新型コロナウイルスの感染が日本中で急速に拡大する中、各地の保育園で保育士や園児が感染したケースの報告が相次ぎ、保育の現場からは不安の声も上がっている。
そんな最中に起きたのが、横浜市内の私立認可保育所で、保育士が新型コロナウイルスに感染したことを保護者に知らせないよう横浜市側が指示していた問題。
同市の私立保育園園長会が4月13日、市に提出した要望書には、「情報操作や隠蔽ともとれる対応を直ちに止め、保護者への公表を妨げないこと」と、緊急事態宣言が発令されている期間の「原則休園」を求める内容が盛り込まれた。
行政への不信感を招くような問題は、なぜ起きたのか。
保育士感染から「保護者に伝えず、続けて」の指示まで、時系列でみると…
横浜市や同市私立保育園園長会への取材から、経緯を振り返る。
横浜市神奈川区の私立認可保育所の女性保育士が発熱や倦怠感などの症状を訴えたのは、3月30日。熱が下がったため4月3日までは勤務したが、新型コロナウイルスに感染した疑いが捨てきれないと判断して4日からは出勤していなかった。保育士は自力で探した医療機関でPCR検査を受け、8日夜に陽性が確認されたという。
横浜市保育教育運営課によると、市が状況を把握したのは4月5日。
保育所の園長から「新型コロナが疑わしい症状がある保育士がいる」と区に報告が入った。保育士はすでに出勤していないこと、保健所からPCR検査を受ける必要はないと言われていたことなどから、「引き続き開園し、保護者にはまだ知らせないように」と指示をしたという。
一方、この頃には「保育士が新型コロナの疑いで自宅療養になっている」という噂が近隣で広がるようになっていた。
8日夜、保育士から「陽性だった」と園長に連絡が入り、園長は再び区に報告。園長は「保護者に知らせ、翌日から保育園を閉めたい」と伝えたが、「すぐには知らせず、翌日は通常通り開園するように」と指示された。
保育所は独断で保護者に連絡した。保育士の感染を報告したうえで、通常通りの保育が可能だと伝えたところ、全員が登園を自粛し、事実上の休園状態となったという。
3月30日 保育士が発熱や倦怠感などの症状を訴え、休む
3月31日〜4月3日 勤務
4月4日〜 新型コロナの疑いが排除できないため、出勤をやめる
4月5日 園長から「症状がある保育士がいる」と区に報告
4月8日夜 PCR検査で陽性が確認。園長から区に報告、「保護者に連絡し、9日からの休園したい」と伝える。市は、保護者には伝えず9日は通常通り開園するよう指示
4月9日 園長の独断で保護者に連絡、登園判断は保護者に委ねる。子どもは登園せず、事実上の休園状態に
4月10日 横浜市が4月18日までの休園を認める
横浜市の言い分は?
なぜこんなことになったのか。市側の言い分はこうだ。
「保育士から園長、園長から区に『陽性』と報告があったのは事実ですが、保健所からの報告はまだ入っていませんでした。保育士は4日以降出勤していないため、陽性が出たといっても、検査の前後で感染リスクが変わることはない。保健所の調査と報告を待ってから保護者に状況を伝えた方が、保護者の不安を煽らずにすむと判断しました」
さらに、保健所の対応が1日遅れた理由について、こう説明する。
「PCR検査を受けた医療機関を管轄する保健所、保育士の居住地を管轄する保健所、勤務先である保育所を管轄する保健所。それぞれが違ったため、タイムラグが発生しました」
感染報告が最初に入るのは、保育士がPCR検査を受けた医療機関を管轄する保健所だが、保育士個人の行動歴などを調査するのは居住地を管轄する保健所、保育所内での状況を調査するのは保育所を管轄する保健所になる。3つの保健所がそれぞれ違ったため、対応に遅れが生じたという。
横浜市では、新型コロナの感染が確認された場合の保育所の対応について「登園自粛の要請については、横浜市の感染症対策の所管部署の調査結果をもとに判断する」と定めており、今回もこれに沿ったかたちだ。
「間違ってはいないが、適切ではなかった」
だが、園長会の要望書に加え、4月15日に報道が相次ぐと、市民らから批判が殺到した。
担当者は「感染症対策という意味では判断が間違っていたとは思わないが、これだけ感染者が増えている中で、分かっている情報をできるだけ早く伝えて欲しいという保護者の不安に寄り添えていなかったと反省しています」と語る。
「これだけ批判を受けるということは、適切な対応ではなかったのだと思います。情報操作や隠蔽をしたつもりはありませんが、感染が分かった段階で調査を待たずにお知らせするなど、今後は対応を見直さなければと思っています」
保育現場は『3密』が重なる場所
待機児童が深刻な都市部では、子ども1人当たりの保育室の面積が基準ギリギリで運用されているところが多く、園庭がある保育所は少ない。保育時間も標準で8時間、長ければ11時間に及ぶ。至近距離での濃厚接触も避けられない。
ただでさえ激務で知られる保育士だが、園長会の担当者は「新型コロナで保育士の仕事とストレスはさらに増えている」と指摘する。
「感染防止のために保護者を保育室に入室させないようにしているため、園内での支度はすべて保育士が行うようになりました。子どもが触ったところを消毒したり、子ども同士、保育士同士の接触にも気を使っています」
保護者との接触にも気を張るという。
「どういう状況でお仕事しているのか、満員電車に揺られてきたのか、わかりません。でも子どもに関わる仕事なので『ソーシャルディスタンス』など取れません」
感染の恐怖に怯える保育士、保育園が空いていれば休めない保護者
さらに状況を複雑にしているのが、緊急事態宣言が発令された際に示された「感染リスクに留意し、保育の規模を縮小して実施」するという方向性の曖昧さだ。
「臨時休園」か「登園自粛要請」かーー。どこまで登園を認めるか、温度感は自治体や園によって異なる中、現場の保育士からは悲鳴に近い声が上がる。
「自宅保育が可能なら登園自粛」と比較的緩い対応をとる都内の自治体で保育士として働く女性は、「好きな仕事だが、初めて辞めたいと思った」と明かす。
「私たちも人間ですし、自分の身を守るために、できれば出勤したくありません。ですが、出勤せざるを得ない状況にあるのです。毎日怖いです。いつ自分が感染するのではないかという恐怖のもと保育しています」
女性が勤める保育所では、半数ほどの子どもが登園を自粛しているというが、在宅ワークで子どもがいると仕事ができないので預けたいという保護者もいる。
「子どもとの距離は近く、風邪気味の子の鼻水やくしゃみの対応もしているので怖いなと思いながら保育しています。どうしても密は避けられません」
横浜市の私立保育園園長会の要望書では、緊急事態宣言の発令期間中は保護者の職業が医療従事者などの特例をのぞき、「原則休園」とするよう求めている。
「『保育園が空いている限り出勤しないといけない』という保護者も大勢いる。保護者に対し、子どもの生命と仕事を天秤にかけるという辛い判断を強いることになってしまっています」
「保育士にも家族がいます。疲弊しながらも感染の恐怖に怯えながらやむを得ず勤務を続けている状況です。祖父母と同居していて、仕事を休みたいという申し出もありました。このままでは終息した時、仕事を辞めてしまう保育士も出るのではないかと心配しています」