、ドリンクの手配をしなくてはならない。二次会で訪れた薄暗いカラオケの部屋で、男性の先輩から延々と頭を撫でられ続けた日、悔しくて気持ち悪くって、一人暮らしの家に帰る電車の中でひっそりと泣いてしまった。

同期入社の男性たちは、朝早めに来なくても、自分たちが飲むお茶の準備や後始末をしなくても許されていた。彼らの飲むお茶を用意するのも、私たち同期の女性の仕事だった。

彼らは男性の先輩たちと同じように堂々と立ち振る舞っていても、談笑していても、誰にも何も言われなかった。彼らは私たちとは対照的に「社会人」としての毎日を心から楽しんでいるように見えた。

私たちは、性別が違うだけなのに。

「辞めてよかったですね」と言ってくれた面接官

結局、私は新卒で入社した会社を5ヵ月で辞めてしまった。

会社を辞めること自体は、くだんの会長の発言で入社したその日に決意していた。あとはタイミングを伺うだけだったのだけれど、「あ、もう限界だな」と思った次の日に、直属の上司に退職の申し出をした。

役員の既婚男性からのプライベートな旅行の誘いを断ったことで不興を買い、執拗な嫌がらせによって業務にまで差し支えるようになってしまったのだ。

会社をたった5ヵ月で辞めたことについて、後悔は全くしていない。どちらかと言えば「辞めなかったらどうなっていただろうか」と思いを巡らせて、怖くなることの方が多い。

「3年経たずに会社を辞めると転職が難しい」と周りから散々脅されていたため不安に感じていたけれど、次の会社は自分でも驚くほど早く、あっけなく決まった。

面接をしてくれたのが女性だったため、私が前職で受けた苦しみをすぐさま理解してくれたのだ。

「わぁ、大変でしたね。辞めてよかったですね」と言ってくれた面接官は、入社後に私の直属の上司になった。

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「女」を理由に、知識や経験を否定されることも

他の業界や会社では「女であること」を理由に存在を軽んじられることが全くなかったかというと、残念ながらそうではなかった。

クライアントからの電話に出れば「女の子じゃどうせ何もわかんないでしょ、誰でもいいから男の人に代わってくれる?」と言われ、自分が「男性社員と同じ教育を受けて同じだけの知識をもっている」と伝えてもなお、相手は「いいからとにかく男の人に代わってよ」と軽くあしらうだけだった。

身に付けてきた知識や経験を「性別」だけを理由に全否定されたことは一度や二度ではない。

そして同世代の女性たちに話を聞くと、似たような体験をしたことのある人は決して少なくなかった。

「間違っている、権利を侵害されている」と自覚すること

もちろん、社会には「女性だから」といった理由で男性のご機嫌取りを強要したり、職能を否定したりするような人ばかりではない。

しかし学生から社会人になって間もない時期は、ついつい無根拠に「先輩や上司は絶対的に正しい」と思い込んでしまいがちだ。

時間が経って冷静に考えれば「理不尽な仕打ちを受けた」とわかることでも、渦中にいる間は「そういうものだから仕方がない」とか「まさか上司がそんなひどいことをするはずない」とか、さらには「あの人にも悪意があるわけではないはず」などと思ってしまう。

相手はというと、それも全て織り込み済みで心の隙に付け込んでくる。全員がそうではないけれど、私に悪意を持って近付いた上司のように「右も左もわからない」若者をターゲットにする大人が確かに存在することは、知っておいた方が安心だと思う。

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もし被害に遭ってしまったら

以前、上司からの執拗な連絡や身体接触に悩んでいたとき、信頼している先輩に相談して、今後その上司とは関わらなくていい部署へ異動できたことがあった。

このとき初めて知ったことだけれど、上司には他の女性社員にも同じように付きまとった前科があって、女性社員の間では「要注意人物」としてマークされていたらしい。

彼は最初、入社して間もない私に「辛いことはないか、いつでも話を聞くよ」と言って近付いてきた。20以上も年の離れた上司だったため、まさか自分が「女性」として見られているとも思わず、ただの「後輩思いのいい人」だと信じていた。

