劇作家・平田オリザさんが芸術監督を務める、城崎国際アートセンター(KIAC)の開設から5年。初年度から一年中、世界中の劇団やアーティストが集う文化施設になった。
2021年に兵庫県豊岡市は新たな節目を迎える。
それは、日本初の演劇やダンスを本格的に教える公立大学、兵庫県立の国際観光芸術専門職大学(仮称)の開校(認可申請中)だ。
この大学は、1964年による短期大学の制度化以降、55年ぶりに文科省が新たに大学体系として追加した「専門職大学」構想を踏まえたものだ。
この新たな大学の学長に平田さんが就任する予定だ。
城崎国際アートセンター、専門職大学の設立準備、そして豊岡演劇祭の立ち上げ。点から面を広げ、地域を巻き込みながら芸術文化とともに街を再生する狙いがそこにはあるという。
新たな専門職大学はどんな大学なのか。地方創生の形と、思い描く未来の地域のあり方とはなにか。2019年に豊岡に家族で移住した平田さんに話を聞いた。
演劇が学べる国公立大学、誕生へ
——2021年4月に国際観光芸術専門職大学(仮称)が豊岡にできるそうですね。学長に就任するとも伺っています。まずは、設立の経緯を教えてもらえますか?
文科省が打ち出した専門職大学構想に、豊岡市の中貝宗治市長がとても意欲的だと伺いました。当初は観光が軸だったんですが、私が「観光だけじゃ学生は集まらない、観光以外にもう一つフックがほしい。コミュニケーション学部があればよいのでは」と、話をしたんです。
同時に、演劇界に目を向けると、日本では演劇が専門で学べる国公立の大学は一つもありません。欧米やお隣の韓国では、演劇関連の学科がある大学から多くの俳優を輩出しています。
国公立大学の演劇学科の開設は演劇業界の悲願だったので、「もし豊岡で演劇学科がある大学ができれば、僕は豊岡に引っ越します」と強気な発言をしまして……。
そこから、観光とアート・芸術文化に必要なスペックや要件を資料に落として県知事に提案することになったんです。そこからは、トントン拍子な流れですね。
——兵庫県知事も、専門職大学構想を政策の一つの柱として掲げています。
県のコンベンションセンターを転換してKIACができ、初年度から大きな反響があったことを井戸敏三知事も知っていてくださり、大学とKIACと連動させて地域を盛り上げていこう、と知事もお考えです。
2017年の知事選では、観光と文化芸術に特化した専門職大学の開設を、公約に打ち出して見事当選したことで、市も県もあげて開校に向けて大きく動き出し始めました。
当初は2020年の開校を目指していましたが、しっかりと準備を整えていこう、ということから、2021年開校に向けて現在取り組んでいます。
——大学設立にあたっては、学部の内容や授業の構成、そして専任の講師選定などが重要になってきます。どんな構想なのでしょうか。
文化・観光創造学部文化・観光創造学科という4年制の大学です。
外資系のホテルマネージャーから、世界的に有名なダンサーや映画監督まで、優秀な講師陣が揃いつつありますので、これが発表されればアート業界としても大きな話題になると思います。
観光と芸術に熟知したホテルのコンシェルジュや、高いコミュニケーション能力や芸術文化に造詣のある人材育成の場を目指していきます。
劇団「青年座」の新たな劇場も
——平田さんの学長就任と合わせて、長年主宰されている東京・目黒の劇団「青年団」も一緒に豊岡に引っ越しました。
大学設立に際して市長に強気な発言をしたのも原因ですが、やはり学長は基本的に豊岡に居ないとですよね。もともと講演などで全国を飛び回っていたので、軸が東京でなくても大丈夫でした。
また、私が基本的に豊岡にいるのであれば、青年団も一緒にいないとおかしな話になるので、青年団も合わせて移住ということに。
もう後戻りはできませんね……(笑)。あとは粛々とやるだけです。
——実際、春には青年団の新たな劇場が豊岡にオープンする予定ですね。その資金をクラウドファンディングで募っています 。
私と青年団の移住を聞いた市が「それならば劇場が必要だ」ということで、「旧町役場が空いてるからこれを使ってくれ」と言ってくれて、築85年の歴史ある建物を改装し、劇場をスタジオを作ることになりました。
KIAC、演劇の大学開設、私と青年団の移住、新たな劇場開設......と一連の流れが広がってきたことで、「この場所で演劇祭を開催することで、豊岡という街を、真に文化芸術の街にしていけるのではないか」という展望が見えてきたんです。
豊岡演劇祭と大学と地域のつながり
——なるほど、この5年ほどの一連の流れが豊岡演劇祭につながるんですね。前編で2019年から始まった豊岡演劇祭について聞きましたが、そうすると、新たな大学開設と演劇祭も関連性があるとお考えですか?
