「米国は再び経済活動を始めつつあり、第3四半期はもう大丈夫、第4四半期は絶好調になる」「来年は素晴らしい年になる。今は過渡期だ」米国のドナルド・トランプ大統領は、米国経済の先行きに強気の発言を繰り返している。
統計以来見たことない数字
米商務省が4月29日に発表した第1四半期(2020年1-3月期)の実質国内総生産(GDP、季節調整済み)の速報値は、年率換算で前期(2019年10-12月期)比4.8%減となった。新型コロナウイルス対策による外出禁止令などで経済活動が「停止」しているためだ。マイナス成長は6年ぶりである。
もっとも、米国が国家非常事態宣言を出したのは3月13日のこと。外出禁止令などの影響が本格的に出るのは第2四半期(4-6月期)になる。米議会予算局が4月24日に公表した予測では年率39.6%のマイナスになるという、統計開始以来、誰も見たことのない数字になりそうだ。
深刻なのは失業が急増していること。非常事態宣言以降の失業保険の新規申請件数は累計3300万件。5月8日に発表された4月の雇用統計では、失業率は14.7%に跳ね上がった。絶好調だった2月の失業率は3.5%だったから、その激変ぶりが分かる。
さらに5月も失業者は増え続けており、ミネアポリス連邦準備銀行のニール・カシュカリ総裁は、テレビのインタビューで、
「実際の失業率は最悪の場合23%まで高まっている恐れがある」
と指摘している。
1929年に始まった世界大恐慌では、全労働者の25%に当たる1300万人が失業したとされる。それに匹敵する「コロナ大恐慌」に米国経済は直面しつつあるわけだ。
専門家からは時期尚早の声
それにもかかわらず、トランプ大統領が7月以降の経済に強気の見通しを示すのは、11月3日が投票日の大統領選挙が控えているからだ。再選を目指すトランプ大統領にとって「経済失政」を追及される事態は何としても避けたい。
大恐慌真っ只中の1932年の大統領選挙では、経済崩壊を挽回できなかった現職で共和党のハーバート・フーヴァー大統領が、民主党のフランクリン・ルーズベルト候補に大敗を喫した。その二の舞は避けたいという思いがにじむ。
もちろん、トランプ大統領の口先介入だけで景気が回復するわけはない。それでも、新型コロナの蔓延が未だに収束する気配がなくとも、経済活動の再開へと大きく踏み出さざるを得ないのだ。
米国で外出禁止令(ステイ・アット・ホーム)が最初に出されたのは、カリフォルニア州の3月19日。3月22日にはニューヨーク州などが外出禁止に踏み切り、その後多くの州が追随した。
それから1カ月たった4月半ばになると、各地で外出禁止令の解除を求めるデモが発生した。このままでは、新型コロナで死ぬ前に、営業ができずに経済的に死んでしまう、という市民の焦りが背景に見える。
もともとトランプ大統領は、
「4月12日のイースターまでに、経済を再始動させる」
としてきたから、こうした解除要求のデモにも理解を示し、容認する姿勢を見せた。デモの多くが民主党知事の州で行われており、参加者にもトランプ支持者が多いという点も無視できない。4月24日には、全米で初めてジョージア州が外出禁止令を解除した。
当然、専門家からは時期尚早という声が上がった。4月6日に1万人だった死者は、11日に2万人を突破、19日には4万人になっていた。死者数の増え方を見る限り、新型コロナの蔓延が収束したとは到底言えない状況だった。
にもかかわらず、解除に抵抗を示す州知事に対してトランプ大統領は、
「自分には絶対的な権限がある」
と述べ、外出禁止令の解除を強く求めていく姿勢を鮮明にした。5月1日にはテキサス州も解除に踏み切った。
さらにトランプ大統領は5月5日になると、マイク・ペンス副大統領が統括する「新型コロナウイルス対策タスクフォース」を解散するとぶち上げた。同じ5日段階で米国内の死者が7万人を突破したことが明らかになったにもかかわらず、だ。
経済活動の再開に踏み切ったイースター明けには、トランプ大統領自身が死者予測を「6万〜6万5000人」に引き下げていたが、あっさりそれを上回った。さすがにタスクフォースの解散は撤回したが、経済活動の再開は進めていく姿勢を今も保っている。
「これでゴルフに行ける」
そんなトランプ大統領の「危険な賭け」を参考にしたのだろうか。
