緊急事態宣言の発令から7日で1カ月。未知のウイルスに対して、確定的なことはない。
「重症化するのは高齢者」という当初の見立ても、時間がたつと共に軌道修正された点の一つだ。
「限定的なデータしかない初期の段階で、若者=低リスクと判断した専門家会議の責任は大きいのでは」。危機管理の専門家の一人は、こう指摘する。
感染拡大のステージに入ってから、専門家会議や政府の発信内容、年齢層ごとの感染状況がどう変遷したのか。時系列で振り返る。
■高齢者に重症化リスク
「高齢者・基礎疾患を有する者では、重症化するリスクが高いと考えられる」
政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は2月24日、国内の症例を分析した結果、こうした見解を発表。翌日の政府の対策本部の基本方針も、これに足並みをそろえた。
最初に感染が拡大した中国での調査でも、この傾向は顕著だった。
中国と世界保健機関(WHO)の合同専門家チームは2月28日、中国で16〜24日に行った調査結果をWHOに報告。
▽80歳以上の致死率が最も高く21.9%
▽18歳以下は全体の感染者の2.4%で、重症化は稀
▽若者の感染者のうち2.5%が重症化、0.2%が重篤化する
とまとめた。
■専門家会議「若者世代は、重症化リスクは低いです」
こうした海外の調査結果を踏まえ、政府の専門家会議が
「高齢者=リスク高、若者=リスク低」
との構図を明確に示したのは、3月2日。全国の若者へのメッセージで、こう呼び掛けた。
「10代、20代、30代の皆さん。
若者世代は、新型コロナウイルス感染による重症化リスクは低いです。
でも、このウイルスの特徴のせいで、こうした症状の軽い人が、
重症化するリスクの高い人に感染を広めてしまう可能性があります。
皆さんが、人が集まる風通しが悪い場所を避けるだけで、
多くの人々の重症化を食い止め、命を救えます。」
若年層は症状が見えにくく、結果として多くの中高年層に感染が及んでいる、との主張だった。
WHOのテドロス事務局長も3月20日、外出を自粛しない若年層に以下のように警告している。
「若者のみなさんへ伝えたいことがある。あなたたちは無敵ではない。新型ウイルスに感染すれば、数週間も入院したり、死ぬ可能性さえある。病気にかかっていないとしても、皆さんがどこへ行くかによって、他人の生死を左右するかもしれない」
この頃、若い世代でも重症化しうることを裏付けた調査結果が米国で公表された。
米疾病対策センター(CDC)が3月18日に発表した調査結果では、米国の入院患者508人のうち、20~44歳が2割を占めていた。集中治療室での治療が必要になった121人のうち、12%は20~44歳だった。
■欧米で10〜20代の死亡続く
国内の報道の流れが変わったのは、3月下旬。欧米で、基礎疾患がない10代や20代の死亡例が相次いだことだ。
NHKは3月31日、英国で持病のなかった21歳女性やフランスの16歳少女の死亡報告を取り上げ、「若い人でも重症化や死亡のケースも」と報道。4月1日には毎日新聞も「新型コロナ、若者に重症化リスク 海外で相次ぐ死者 専門家『日本でも死亡の可能性』」との見出しで報じた。
■尾身副座長「この闘いは全世代なんです」
専門家会議の副座長の尾身茂氏は4月1日の会見で、「高齢者だけが重症化する、という印象が広がっている」との記者からの指摘に、こう述べている。
「ここに来て実は、今回の新しいエビデンスです、どうも若者だけじゃなくて年配の40代50代もクラスター感染に関与している。もうこれはオールジェネレーションなんです」
「実は高齢者はもちろん重症化しやすい、重症化するのはこれははっきりわかっていますね、年齢が高いほど多くなる。しかしだからと言って若い人、小児が全く重症化することがないということではない。
当初は高齢者、重篤になるのは高齢者だけ、感染させるのは若者だけということで焦点を絞ってきたけれども、この闘いはもう全世代でお互いを守る行動することがポイントだと思います」
確かに、国内で若年層が重症化するケースはまれだ。厚労省の統計によると、20代以下の死者はゼロ。陽性者20代以下の陽性者2979人のうち重症患者はわずか5人だ。(5月3日時点)
一方で、4月には茨城県と埼玉県で30代男性が死亡。両県とも基礎疾患の有無について「遺族の意向により公表できない」と説明している。山梨県では0歳児が重症になるなど、国内でも若年層はリスクゼロではないことは明らかだ。
■「お墨付き」の代償は
「若者は低リスク」から、「若者も重症化リスクあり」へ。
変容の過程を、専門家はどう見ているのか。
内閣官房新型インフルエンザ等対策有識者会議のメンバーで、日本大危機管理学部の福田充教授(リスク・コミュニケーション)は
「当初、中国での調査結果が日本にも当てはまるという前提で、専門家会議も政府も若者の重症化リスクの低さを強調して発信していた。
これは若年層に、『自分は低リスク群に属する』というお墨付きを与えることになってしまった。恐怖心が薄れた結果、外出自粛など行動の制限につながらず感染拡大を招いた面がある」と見る。
「空振り三振はしても、見逃し三振はしてはいけない。最悪の事態を想定することは危機管理の鉄則です。若年層の重症化や死亡は例外的と強調するのではなく、全ての年齢層に重症化のリスクがあると当初から伝えておくべきだった」と指摘している。