政府は新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急経済対策を発表。新型コロナウイルスによる所得の減少が生じている場合には、1世帯あたり30万円を支給することで一致した。
とはいえ、一律に現金が支給されるわけではない。現金を受け取るためには、自ら新型コロナの影響よって収入が減ったことを「自己申告」しなければならない。
まだ具体的な方法が確定しているわけではないが、現段階で示されている情報から「自己申告制」の問題点を整理しながら、この案が「新型コロナ禍対策」という観点から目的を見失っていることを指摘したいと思う。そして日本で求められる対策も考えていきたい。
■「自己申告制」により起きる問題点
新型コロナウイルスによる所得の減少対策として1世帯あたり30万円の支給を自己申告制にすることによって、具体的にどのような問題が生じることになるだろうか。同じく自己申告によって運用されている生活保護行政の窓口で起きていることを参考に問題点を整理していこう。
現在想定されている新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急経済対策としての「現金支給」と同様に、生活保護制度の利用は自己申告制をとっている。申請にもとづいて資産調査(収入・資産)が行われ、条件を満たしていれば受給が決定される。
生活保護では「不正受給」を排するために、世帯の収入・資産の状況がわかる書類提出、預金通帳のチェック、親族への扶養照会、家庭訪問による調査などが行われている。(なお、生活保護の「不正受給」の割合は金額ベースで0.4%程度であり、一般的なイメージに比べて極めて少ない)
今回の現金支給が自己申告制の場合は、生活保護制度ほど厳格な調査にはならないと予想されるが、「虚偽申告」を排するためにある程度の調査は行われることになるだろう。
問題点①行政の窓口業務負担が増大
行政側から見れば、こうした調査を行うためには大変な労力を割かれることになる。仮に扶養照会や自宅訪問は行われないとしても、資料を精査する業務だけでも労力は膨大になることが予想される。
また家計状況というセンシティブな内容に踏み込むため、申請者とのあつれきが生じやすく、職員にかかるストレスも大きい。住民福祉を担うべき行政職員のリソースが不毛に磨耗させられてしまうことで、本来の業務が圧迫され、二次的な被害が生じる可能性もあるだろう。
問題点②申請にかかる労力が排除を生む
申請者から見れば、書類を用意するだけでも大変だ。自らの所得の低下を証明するための資料を得るために、雇用先や契約先への問い合わせをしなければならないだろう(企業にも証明の事務作業が生じる)。
そして、本当に困っているのかを調査するために、行政によって申請資料を精査され、家計状況について質問される。こうしたやりとりはしばしば屈辱を伴うことがある。
申請に必要な書類をたくさん書かされることが面倒で、現金支給資格がある世帯、実際に支給が必要な世帯が申請することを諦めてしまう可能性も出てくるだろう。
また、高齢者や障害者、外国人、子どもの世話をしなければならないシングルマザーなどは書類を用意すること自体大変な作業である。サポートしてくれる人が身近にいなければ、申請自体を諦めてしまう可能性も高い。
このように「不正を排除」しようとすれば、必要な人に届かない仕組みになってしまうのである。
問題点③感染拡大のリスク
さらに、新型コロナの感染拡大が生じているにもかかわらず、自己申告制にすることで、申請者が窓口に殺到するという事態が容易に想像できる。これが今回の対策のもっとも不合理な点である。
窓口業務を担う職員はもとより、申請会場全体がクラスターになりかねず、本末転倒というほかない。
そもそも何のための現金支給なのだろうか? 政府の現行案は、「本当に必要な人」を選別し「虚偽申告」を防止することに重点を置きすぎて、本来の目的を見失ってしまっているように思える。
■諸外国では新型コロナに伴う緊急経済対策として一律給付や休業補償を行っている
その対応を見てみよう。
① 一律現金支給を行っている国―韓国、香港、アメリカ
韓国、香港、アメリカでは日本と同様「現金支給」を対策として打ち出している。
アメリカでは年収7万5000ドル(約825万円)以下の大人1人につき現金1200ドル(約13万円)、子ども1人につき500ドル(約5万5000円)を直接支給する。
このように、現金支給を行う国では、できるだけ迅速に支給を開始するために、高所得者への制限はあるものの、対象を選別せず「一律」に実施することを決めている。
コロナによる経済的な影響を緩和しようとするものであるから、現金支給による効果はさておき、可能な限り迅速に支給するという観点からは合理的と言えよう。少なくとも日本のように「選別」によって生じる無駄は生じづらい。
②休業補償という形での対応―ヨーロッパ
ヨーロッパでは、休業補償を行うことによって労働者が家にとどまり、感染拡大を防ぐという戦略がとられている。
たとえばイギリスでは、すべてのレストランやパブ、スポーツジムなどを閉鎖することを決定し、企業の規模を問わず休業せざるをえなくなった従業員の賃金の8割を保障する(最大約33万円)。
フランスでも休業する労働者の賃金を100%補償し、小規模事業者やフリーランスにも第1弾として1500ユーロ(約18万円)を支出する。ドイツも自営業者などに3カ月で最大9000ユーロ(約108万円)を保障するとしている。
不要不急の労働を停止させ感染リスクを抑えつつ、コロナ危機後を見据えて雇用を継続していこうという狙いが明確だ。
■今後日本で求められる対応とは?
以上を踏まえれば、日本で行おうとしている自己申告制による支給世帯の選別は何のメリットもないといえるだろう。それどころか行政、および申告者の大量の手間を生み出し、感染リスクを高める可能性すらある。
現金支給を行うのであれば、ある程度の所得制限は設けるにしても、一律に支給するべきだろうと私個人は考えている。感染拡大が危ぶまれ外出自粛の要請を呼びかけている最中で、窓口へ申請をするなどあまりにも不合理だ。支給対象世帯の選別によって生じるコストはできるだけなくすべきである。
ただし、一律現金支給をおこなったアメリカでは、リーマンショックを超える大量の失業者が発生している。一時的に現金支給を行ったとしても、失業して収入の見通しがなくなってしまえば貧困は拡大していくことになる。こうした現状を踏まえれば、ヨーロッパのように休業補償をして雇用を守っていくことの方が、今の日本にとって合理的であるように思える。また現金支給がどの程度の効果があるかについてももっと検討が必要だ。
また、新型コロナによる影響から生活を守っていくという観点から考えると、一時的な現金支給だけでは不十分だろう。生活の基礎的な支出を減らしていく仕組みも考えていく必要がある。
なにより重要なのは住宅だ。スペインでは家賃滞納者に対する立ち退き要求を禁止することが発表された。イグレシアス副首相は「住居は人々がウイルスと戦う塹壕(ざんごう)だ」と表明している。
生活を守り、新型コロナの脅威から身を守るためには、安心して過ごせる「家」が必要だ。そしてそこで生活を送りつづけるためにも水道・電気・ガスなどのライフラインを維持することが求められる。こうした費用の支払いを猶予・減免・免除していくための仕組みを整えていくことも有効だろう。
この危機的状況のなかで不毛な「不正者」探しをしている猶予はない。危機は平時から弱い立場にある人たちにもっとも苛烈に襲いかかってくる。黙っていてもまともな対応は行われない。生活を保障するための対策を要求していかなければならない。
(文・渡辺寛人/編集・榊原すずみ)