一斉休校が始まってから2カ月以上。
文部科学省は休校中の学習について「ICT(情報通信技術)の最大限の活用」を各教育委員会に求めているものの、自治体間で取り組みの差が大きい。今も学校と日常的な連絡は取れず、与えられた課題やオンライン教材を手探りでこなしている家庭がほとんどだろう。
現状での効果的なICTの使い方や長期的なICT活用の利点について、教育情報化に詳しい国際大学GLOCOMの主幹研究員・准教授の豊福晋平さんに話を聞いた。
先生たちが動画を作っても、プロに勝つのは難しい
ーー休校が続き、オンライン授業が注目されています。
まず、「オンライン授業」という概念が曖昧に語られ過ぎています。そこを整理しましょう。
大きく分けると、オンライン会議システムなどで先生が授業をして児童生徒がライブで参加する「遠隔授業」、録画してある動画を児童生徒がそれぞれ見る「動画配信」があるでしょう。自治体によっては、クラウドで情報をやりとりする、ということを「オンライン授業」と呼んでいるところもあります。自治体の発表や報道に触れるとき、この違いを認識しておかなければ、正しく情報を理解できません。
ーー自治体によって、いわゆる「オンライン授業」を含めたICTの活用には大きなばらつきがあります。現状をどう分析しますか?
先生方にとっては、日常的な授業をオンラインで再現するということが一番想像しやすい。なので、「オンライン授業」として遠隔授業やYouTubeでの動画配信をしよう、という流れになっていると感じます。しかしこの流れはみんなが不幸になる、と私は感じています。
まず、今は動画を含め、様々なオンラインの教材があふれています。先生たちが慣れない動画を作っても、お金をかけてプロが作ったものに勝つのは難しいでしょう。子どもが長い間見ていられるとは思えません。
さらに、1人1台学習用の端末が配布できている自治体はいいですが、そうでなければ家庭にあるパソコンやスマホなどの端末を使うことになります。親も仕事で使うでしょうし、兄弟姉妹がいたら取り合いになる。現実的ではありません。
ーー確かに先生が作れる動画には限界があるとは思います。家庭で子どもたちが利用できる端末や通信環境の差に悩む自治体も少なくありません。この中でICTを活用して学習を進めるにはどうすればいいのでしょうか。
家庭環境の差は大きいです。文科省もそれは分かっていて、「GIGAスクール構想」として4年かけて整備しようとしていた「児童生徒1人1台の端末整備」を1年でやろうとしています。ただ、すでに手を挙げた自治体でも配備に数ヶ月はかかるでしょう。新型コロナウイルス感染症が収束している可能性すらあります。
整備されるまで、どうICTを活用するか。何を諦めて何を大切にするのかを明確にする必要があります。
文科省のまとめでは、2019年3月時点で、小中学校に整備されているPCなどの端末は5.4人に1台。もっとも進んでいる佐賀県は1.8人に1台、進んでいない愛知県では7.5人に1台など、自治体間で差が開いていた。
政府は2019年に「2023年度までに、小中学校では1人1台、PCなどの情報端末を整備する」などとした「GIGAスクール構想」を打ち出した。しかし新型コロナウイルスの感染拡大で休校となったことでICT活用の必要性が高まったため前倒しを決めた。2020年度中に1人1台の端末整備を完了させる方針だ。
今必要なのは、子どもたちとの「関係づくり」
ーー資源が足りない中、取捨選択が必要だということですね。
この2カ月、学校が何に困ったか。一番は、日常的にコンタクトを取る手段がない、関係づくりができない、ということでした。
4月は通常、学級にとって肝となる「関係づくり」の時期。それによって安定した土台ができて初めて、授業がスムーズに行えます。でも今はほとんど学校と児童生徒が連絡を取れず、担任の顔すら見たことがないという子もいるでしょう。これでは学校が再開したとしても、学級運営は困難です。
授業というのは、ただ情報や知識を伝える、という単純なものではありません。その場に座っていられるようにする訓練、学ぶ動機付け、フィードバックなど、様々な要素で成り立っています。
先ほども触れたように、情報伝達という、授業の役割のうちのひとつは、プリントを使ったり、世の中にあるコンテンツを活用したりできる。ならば今学校がやるべきなのは、関係づくりの部分ではないでしょうか。つまり、毎日連絡を取れるよう仕組みを整えたり、生活のリズムを整える手助けをしたり、フィードバックをして子どもたちの動機付けをしたりすることです。
ーーイメージされやすい「授業」の部分ではなく、その周辺を整えるためにICTを利用するんですね。実際どのように行うのがよいでしょうか。
オンライン会議システムなどを使って長時間画面に縛り付けておく必要はありません。たとえば朝の5分、親のスマホを借りて、高校生なら自分のスマホを使って、「朝の会」に参加する。このくらいならば、通信量もそこまで多くはかかりませんし、家庭内で使うタイミングを融通することもできるでしょう。