はい。(豊岡演劇祭の)開催時期を9月にした理由も意味があります。
大学は完全クオーター制を採用し、7〜9月の3カ月間は実践のタームとなっており、インターンや集中講義、留学などをしやすい時期にしています。
同時に、9月の演劇祭本番まで学生も運営に関わりやすくなります。もちろん、単位も付与し有償のボランティアで参加できます。
演劇祭というイベントそのものの運営だけでなく、大学は観光と文化芸術を学ぶところですので、旅館の多い城崎温泉を舞台に、人手不足を支えるだけでなく、将来的には旅館の幹部候補としての採用にもつながるよう、インターンやアルバイトとして働く場所を用意しています。
旅館側もいかに魅力的で働きたいと思える場所にするか。日々の業務のモチベーションアップにもつながります。
一部の旅館では、社宅をつかって新聞奨学生のように、住み込みで働きながら大学に通う学生を受け入れる仕組みも導入していけたらいいと話しています。
——大学で学んだことを演劇祭で実践できる仕組みなんですね。
さらに、演劇祭期間中に大学のオープンキャンパスも合わせることで、全国から受験志願者を集めつつ演劇祭のお客さんも確保したいと考えています。
城崎温泉など宿泊する場所はたくさんあるので、家族で来てもらって街全体を体験してもらいながら地域経済も活性化していく。ただの演劇祭に終わらず、広い意味でのまちづくりの全体構想の一部として演劇祭を位置づけているんです。
企業と進める地方都市の実証実験
——地域を積極的に巻き込んだまちづくりの取り組みになるのですね。他に、企業との協働など、なにか取り組んでいることはありますか?
演劇祭のスポンサーであるKDDIの技術協力により、リストバンドを活用した地域通貨の実証実験を行っていきます。
一般的な地域通貨としての流通だけでなく、有償ボランティアの報酬で地域通貨を付与したり、演劇祭の入場料の徴収でも地域通貨が使えるようにしたい。
並行して、地元のレストランや店舗での利用シーンを増やしていき、最終的には演劇祭以外でも通年で使える地域通貨として普及させていければと考えています。
また、トヨタ・モビリティ基金のサポートのもと、豊岡市街を軸に、出石や城崎など市内を巡る移動の導線を確保する取り組みも始めています。
これは将来の自動運転を見据えて、移動データをもとにAI予測によってスマート配車を実現させ、エネルギーロスの少ない移動手段の実現を目指すMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の実証実験でもあります。
いきなり自治体でやろうとするとコストが大変ですが、民間主導かつ演劇祭という瞬間的に外から人が集まる期間を中心に行うことで、コストを抑えた実証実験が可能になります。
——最新のテクノロジーを生かした街づくりも見据えている。城崎温泉という地域資源をいかした全体構想が描かれています。
文化観光政策の教科書を開くと、1ページ目に必ず「観光地のポテンシャルをアートで活かす」と書かれています。
豊岡でやってることは、ある意味で教科書通りの当たり前なことしかやっていません。もちろん、まだ成功したと言えるほどじゃないかもしれませんが、全体としての歯車がうまく回ってき始めているんじゃないかな、と感じています。
東京ではなく世界に目を向けること
——一方、行政とアートの関係で見ると、市長や知事が変わればすぐに方針や予算が変わったりする可能性があります。また、昨今では例えば芸術祭を巡って色々と指摘も多いのも現状です。
もちろん批判の声もあります。しかし、大学開設に関してはみなさん大枠で賛成をいただいていますし、若い人が街に来てくれるきっかけとして期待も寄せてくれています。
やはり一番大きいのは、今の市長が文化芸術に対してきちんと政策として腹を括っていて、「豊岡をアートの梁山泊のような場所にしてほしい」と言ってくれているところです。こんな市長はなかなかいません。
同時に市長は、KIACや専門職大学などの一連の取り組みを「圧倒的な成功事例にしよう」と考えてくれています。
圧倒的な成功事例にするためのキーワード、それは、地方でも「世界標準で考え、世界とつながる」ことだと私は考えています。
課題の多い地方だからこそ、東京などの日本の都市部ではなく、世界に目を向けていくことで最先端のものができる。実際にKIACはグローバルで評価を頂いています。新しくできる専門職大学も、アジアの学生など広く多くの人達からの募集を期待しています。
子供たちの意識が変わる教育や文化施策
——豊岡もそうですが、人口減少や高齢化は、ある意味で日本中の地域が抱える課題でもあります。そうした中で、文化政策は、即時的な効果が見えづらいものがあります。それでも文化政策に力をいれる理由は?
