10万円の現金給付だけで「#StayHome」はできません。生活保障のための抜本的な対策を。

生活保障という観点からこの政策の不十分さを指摘したい。そして長期におよぶ感染拡大を抑える取り組みのために、どのような施策が必要なのかを考えていこう。
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■ポジティブな評価が一転…

当初は新型コロナの影響で減収した世帯を対象に30万円を支給するとしていた政府は、方針を転換。一律に個人単位で現金10万円を支給するとした。

当初の情報では、現金支給の対象を選別するのではなく「一律」に、世帯単位ではなく「個人単位」で行なうなど、これまでの「古い」社会保障の発想からの転換がみられ、ポジティブに評価できる点も多かった。

ところがその実施方法について二転三転し、結局のところ一律といいながら「自己申告制」であり、個人単位といいながら「世帯主が受取権者」というかたちに落ち着いた。

支給を自己申告制にしたことによって、現金を「受け取るべきか否か」という不毛な論争が広がっている。社会の連帯感を強めて感染症対策を前に進めるべきこの時期に、不要な分断や対立を生み出してしまった。また、世帯主が受取権者という方法は、すでに批判されている通り、DVや虐待など家族のなかにある暴力や支配関係を強化する役割を果たすことになるだろう。

しかしここでは、現金支給の方法上の問題についてではなく、生活保障という観点からこの政策の不十分さを指摘したい。そして長期におよぶ感染拡大を抑える取り組みのために、どのような施策が必要なのかを考えていこう。

■現金支給10万円だけでは生活は保障されない

みなさんは、現金10万円を支給され、はたしてどれだけの期間生活することができるだろうか? がんばってもせいぜい1ヶ月程度という方が多いのではないだろうか。ちなみに東京都の単身者の最低生活費は家賃込みでおよそ13万円なので、10万円だけでは1ヶ月生活することすらかなり厳しいと言える。

また、10万円の現金を受け取ることができたとしても、借金の返済を抱えている人はそれに消えてしまうだろう。家賃や公共料金、通信料などの支払いに使えば、ほとんど手元には残らない。子どもがいる世帯は教育費が、介護が必要な人は介護費用もかかる。病気がある人は医療費が必要だ。

10万円は人びとの生活を多少なりとも「支援」することはできるかもしれないが、生活保障という観点から見れば、きわめて限定的な効果しか果たさない。

さらに言えば、ギャンブルやお酒などのアディクション(依存症)を抱えている人たちにとっては、治療や社会的なケア、サポートがないままの現金給付は、症状を加速させてしまうことにもつながりかねない。

新型コロナ感染症との戦いは1年以上続くと見込まれており、一度きりの10万円支給ではまったく不十分であることは明白だ。そのため、長期的に生活を支えるための道筋を考えていく必要がある。

■“Stay Home”のために

しかし、一度ではなく断続的に、一律の現金支給を実施していくという方法は、財源を考えても現実的ではない。それよりも重要なことは、既存の仕組みを改良・拡充していくことを通じて、最低限の生活ニーズを満たせるようにし、生活破綻を防ぐという方策を考えることだ。

感染症対策として“Stay Home”を呼びかけてられていることからも、安定した住居の確保はもっとも重要だ。東京で働いていた人でも、減収あるいは失業によって家賃を支払うことができなくなれば、実家に帰らざるをえなくなる。ところが、これによって生じる「移動」は、しばしば指摘されているように全国的な感染拡大の要因になる。

だから住居を維持するための施策が必要だ。住居確保給付金という家賃を補助する仕組みがある。離職したり減収したりした場合に収入要件と資産要件を満たしていれば使えるが、「常用就職をめざした求職活動を行なう」という要件が残っていて、自営業者やフリーランス、アーティストらはこれまでの仕事を断念しないと利用できない。要件を緩和して、より多くの人が利用できる普遍的な仕組みにつくりかえていくべきだ。

(※加藤厚生労働大臣は24日、要件を緩和し「求職活動」を外すことを表明した)

住居だけではない。ライフラインを確保するために、公共料金の支払いを猶予・減免などをもっと大胆に進めていく必要がある。愛知県刈谷市では、水道の基本料金を4ヶ月全額免除すると発表した。免除方法は「水道料金及び下水道使用料の請求から基本料金等相当額を差し引く方法で実施(申請は不要)」としている。

このように、申請が不要で、サービスを利用している人なら誰でも恩恵を受けられる方法(普遍主義的な現物給付)は、お金の有無にかかわらず、人びとの生活を安定させることにつながる。住居+ライフラインにかかるお金のの負担軽減は、長期的な感染症との戦いにおいて非常に有効だろう。

子どもがいる世帯では、教育費の負担も大きい。介護や医療を受ける必要があればその費用も決してばかにならない。こうした費用も普遍主義的な現物給付で保障していくことが求められる。新型コロナの減収・失業などによって、教育や介護、医療を受けられるかどうかが左右されるべきではない。

さらに、住宅ローンをはじめとした借金を抱えている人たちも多い。減収・失業で返済ができなくなれば、安心して住居にいることができなくなってしまう。東日本大震災時に行なわれた個人債務減免などの仕組みを参考にしながら、新型コロナの影響で支払い困難になった人たちへの対処していくことが求められる。

これら生活に必要な費用が保障されて、はじめて“Stay Home”を実現することができる。これらの保障がえられなければ、リスクを承知で、生活のために働き続けなければならない。こうして感染症対策は無力化させられてしまう。

■広がる生活破綻

生活を守るための措置は、一刻の猶予もない。

NPO法人POSSEに寄せられる生活相談は4月以降急増し、300件を超えている。「4月の家賃を支払うことができない」、「貯蓄もなく、生活の見通しが立たない」、「派遣切りにあって、子どもたちを食わせてやることができない」など、そのどれもが深刻だ。

新型コロナは飲食や小売、観光などサービス業で働く人びとの仕事を激減させ、もともと低賃金で働いていた非正規労働者は、あっというまに貧困に追い込まれてしまった。製造業でも生産ラインを見直す動きが出始め、派遣労働者を優先的に切り捨てている。弱い立場の人たちが、さらに追い込まれている。

貯蓄が十分にない世帯も日本には膨大に存在する。周燕飛は緊急コラム「新型コロナで生活破綻のリスク群に支援を 」のなかで、現役世帯の6世帯に1世帯(16.5%)が金融資産をまったくもっておらず、金融資産の残高が小額で1〜3ヶ月程度の生計費しか賄えない世帯も1割弱(7.5%)いることを指摘している。両者をあわせて4分の1の現役世帯が、失業や減収になった場合に生活が破綻するリスクが高い。

現在すでに、生きていくための必要を満たすことができず、生存を脅かされている人たちがこれまでにない規模で広がっており、今後はさらに拡大していくことが予想される。この状況に対する緊迫感をいまの政府はもっているのだろうか?少なくとも私には、そうは思えない。

すでに支給が行われている世界各国に比べて、日本政府の対応はあまりにも遅すぎる(加えて冒頭に指摘した方法上の問題もある)。現金支給を行うなら、速やかに、一律に、個人単位で行ない、政府が人びとの生活を保障するというメッセージを明確にし、社会の連帯感を強めていくことを目的に実施すべきだ。

そして一度きりの現金支給で終わらせずに、長きにわたるウイルスとの戦いに耐えられる生活保障の仕組みを構築していかなければならない。すべての人の生存を保障することが感染拡大の防止につながるという基本的認識を、改めて共有していく必要があるだろう。

(編集:榊原すずみ

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