たった5分でも参加していない子や画像をオフにしている子は把握できますし、そこからフォローするようなコミュニケーションを取ることは可能です。子どもたちに学習への動機付けをするような言葉がけもできる。情報伝達よりもむしろ、子どもを支えるという姿勢が重要です。
各家庭の情報環境を揃えるとしても、スマホを持っていない家庭はパソコンなどと比べて少ないので、自治体にとっても保障がしやすいはず。情報のライフラインが整うというのは、今後も大きなメリットになるでしょう。
ICT活用で遅れる日本。1人1台の端末は子どもたちの「文房具」になるか
海外に目を向けて比較すると、日本の教育現場でのICT活用は遅れていると言わざるを得ない。
国際的な学習到達度調査「PISA」の2018年版で行われたICT活用に関する調査で、日本は授業(国語、数学、理科)でデジタル機器を使っている時間がOECD加盟国中最下位。学校外での利用についても、「ネット上でチャットをする」「ゲームをする」生徒の割合は平均を上回っているが、勉強に関係する使い方をしている生徒の割合は平均を大きく下回った。
ーーPISAの調査でも明らかなように、日本は教育現場ではICTの活用が遅れており、それが休校中の混乱を招いた面もあると思います。背景には何があるのでしょうか。
日本の教育現場はこれまで「パソコンやスマートフォンは仕事や遊びに使うもの。学校の勉強は手書きでやらなければ」という考え方が主流でした。
家庭や企業ではデジタルシフトが起こって扱う情報量が数百倍になり、情報を扱えることは生きていく上で武器になる時代になった。それでも学校ではスマホやPCの利用についてネガティブに捉え続け、利用を控えさせる指導をし、もちろんICTの活用も進まなかった。
結果として、学校と家庭や企業の間に深刻なデジタル・デバイド(情報格差)が起こっていました。
――今回の休校がICTの活用を後押しすることになるのでしょうか。
GIGAスクール構想も前倒しされることが決まりましたし、子どもが情報端末を自分の道具としてしっかりと使えるようにしなくてはいけないという意識は広がったと思います。
これまでの指導方針からは大きな転換が起こるでしょう。
ーー1人1台の情報端末が整備されたとして、使い方によって得られる効果は大きく変わりそうです。今、ICT活用でどういった能力を伸ばすことが求められているのでしょうか。
強調したいのは、情報端末は「先生が教えるために使う道具」ではなく、「子どもたちが文房具のように使うもの」だということです。
情報にアクセスできる機会が飛躍的に増えている現代、「知識や情報を持っている」ということ以上に、「得た知識や情報を使って何をするか」が重要になってきています。情報端末は、それを実現するためのツールという位置付けです。
しかしPISAの結果をみると、日本の子どもたちは情報端末の使い方が非常に内向きだと分かります。チャットやゲームなどのエンターテインメントは楽しむけれど、外に向けたアピールには使えていないんです。
なので1人1台の端末を手にした時、どれだけノートや鉛筆のような「文房具」として持続的に使いながら、学びの成果を社会に示すことに重点を置いた授業展開ができるかが非常に重要です。以前は先生が黒板を埋めて、子どもたちにノートをとらせることが「いい授業」でしたが、子どもの手元に端末があるということを前提にして、よりアウトプットを意識した授業の進め方を考える必要があるでしょう。
ICTを活用した学びは、社会で使うスキルにつながる
ーー知識や情報をどう生かすかが重要だというのはよく分かります。具体的にはどういったアウトプットが可能ですか?
情報端末を活用してできることは、実は非常に幅広いです。単にノートをとる、調べ物をする、動画を見る、だけではありません。
調べた結果や考えたことを文章にまとめてブログにする、クラス内で成果物を共有しコメントし合う、協力して動画を作るなど、クリエイティブな取り組みに繋げる方法はいくらでもあります。ICT活用の先進国などではこうした取り組みが日常的に行われています。
――こうしたスキルは、授業以外でも使えそうです。しかし課題も多く、簡単ではないと感じます。
日常的に授業でICTを活用していれば、より生活に直結した問題解決にも活かせます。例えば生徒会活動で議事録を共有するとか、情報を集めて分析し、生徒に呼びかけるためのポスターや文章を作ることだってできる。こうした具体的な「出口」のある学びは教室での学習より面白いですよね。
それらは、社会で私たちが仕事で使っているスキルにもつながっています。子どもの頃からそうしたスキルに触れることは、子どもたちの可能性を広げることに繋がると考えています。
確かに課題は少なくありません。授業の方法を見直したり、子どもたちに情報端末の基本的な使い方や自律を高める教育をしたりする必要があります。しかし、日本の教育におけるICTの活用はすでに20年以上他国に遅れを取っていますし、待ったなしの崖っぷち状況にあるという危機感は持っておきたいですね。
子どもたちが「これは自分の武器になる」と納得するようなスキルを身につけられるよう、進めていくべきでしょう。