婚約者ビザが切れる前に国際結婚を。急遽、市長が立ち会った“ソーシャルディスタンス婚”【新型コロナ】

ニューヨークの市役所が閉鎖し、ダメ元で隣の州に問い合わせしてみたらーーー。
Instagram/michaeljwildes

2020年3月22日、アメリカ北東部のニュージャージー州にあるイングルウッドという小さな街で、市長の協力のもとある国際カップルが結婚式をあげた。 

この日晴れて夫婦になったのは、アニルさん(27歳)とミワさん(29歳)。ふたりは、2メートル以上間隔を空け、マスクと手袋を着用し、最少人数で「ソーシャルディスタンス挙式」を挙げた。

アニルさんとミワさんが住んでいるニューヨーク州は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、3月20日から     市役所の婚姻の手続きをする部署が閉鎖され、公的手続きがストップ(※)し、3月22日からロックダウン(都市封鎖)を実施した。

研修を受けた“司式者”が立ち会い人のもと挙式をするアメリカでは、この情勢下で結婚自体を延期せざるを得ないカップルが続出している。

一方、アニルさんとミワさんは婚約者(K-1)ビザの期限が切れる前に挙式をしなければならないという事情があった。ふたりは、どうしてイングルウッドで結婚式を挙げることになったのか。オンラインで話を聞いた。

※4月末、ニューヨーク州の市民は今後、遠隔で結婚許可証を申請できるほか、通常は市庁舎で行われる挙式をオンラインで行うことが可能になると報道されている。

日本で出会い、遠距離恋愛を経て婚約者ビザを申請

同棲していた頃のツーショット
ミワさん提供
同棲していた頃のツーショット

――そもそも、おふたりの出会いは? 

ミワさん(以下、ミワ):アニルは私が働いていた札幌のゲストハウスの同僚で、「結婚を前提に付き合ってほしい」とアニルに告白されたことがきっかけで、2017年4月から付き合い始めました。

アニルとは元々よく一緒に映画を観に行ったり、近所の子どもたち向けに英会話教室を開いたりする親友のような間柄でしたし、私はかねてからイギリスの大学院に行く夢があったので戸惑いましたが、「こんなに私のことを理解して愛してくれる人はいないかも」と交際を決めて、それから2018年夏に渡英するまでの1年間同棲していました。

――交際当初から遠距離恋愛することは決まっていたんですね! ミワさんがイギリスに留学している間はどのようにコミュニケーションを取っていたのでしょうか。 

ミワ:基本的にはFacebookのビデオ通話とメッセージで連絡を取り合っていました。それ以外に彼がイギリスに3回来てくれて、私もアメリカに帰国した彼に会いに一度ニューヨークに行きました。

過去に国内で遠距離恋愛していた経験もあったのですが、アニルとは1年間同棲してから離れ離れになってしまったので、イギリスに行ったばかりの頃は自分の身体の一部がなくなってしまったような気持ちでしたね。 

特に、彼は私が留学している間に世界一周の旅に出ていて、電波のないアマゾンの奥地に行っていた時期もあったので、心が離れる不安よりも彼の安否の心配のほうが大きかったです。

――ビザの申請はいつから進めたんですか? 

ミワ:「婚約者ビザ」を申請したのは、2019年の8月です。

イギリス滞在中に申請しました。アメリカ国籍の方と結婚してアメリカに住むには「配偶者ビザ」か「婚約者ビザ」で渡米する方法があるのですが、配偶者ビザは申請から9ヵ月~1年程度かかるとされていて日本で手続きする必要があったので、イギリスから遠隔でも手続きがスタートできる婚約者ビザを選びました。

私の場合は申請してから7ヵ月後の2月にビザが下りたので比較的スムーズでしたが、手続き自体はかなり大変でしたね。ビザが下りたときはホッとして泣きました(笑)。

「婚約者ビザ」の申請中に渡米すると、違法ではないものの入国拒否にあう可能性もあるという噂も聞いていたので会いに行けず、再会できたのは3月でした。「これでずっと一緒にいられるんだ」と本当にうれしかったですね。

日本での挙式をキャンセルして渡米、市役所が閉鎖 

アメリカで再会した日の様子
ミワさん提供
アメリカで再会した日の様子

――大変な手続きを終えて2月にようやくビザが下りたんですね。その頃から徐々に新型コロナウイルス関連のニュースが出始めていましたよね。

ミワ:アメリカでは2月2日に緊急事態宣言が発令されていて、2月28日にトランプ大統領が「入国規制をかける国を検討している」という発表をしました。 

当時は、日本と韓国での感染拡大が心配されていたため、アメリカに入国できなくなり、そのままビザが失効してしまうのではという不安から、4月に予定していた日本での挙式をキャンセルして渡米のスケジュールを早めることにしたんです。

当初の渡航予定は4月29日だったので急ピッチで準備をして、準備ができた3月2日にチケットを購入して、翌日の3月3日には直行便でニューヨークに向かいました。

――3月上旬のニューヨークはどんな雰囲気でしたか?