しかし、休日や深夜も関係なくしつこく連絡してくる上司に対して、日に日に違和感が募っていく。仕事中に腰まわりを触られたり肩を抱かれたりするたび、吐き気がするのを必死でこらえた。

当時の私が被害を誰にも言えなかったのは「そんなにあからさまにセクハラをするような人がいるはずない」とか、「彼は彼なりに、私を気にかけてくれているだけだろう」と思い込んでいた(思い込むようにして自分が傷付かないようにしていた)からだと思う。

また、心当たりがある人も少なからずいると思うのだけれど、自分が「被害に遭った」と声を上げることで周りから「厄介なやつだ」とか「大げさだ」と思われたり、職場全体の和を乱したと非難されたりするかもしれない未来を想像すると、それがとてつもなく恐ろしかった。

職場で「異物」扱いをされるくらいなら、自分が我慢しているほうがまだマシだと考えてしまったのだ。

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けれど、上司は私がそう考えるのも全部計算の上で「いつもの手口」で丸め込もうとしていたのだ。自分が何をされたのかを理解したとき、ショックで悔しくて、心の底から怒りに震えた。 

私が被害を相談した先輩たちは、とにかく私が社内で不利な立場にならないように立ち回り、世話を焼いてくれた。

他にも被害者が複数いること。上司のセクハラについては女性社員みんなが知っていること。もしも被害を受けた女性社員に圧力をかけるようなことがあれば、全員が黙っていないこと。問題を部署内だけに留めず、これらを会社役員に進言してくれたおかげで、私は希望したとおり別の部署に異動することができた。 

上司との今後の関係を考えると、問題を大ごとにしたくなかった私にとっては理想的な形で問題が解決したと言える。あのときお世話になった先輩たちとは、私が会社を辞めた今でも交流が続いている。

もしもセクハラやパワハラの被害に遭ってしまったら、一人で解決しようとはせず、できれば信頼できる誰かに相談してみてほしい。きっと、力になってくれる人がいると思う

心を病んでしまうくらいなら、会社側に事情を話して休職してもいいし、辞めて次の会社を探すのも重要な選択だ。

厚生労働省が労働基準監督署内など、全国380ヶ所に設置している「総合労働コーナー」では、職場のトラブルに関する相談受付や情報提供を行なっている。また、法務省による「女性の人権ホットライン」では、女性の人権問題に詳しい法務局職員や人権擁護委員が、職場でのセクハラやいじめ、パートナーからの暴力被害などの電話相談に乗ってくれる。

どちらも無料で利用できるし、もちろん秘密を厳守してくれるので困ったら連絡をしてみてほしい。

あなたは悪くない

最後になるけれど、働く上で誰かにめちゃくちゃに傷つけられたとき、「自分にも責任があるんだ」なんて思わないでほしい。

私も、セクハラする上司に丸め込められてしまった自分自身を「情けなく」思ってしまったことがある。

「舐められた自分が悪い」とか「隙を見せたのが悪かった」と自分を責める人も多いけれど、たとえどんな場合であっても、「ハラスメントをしていい理由」は絶対にない。どんな理由があろうと、相手への攻撃や権利の侵害は許されることではない。

自分が傷ついたことや「嫌だ」と感じたことには、「私が悪い」とか「こういうものだ」と見過ごすのではなく、できるだけ素直に向き合ってみてほしい。

「人生100年時代」と言われるなか、重要なのは「1社で長く勤めること」ではなく、「自分が健やかに働ける場所に身を置くこと」だと思う。それだって、社会人として必要な体調管理だ。

「女である前にひとりの人間なのに」なんて、誰も思わなくてもいい社会であればと切実に願う。

(執筆:吉川ばんび 編集:生田綾

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