安倍晋三内閣は5月4日、非常事態宣言自体は全都道府県に対して5月31日まで延長するとする一方で、重点的に対策を求める13の「特定警戒都道府県」以外の34県については、一定の感染防止策を前提に、社会・経済活動の再開を容認した。具体的には、飲食店や小売店などに対して行ってきた休業要請を取りやめることを認めたのである。
これを受けて青森、岩手、宮城、鳥取、島根、香川、高知、宮崎などが休業要請の全面的な解除に踏み切ったほか、多くの県で一部業種の休業要請を解除した。
宮城県では飲食店やカラオケ店、ライブハウスなどを対象としていた休業・営業時間短縮要請を全面解除。「経済が疲弊している」(村井嘉浩知事)というのが最大の理由だ。 特定警戒に指定された大都市圏の13都道府県以外で、休業要請を維持したのは福島、奈良、大分、沖縄の、ごく一部の県にとどまった。
「これでゴルフに行ける。自家用車で行けば、屋外だし、安全だろう」
と、インタビューに答えていた市民もいたが、首都圏でも群馬県は、ゴルフ場やホテル・旅館などの休業要請の解除を決めた。
国は県境を越えた移動の自粛を引き続き求めているが、営業を再開すれば、他県からも客がやってくるのは明らかだ。経済活動は再開されることになるが、新型コロナ蔓延のリスクは否が応でも高まってしまう。
国内での死者は、5月7日時点で600人を超えた。100人を超えたのが4月5日だから1カ月前。300人を超えたのは半月前の4月22日だ。感染者数の増加はPCR検査の実施件数に左右されるが、死者の増加ペースを見る限り、収束過程に入ったとは言えないだろう。
「アベノマスク」すら届かない
「なぜ緊急事態宣言を全国に広げたんだという批判が根強くある」
と地方選出の政治家は言う。感染者や発症者がほとんどいないのに、経済を止めてどうする、というのだ。そんな声に安倍官邸は押されたという面も強い。だがこれは「危険な賭け」だ。
全国に緊急事態宣言を拡大した4月16日以前、地方の危機感が乏しかっただけでなく、東京や大阪などから地方に遊びに行ったり、帰省したりする人がいて、そうした人が感染を拡大させていたことが分かっている。要請解除で、再び人の動きが活発化し、蔓延を拡大させるリスクは十二分にある。
結局、新型コロナの蔓延が明確に収束に向かっていると言えない中で、休業要請の取りやめに踏み切らざるを得なくなったのは、休業に伴う補償や資金繰り対策が後手に回っているためだろう。
すったもんだの末に全国民に一律10万円の支給を決めたが、法律が国会で成立したのは4月30日。支給申請が始まったのは早い自治体で5月1日からだ。中小企業などに最大200万円を支給する「持続化給付金」も支給が5月8日に始まったものの、申請はすでに40万件を超えていて、実際に現金を手にできるまでには相当な時間がかかると見込まれている。
真っ先に決めた1世帯2枚の「アベノマスク」ですら、まだ届かない地域が少なくない。どうせ現金給付にも時間がかかると多くの国民は諦めモードだ。
飲食店や小売店など、売上高が減少どころか「消滅」して、明日の支払いにも事欠く事業者は、一刻も早く資金を手にできなければ潰れていくことになる。
「帝国データバンク」によると、新型コロナの影響を受けた全国の倒産(法的整理と事業停止)件数は、5月7日までに119件にのぼるという。ホテル・旅館が32件、飲食店が12件、アパレル・雑貨小売店が10件にのぼった。だが、これもまだ序の口だろう。
政府の対策の遅れが、今後、続々と悲惨な数字となって現れる。第2次安倍内閣発足直後の2013年1月から続いていた雇用者数の対前年同月比の増加も、4月で止まることになりそうだが、その数字は5月末になって表面化する。
経済の瓦解を許せば、比較的高い支持率が続いてきた安倍内閣の人気も一気に凋落する。まさに大恐慌最中のフーヴァー大統領に自らを重ね合わせているのは、トランプ大統領だけでなく、安倍首相も同じかもしれない。
だが、収束傾向が見えない中での経済活動の再開という「危険な賭け」によって、再び感染が拡大すれば、次は強力な「ロックダウン(都市封鎖)」に踏み切らざるを得なくなる。そうなれば、日本経済は最悪だと思える今以上の、深刻な危機に陥ることになる。
磯山友幸 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間——大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。
関連記事
(2020年5月11日フォーサイトより転載)