ミワ:世界各地でのアジア人差別のニュースも見ていましたし、マスクをして恐る恐る入国したのですが、ニューヨーカーは私のことを気にする様子もなく、拍子抜けするほど平和な雰囲気でしたね。

ただ、自分が罹患している可能性も考えて、2週間はアニルの実家で自主隔離しました。

2週間の自主隔離生活を経てようやく外出できた3月20日、ニューヨークの市役所を訪れて「今日から市役所が閉まりました」という紙がドアに貼ってあるのを見たときは、ものすごく絶望しました。

婚約者ビザは、入国から90日以内に結婚することを条件に発給されるものです。

私たちは法律的に結婚することにそんなに固執していなかったのですが、アメリカで一緒に暮らしていくには結婚しなければいけなかった。 

「こういう事態なんだからしょうがないし、きっと大丈夫」と思いつつも、「なんであと数日早く来なかったんだろう」という後悔や「また離れ離れになって手続きをやり直さなければいけなくなったら」などという不安でいっぱいでした。

ダメ元で隣の州に問い合わせしてみた

3月の渡米後にアニルさんご家族と祝ったミワさんの誕生日の様子
ミワさん提供
3月の渡米後にアニルさんご家族と祝ったミワさんの誕生日の様子

――ニューヨークの市役所が閉鎖されてからは、どんなアプローチをしたんでしょう?

ミワ:もしかしたら近隣の州で手続きできる可能性があるかもしれないと思い、アニルのお父さんがビジネスをしている、ニューヨーク州の隣にあるニュージャージー州のイングルウッドという町の役所に問い合わせてみました。

担当の方は「基本的には街の住民にしか発行しませんが、法律的には他の州の方からでも問題ありません。もしイングルウッドで挙式をしてくれる司式者がいれば、結婚許可証を発行してもいいですよ」と言ってくれました。

ただ、司式者の資格を持っている知人は遠くに住んでいる人ばかりで、この情勢下でイングルウッドでの挙式に来てもらうのは実質的に難しかったんです。

町に司式者を紹介してもらえないかとダメ元で聞いてみたら、「前週にも市長が司式者をやっていたから直接メールしてみて」と連絡先を教えてくれました。

――とても柔軟な役所ですね! 

ミワ:役所の方も柔軟だったのですが、市長さんもかなり柔軟な方で、「婚約者ビザの期限が切れる前に挙式したい」という事情を書いてメールを送ったら、翌日に「ぜひやりましょう」とふたつ返事でOKしてくれて挙式できることになりました。 

後から知ったのですが、その市長さんはアメリカでも著名な移民弁護士で、早く挙式しなければいけない事情を理解してくれていたことが大きかったんだと思います。「グリーンカードの申請もやろうか?」とまで言ってくれた気さくな方で、すごくホッとしました。

市長の家で、ソーシャルディスタンス婚

アニルの従姉妹からドレス、義母からハイヒールを借りて臨んだ挙式
ミワさん提供
アニルの従姉妹からドレス、義母からハイヒールを借りて臨んだ挙式

――当日の挙式はどのように行われたのでしょうか。

ミワ:当日は「市長の家まで車で向かい、家の前の駐車場で行いました。マスクと手袋を着用、参列者は2m離れることを徹底して進めました。 

挙式は、市長さんのスピーチと、市長さんが結婚許可証にサインしたのみで、合わせて5分もありませんでした。

――たった5分間! その中でも印象深かったエピソードがあれば教えてください。

市長のInstagram上で公開された挙式の様子 

ミワ:マスクをしていてキスができなかったので、代わりに「誓いのハグ」をしたのですが、ハグしている時間が長すぎて「もうハグしなくていいです」と市長さんに制止されたことですね(笑)。でも、そのくらいリラックスして挙式に臨めたんだと思います。

それから、市長さんがスピーチで「新型コロナウイルスの拡大という非常時でも愛を貫けることが証明できた」と言ってくださったのも感動的でした。 

市民でもない私たちの結婚に快く、かつ迅速に手続きを進めてくださったことへの感謝の気持ちでいっぱいでした。

――長い手続きを経て挙式をようやく終えたとき、どんな気持ちでしたか?

ミワ:それぞれの両親が私たち以上に喜んでくれたのは素直にうれしかったですね。私たち自身は関係に変化があったわけではないのですが、「これからずっとアニルと一緒にいられるんだ」という安心感はありました。 

もちろんこれからグリーンカードの手続きや、現在日本とアメリカ間の物流が止まっている関係で必要書類を揃えられないなどの障壁も残っていますが、アニルと夫婦になれたことでひとまずはホッとして暮らせそうです。


(取材・文:佐々木ののか 編集:笹川かおり