市が文化政策に力をいれるのには、きちんと根拠があります。それは、市の将来を見据えているからです。
実際に、KIACや演劇ワークショップをきっかけに、豊岡の子供たちの意識は確実に変わってきています。
演劇の授業を通じて、答えのないものを他者とともに考え、異なる意見を聴いて自分の意見を調整したり合意形成を図ったりしながら、折り合いをつけていく「非認知スキル」の向上に寄与します。こうしたコミュニケーション教育に対して、非認知スキルと学力と緩やかな相関関係にもあると指摘されています。
いま、モデル校を定めて小学生の低学年でも演劇ワークショップをやっていますが、明らかに授業の発言率も変わってきています。少しづつデータを貯めていきながら、市の教育政策にもつなげていきたいと考えています。
——文化政策は教育にも良い影響があるということですか?
教育や文化政策は、事前分配的な機能を持った公共投資です。
子供たちの幼少期の生活改善や教育を充実させることは、医療や生活保護といった事後分配に比べて、行政に掛かる予算を抑えることができます。
家に本があったり子供に読み聞かせをしたり、美術館や博物館に連れて行ったりすることは子供の学力アップに大きく影響するというデータも出ています。
子供の知的好奇心を刺激するような環境を作ることで、子供の学力向上や情操教育としても大きな影響を与えてくれます。
——とはいえ、地方には美術館や博物館が身近にない地域もありますよね。
都市と地方の大きな違いの一つが、文化に触れる機会の格差だと私は思います。そして、文化体験は世代を超えて再生産されてしまうのが問題で、それらが教育も含めた格差につながっていきます。
だからこそ、地方では、公教育でやることに意味があります。公的に文化的なものに触れられるようにしながら、興味を持った子がもっと次のステップに行けるような環境を社会が作ってあげることが大事なんです。
——目先の経済合理性を優先しがちですが、基盤としての文化コンテンツを当たり前のように享受できる環境こそ特に地方では重要になってくると私も思います。20年、30年後の将来の人材育成を考えないと、長い目で社会が低迷していく恐れもあります。
実は大学開設で一番地域に期待されていることの一つは、高校卒業後のキャリアパスです。 地元に大学も大学生もいないから、高校生が大学進学のイメージを持てないんです。
なので、中高生が大学の授業を聴講したりするなど、オープンキャンパスも含めて積極的に若い人たちと大学との接点を作りたいと考えています。
1学年80人くらいの小さな大学ですが、4学年が集まれば、320人の若者が豊岡にいることになります。
豊岡は人口8万人程度の地域で、19歳から20代前半だけに限定すれば、数百人程度しかいません。そこに初年度だけで80人の若者が来る。しかも、年々若者の数は増えてきます。
仮に毎年、卒業生の2割が地元に残るだけでも、地域には大きなインパクトになります。
さらに言えば、観光や文化芸術を学んだ優秀な若者たちが地元の観光業や文化政策に携わっていく。彼らが多くの人を引き寄せる起爆剤となるため、ますます地域にとって大きな存在価値になってきます。
文化に力を入れることで、街全体に大きな影響を与えていく。
数十年先を見据えた種をまくことが、文化芸術と地域の未来を作るものだと私は考えています。
前編》地方の温泉街に世界中からアーティストが集う理由。 劇作家・平田オリザさんが挑む兵庫・豊岡のまちづくり
(取材・文:江口晋太朗 編集:笹川かおり)
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